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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』④讃岐の『天領化』

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讃岐の天領化23


――1534年、弥生十二日

 

 夜。讃岐国分寺近くの宿坊。


 永寿内親王はるちゃんが姿を見せた後、場の空気は完全に変わっていた。

 誰も大声を出さない。

 誰も軽口を叩かない。

 先ほどまで「調査が面倒だ」「帳面が多い」と嘆いていた国人たちも静かだった。

 それほど衝撃だったのである。


 帝の皇女。しかも四州様(長慶)の正室。

 それが実在し、しかも讃岐まで来ている。


 『はるちゃん(永寿)』は御簾の中。

 ちょうど私(長慶)の少し後ろに座っていた。

 けれどそれが逆に効いた。権威を振りかざしていないが、確かにそこにある。


 香川元景は思った。


「近衛家か」

「いや違う。これは皇家そのものだ」


 御簾の向こう側で『はるちゃん(永寿)』が席に着くと、小一郎(篠原長房)が咳払いをした。


「では続けます」


 全員が現実へ引き戻される。


「まず領地返上ですが」


 その瞬間、十河景滋が手を挙げた。


「一つ聞きたい」

「どうぞ」

「返上後、本当に返してもらえるのか」


 率直な質問だった。

 他の国人も同じことを考えていた。

 もし返ってこなければ、家が終わる。


 小一郎(篠原長房)は答える前に私(長慶)を見た。

 私(長慶)は頷く。そして立ち上がった。


「返る」


 短い。だが全員が聞いている。


「ただし、調べる」

「本当にその土地か」

「本当にその村か」

「本当にその寺か」

「それを確認する」


 香西元定が眉をひそめた。


「なぜそこまで」


 私(長慶)は答える。


「百年後のため」


 誰もその意味が分からないといった反応。

 私(長慶)は続ける。


「今は皆覚えている」

「だが五十年後は? 百年後は? 誰も知らない」


 静かになる。


「だから残す」

「紙に」

「地図に」

「記録に」


 朝廷使節が静かに頷いていた。

 その時、安富氏がぽつりと言った。


「証明するためか」


 私(長慶)は見る。


「何をです」


 安富氏は机の帳面を指差した。


「家を、土地を、権利を、未来の子孫へ」


 私(長慶)は笑った。


「そう」


 それだった。戦国の土地は、口伝が多い。

 だから争う。だから奪われる。だから揉める。記録がないからだ。


 そこで、今まで静かだった『はるちゃん(永寿)』が口を開いた。


「父帝も同じことを仰っておりました」


 一同が顔を上げる。


「記録のない恩賞は後の争いの種になると」


 静まり返る。

 帝の言葉。それだけで重みが違う。


「故に残すことは守ること」


 『はるちゃん(永寿)』は静かに続けた。


「忘れぬために」


 その言葉は、国人たちの胸に深く残った。


 話し合いが続く中、海雲はずっと黙っていた。

 香川元景がふと尋ねる。


「海雲殿」

「何だ」

「本当に大丈夫なのですか」


 何が? とは言わない。

 皆分かっている。この大改革が。


 海雲はしばらく考え、そして笑った。


「知らん」


 一同が固まる。


「知らんが」


 さらに笑う。


「四州様(長慶)は止まらん」


 場に笑いが広がった。海雲は続ける。


「ならば、出来るところまでやるだけだ」


 その言葉は、不思議と皆の肩の力を抜いた。


 評議が終わる頃、外はすっかり暗くなっていた。

 讃岐の国人たちはそれぞれ宿へ戻る。

 だが、誰もが考えていた。

 返上作業。調査。記録。教育。規格。

 最初は面倒だと思った。正直、今も面倒だ。

 けれど、その先にあるものが少し見えてきた。

 香西氏は港を思う。

 寒川氏は村を思う。

 安富氏は制度を思う。

 十河氏は次世代を思う。



 皆が、真剣に讃岐を思う気持ちは確認できた。

 それがあれば、なんとか進められる…

 そんなことを思いながら、私(長慶)は一人、宿坊の庭へ出ていた。

 夜空を見上げる。すると隣へ『はるちゃん(永寿)』が来る。


「皆様、少しずつ理解し始めていますね」

「うん、そうだね」


 私(長慶)は頷く。


「でも、これからが本番」


 讃岐は決まった。

 けれど、まだ調査がある。

 検地がある。

 戸籍作成がある。


 そして、まだ伊予と土佐がある。

 四国全体の天領化は、まだ始まったばかりだった。


 夜風が吹く、遠くで国分寺の鐘が鳴った。

 その音はまるで、古い時代の終わりと新しい時代の始まりを告げているようだった。



――1534年 弥生十五日

 国分寺・調査本部

 朝。

 小一郎(篠原長房)が帳面を見ている。


「殿(長慶)」

「ん?」

「増えました」

「また仕事?」

「人です」


 私(長慶)は顔を上げる。

 講堂の外。

 見慣れない少年たちが並んでいた。

 十河。香川。香西。寒川。安富。

 各家の嫡子や次男たち。

 年齢は十四歳から十七歳ほど。

 私たちより少し上だが、同じ未来の、讃岐を背負う世代。


 最初に前へ出たのは十河家。


「父より申し付けられた」


 十五歳ほどの少年。


「学べと」


 その一言に、阿波側の少年たちは少し笑った。十河らしい。



 続いて香川家。


「勝賀の港を見て育った。阿波式を知りたい」


 商業への興味が強い。香西家の少年も頷いていた。



 安富家から来た少年は少し変わっていた。

 「法を学びたい」


 場が静かになる。


「守護代の仕事を見てきた」

「だから知りたい。新しい制度を」


 ふと見ると小一郎(篠原長房)が少し嬉しそうだった。

 笑顔が怖い。絶対事務官適性ある。


 その日の午後、長慶は調査班を再編する。


 理由は簡単。讃岐を知らない阿波の若者だけでは限界がある。

 だから、阿波+讃岐の混成班にする。



 測量班

 新開元実+十河家次男+寒川家三男


 港湾班

 森元村+香西家嫡男+香川家庶子


 城郭班

 小笠原長政+十河家嫡男+安富家次男


 村落班

 大西頼武+寒川家嫡男+香川家次男


 寺社班

 一宮成助+安富家嫡男+香西家三男


 法制度班

 篠原長房+安富家嫡男+香川家嫡男



 小一郎(篠原長房)だけ明らかに外れ班だった。

 振り分けられる仕事の量が半端がない。讃岐の方からつい不満が出る。


「小一郎」

「はい」

「仕事量おかしくない?」

「平等です」

「嘘だ」


 その様子を見ていた海雲が笑う。


「面白いな」

「何がです?」

 

 私(長慶)が聞く。


 海雲は講堂を見る。

 阿波。讃岐。本来なら、数十年後に争うかもしれない家の子供たち。

 それが、今は同じ机で帳面を書いている。


「昔なら考えられん」


 海雲は呟いた。


「国人同士は競うものだった」

「だが今は違う。一緒に学んでいる」


 その夜、若者たちだけの会議。

 私(長慶)は皆を見る。


 阿波側五十名。讃岐側三十名ほど。総勢八十名近い。

 まだ少年だ、けれど未来の四国を支える世代。


「皆」


 全員が静かになる。


「今回の調査は、単に地図や帳面を作るためじゃない」

「え?」


 彦太郎(森元村)が首を傾げる。

 私(長慶)は笑った。


「本当の目的は、君たちだ」


 私(長慶)に注目する。


「阿波の人間が讃岐を知る」

「讃岐の人間が阿波を知る」

「一緒に仕事をする」

「友達になる」

「顔を覚える」


 さらに続ける。


「二十年後、三十年後、四国を動かすのは君たちだ」


 誰も喋らない。


「だから今、同じ机で学ぶ」

「それが一番大事なんだ」


 その時、その場にいた誰も気付いていなかった。

 後に四国天領政府の中核となる人材の多くが、この国分寺での共同調査を通じて生まれることを。

 そして彼らが後年、「国分寺一期生」と呼ばれる伝説的な世代になることを。



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