讃岐の天領化12
評議も終盤に差し掛かった頃、国人の一人が静かに尋ねた。
「ところで」
「はい」
「なぜ錦の御旗を持って来た」
場が静まる。誰もが気になっていた。
私(長慶)はちょうど良い言葉を探した。
「見せるためです」
意外な答えに皆が首を傾げる。
「脅すためではありません」
「ならば何故」
私(長慶)は国人たちを見渡した。
「皆様に覚えていただくためです」
「何を」
「この話は……」
誤解を与えないように慎重に言葉を紡ぐ。
「三好の話ではありません」
さらに静かになる。
「阿波の話でも、四州近衛家だけの話でもありません」
そして… いよいよ核心に触れる。
「朝廷の話です」
誰も喋らない。
私(長慶)は続けた。
「領地は皆様のものです」
「家も皆様のものです」
「先祖も子孫も変わりません」
「ですがその上にある国は誰のものか」
長い沈黙。
その沈黙を破るかのように老国人がぽつりと言った。
「帝の国か」
「はい」
私(長慶)は頷いた。
「だから錦の御旗があります」
「帝の国をどう良くするか」
「その話をしに来ました」
その言葉に。明らかに場の空気が変わった。
これは、征服の話ではない。
もちろん家を奪う話でもない。
国を誰が支えるかという話だった。
評議が終わる頃には日が傾いていた。
讃岐の国人たちは三々五々帰っていく。
けれど、その様子は明らかに朝とは違っていた。
反対の声はまだある。
警戒も残っている。
けれど、皆が考え始めているのがわかる。
「もし本当に出来るなら」
「面白いかもしれん」
「まず阿波を見てみるか」
「港の話は気になるな」
そんな声が聞こえる。
国分寺の縁側からその様子を眺めながらいると海雲が隣に座った。
「どうだ」
「第一歩としては上々かと」
私(長慶)は答える。ところが海雲はやれやれといった感じで笑った。
「違う」
「?」
「お前はまだ分かっておらん」
海雲の指摘に私(長慶)は首を傾げる。
すると海雲は讃岐の国人たちの背中を見ながら言った。
「今日変わったのは讃岐ではない」
「?」
「お前の仲間たちだ」
振り返るとそこには必死に帳面を書いている五十人の少年たちがいた。
彼らはもう気付いている。
国を治めるとは、城を奪うことではない。
人の話を聞くことなのだと。
そんな彼らを見ながら海雲は静かに笑った。
「さて」
「はい」
「明日から本番だぞ」
「本番?」
「ため池を見に行く」
私(長慶)は海雲の言葉に思わず吹き出した。
確かに評議は終わった。けれど本当に国を知るのはこれからだった。




