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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』④讃岐の『天領化』

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讃岐の天領化⑩


 讃岐国分寺。

 

 評議の場。


 私(長慶)の前には、びっしりと書き込まれた帳面が積まれていた。

 水不足。川争い。港の拡張。街道整備。橋の不足。度量衡の違い。

 誰もが別々の問題だと思っている。

 私(長慶)は地図の中央に立った。


「皆様」


 先ほどまで話していた国人たちが静かになる。


「先ほど伺った話」


 私(長慶)は帳面を軽く叩く。


「実は同じ問題です」


 場がざわつく。


「同じ?」


 老国人の一人が眉をひそめる。


「水と港が同じ問題だと?」

「はい」


 私(長慶)は頷き、そして地図を広げた。

 讃岐全図。ため池。河川。街道。港。市。すべてが描かれている。


「まずお聞きします」


 私(長慶)は一人の塩田主を見る。


「塩をどこへ売りますか」

「阿波や伊予、それに畿内だ」

「運ぶのは? 船だ」

「港が狭ければ? 荷が詰まる」

「街道が悪ければ? 荷が遅れる」

「水争いが起きれば? 塩田も田も困る」


 そこで私は頷いた。


「つまり」


 静かに言う。


「全部繋がっています」


 私(長慶)の言葉に場が静まる。構わず私(長慶)は続けた。


「今の讃岐は、それぞれが自分の村を守っている」

「自分の城を守っている。自分の港を守っている」


 誰も否定しない。事実だからだ。


「ですが」


 私(長慶)は地図の上を指でなぞる。


「水は村で止まりません」

「船も港で止まりません」

「商いも国境で止まりません」


 皆が地図を見る。


「だから問題も一緒に考えなければ解決しません」


 海雲が黙って聞いている。

 少年たちも必死に書き留めている。

 やがて一人の国人が口を開く。


「では天領化とは何だ」


 ついにその問いが出た。

 誰もが知りたかったこと。

 私(長慶)は答えを少し考えた。


「共同管理です」


 一同。


「……?」


 聞き慣れない言葉だった。

 私(長慶)は説明する。


「例えば、ため池を作る。一つの村だけでは無理です」

「はい」

「ですが国全体でやれば出来ます」


 頷く者が増える。


「橋も同じです」

「港も同じです」

「街道も同じです」

「一つの家では難しいけれど、皆でやれば出来る」


 そこで私(長慶)は少し笑った。


「そのための仕組みが天領化です」


 ざわざわと声が広がる。

 誰も予想していなかった。

 土地を取り上げる話ではない。

 城を壊す話でもない。

 家を潰す話でもない。

 その時、一人の国人が鋭く尋ねた。


「なら我らは何を失う」


 海雲が少しだけ目を細める。

 確信をつく良い質問だった。

 利益だけではない。

 代償も知りたい。

 私(長慶)は即答した。


「勝手に戦う権利です」


 場が静まり返った。

 誰も予想していなかった答え。


「……」

「……」


 私(長慶)は続ける。


「隣の領地との争い」

「水争い」

「境界争い」

「関所争い」

「それらを武力で解決する権利は無くなります」


 静寂。けれど誰も反発もない。

 なぜなら、先ほどまで皆が語っていた問題の多くがまさにそれだったからだ。


「代わりに」


 私(長慶)は流れの仕組みを言う。


「評議で決めます」

「記録を残します」

「朝廷へ報告します」

「そして守ります」


 国人たちは顔を見合わせる。初めて聞く仕組みだった。

 後方では、彦太郎(森元村)が納得したように小声で呟く。


「なるほど」

「何がだ」


 小一郎(篠原長房)が聞く。


「殿(長慶)は最初からこれを言うつもりだったんだ」

「そうだろうな」

「でも先に言わなかった」


 小一郎(篠原長房)が頷く。


「先に聞いた」


 彦太郎(森元村)も頷く。


「だから皆、自分の問題として聞いている」


 それが私(長慶)の狙いだった。

 制度を説明したいのではない。

 問題を解決したいのだ。



 やがて、一人の老国人が立ち上がる。

 先ほど最初に水不足を語った男だった。


「四州様」

「はい」

「一つ聞く」

「何でしょう」

「その仕組みは」


 老人は真っ直ぐ私(長慶)を見る。


「阿波では既に始まっておるのか」


 私(長慶)は力強く頷いた。


「始まっています」

「なら」


 老人は腕を組む。


「見せてもらおう」


 周囲が静かになる。


「阿波を実際にどうなさっているのか… それを見てから判断する」


 私(長慶)は思わず笑った。

 これこそ望んでいた反応だった。

 無条件の賛成ではない。とはいえ、無条件の反対でもない。

 確かめたい。見たい。知りたい。その気持ち、よくわかる。


「ぜひ」


 私(長慶)は頭を下げた。


「見てください、阿波を」


 そして、言葉を続ける


「私(長慶)も皆様の讃岐を見ます」

「皆様も阿波を見てください」


 場の空気が変わる。

 天領化はまだ始まっていない。


 けれどもその日、讃岐国分寺で、初めて「反対する前に見てみよう」という空気が生まれた。

 そして海雲は、その様子を見ながら静かに思った。

(これは戦ではない)

(だが国を変える戦より難しい仕事になるな)

 そうして評議は、さらに深い議論へと進んでいくのだった。


 評議は昼を過ぎても続いていた。


 国分寺の僧たちが湯と茶を運び、境内では職人たちが簡単な炊き出しの準備をしている。


 しかし誰も帰ろうとはしなかった。

 国人たちも商人たちも、寺社の者たちも。

 皆、話の続きを聞きたがっていた。

 そして、一番先に口を開いたのは商人だった。


「四州様」

「はい」

「もし天領化したら」

「関所はどうなりますか」


 周囲が静かになる。重要な話だった。

 関所は収入源でもある。

 同時に商いの障害でもある。

 私(長慶)は少し考えてから答えた。


「減らします」


 ざわざわし出す。


「減らす?」

「はい」

「全部無くすわけではありません。ですが、国の中で何度も銭を取るのはやめます」


 商人たちの顔色が変わる。

 これは直接利益に関わる話だ。


「例えば」


 私(長慶)は地図を指した。


「港で銭を取る」

「街道で取る」

「橋で取る」

「市で取る」

「また港で取る」


 商人たちが苦笑する。調べてみれば、実際そうなのだ。


「それでは商いが育ちません」

「なるほど」


 商人たちが頷き始める。

 一人の国人が腕を組む。


「それでは我らの収入が減る」


 率直な意見だった。私(長慶)は頷く。


「その通りです」


 正直に認める。


 海雲が横で少し笑った。

 息子(長慶)はこういう時に誤魔化さない。


「短期的には減ります」

「では困る」


 当然だ。

 私(長慶)は再び頷く。


「だから代わりを作ります」

「代わり?」

「港です」


 皆が首を傾げる。


「橋です」

「道です」

「市です」


 さらに困惑する様子が見てとれた。

 そこで私(長慶)は説明した。


「一人から十回銭を取るより」

「百人が商いをした方が儲かります」


 静寂の後、商人たちの何人かが笑った。


「それは確かだ」

「そうだな」


 商人には分かる理屈だった。

 国人たちはまだ半信半疑だ。

 その時だった。海雲が初めて口を開いた。


「一つ言っておこう」


 場が静まる。阿波の主、海雲の言葉だ。


「儂は十年以上阿波を見てきた」

「戦もした。城も守った」


 海雲はゆっくり周囲を見る。


「だがな」


 少し笑う。


「百姓が増える方が早く豊かになる」


 国人たちが顔を見合わせる。


「百姓が逃げぬ」

「飢えぬ」

「子が育つ」

「それだけで国は強くなる」


 それは戦場を知る武将の言葉だった。

 だから重みがある。子供の私(長慶)が言うよりもずっと。



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