讃岐の天領化⑤
数日後、徳島城の中庭は、かつてないほどの賑わいを見せていた。
少年たちが荷物をまとめている。
従者たちが馬を整えている。
書記役が帳面を束ねている。
そして、海雲は腕を組みながら、その様子を眺めていた。
「増えたな」
「増えましたね」
隣の篠原長政も苦笑している。
最初は五十人、保護者? も入れて百人ほどだった。
ところが、私(長慶)が
「見学なら実物を見せた方が早い」
と言い出した結果、人数が倍近くになっていた。
「千熊丸」
「はい」
海雲に呼ばれて振り返る。
「あれは何だ」
海雲が指差した先には鍬を担いだ男たち、測量器具を手にする男たちの集団がいた。
「測量班です」
「測量班?」
「はい」
未来なら当たり前の言葉だが、この時代では珍しい。
「土地を測ります」
「……」
「讃岐の田、川、用水、港。全てを測量して記録します」
海雲はしばらく黙り込む。
「戦ではなく土地を測るのか」
「戦より重要です」
即答だ。
その私(長慶)を見て篠原長政が笑う。
「殿(長慶)らしい」
さらに、別の集団がいる。
「ではあれは?」
「大工です」
「大工?」
「橋を見せます」
海雲が首を傾げる。
「橋?」
「はい」
私(長慶)は当然のように答える。
「橋は国力です」
この場にいる者のほとんどが理解できなかった。だが私(長慶)だけは確信している。未来を知っているから。
「橋があると荷が動きます」
「荷が動くと市が栄えます」
「市が栄えると税が増えます」
「なるほど」
海雲が頷く。戦の理屈ではない。国づくりの理屈だ。さらに…
「こちらは?」
「鍛冶です」
「鍛冶?」
「農具を見るためです」
その言葉に海雲のそばにいた篠原長政が吹き出した。
「武具ではなくか」
「武具は人を殺します」
海雲の言葉に私(長慶は)真顔で答える。
「農具は人を生かします」
場が静まった。
未来の知識を持つ少年の言葉は時々こうして大人を黙らせる。
そして、最後の一団。学者とも僧とも見える者たち。
「こちらは?」
海雲が尋ねる。
「書記と寺子屋の先生です」
「ほう」
「記録を残します」
「記録?」
「はい」
私(長慶)は帳面を掲げる。
「何人の百姓がいるか、田はどれだけあるか、どの港にどれだけ船が来るかを全部書き、記録します」
海雲は思わず笑った。
「お前の国づくりは」
「はい」
「帳面ばかりだな」
「未来もそうでした」
私(長慶)は真顔だった。
海雲が腹を抱えて笑う。
「未来の武将は槍を持たぬのか」
「持ちます(国によってはだけど)」
「持つのか」
「でも帳面も持ちます」
さらに笑いが起きた。そんな中、小一郎(篠原)が静かに尋ねる。
「殿(長慶)」
「何?」
「なぜ技術者を見せるのです」
私(長慶)は少し考えた後、
「皆に覚えてほしいからだ」
自分へ目を向けている少年たちを見る。
「城主になる者は」
「はい」
「武士だけ見ていてはいけない」
静かに言う。
「田を作る百姓、船を造る大工、鉄を打つ鍛冶、橋を架ける職人。その方が大事だ」
誰も喋らない。
「国を支えているのは誰だと思う?」
彦太郎(森元村)が答える。
「百姓でしょうか」
「正解だ」
私(長慶)は頷く。そして付け加える
「そして職人だ」
未来では当たり前の話。だが戦国時代では珍しい考え方だった。
「今回の讃岐行きでは」
私(長慶)は全員を見回した。
「国人も商人も百姓も職人も見る。全員だ」
そして笑った。
「讃岐を学ぶなら、讃岐を動かしている人間を学ぶこと」
その言葉に、少年たちは静かに頷いた。
こうして一行は、武士だけではなく、測量師、大工、鍛冶、船大工、書記、学者、僧侶まで加えた、この時代としては異例の「学問と実務の視察団」となった。
後に讃岐の人々は驚くことになる。
阿波から来たのは軍勢ではなかった。
彼らは槍よりも帳面を持ち、刀よりも測縄を持ち、城よりも港を見ていた。
そして、その奇妙な一団こそが、後に四国天領化を支える最初の種となるのであった。




