讃岐の天領化②
私(長慶)は皆の顔を見回した。
先ほどまで讃岐担当だけを動かすつもりだった。
少年たちが、少し不思議そうな顔をする。
私(長慶)は小さく笑った。
「考えを変える。全員で行く」
ざわり、と空気が揺れる。
「最初だからだ。そして…」
私(長慶)は後ろに控える自分の側近たちを見る。
小一郎(篠原長房)。小太郎(大西頼武)。次郎(一宮成助)。佐々木の太郎(高経)。新開の太郎(元実)。重清四郎(小笠原長政)。彦次郎(森元村)。
「私(長慶)の組も動く」
皆が顔を上げた。
「殿(長慶)ご自身が?」
「当然だ」
私(長慶)は笑った。
「お前たちだけを行かせるほど私(長慶)は偉くない」
緊張気味だった部屋の空気が和らぐ。
「私(長慶)も一緒に讃岐へ行く。そして皆と一緒に、港を、塩田を、市場を、田を見る。そして国人たちと話す」
静寂。
私(長慶)は四国全図を指した。
「これから何十年も続く仕事になる。ならば最初のやり方を全員が見ておくべきだ」
小一郎(篠原長房)が頷く。すぐに意図を理解したらしい。
「なるほど……」
「讃岐組だけが知っていても意味がない」
私(長慶)は続ける。
「伊予担当も、土佐担当も、阿波担当も、全員がその過程と手順を見る」
「何をでしょうか?」
彦太郎(森元村)が尋ねる。
「天領化そのものをだ」
私(長慶)は即答する。
「どう話すのか」
「何を聞くのか」
「どこを見るのか」
「どう反対されるのか」
「どう納得してもらうのか」
聞き漏らすまいと私(長慶)に向けられる真剣な眼差しを感じながらも言葉を続ける。
「それを学ぶんだ」
静かに皆が聞いている。
「お前たちは将来、それぞれ別の土地へ行く」
伊予組を見る。
「伊予で同じことをする」
土佐組を見る。
「土佐でもする」
阿波組を見る。
「阿波でも続ける。ならば今のうちに覚えろ」
私(長慶)は机の上に置かれた木札を並べた。
「これが天領化の順番だ」
一枚目。『見る』
二枚目。『聞く』
三枚目。『調べる』
四枚目。『直す』
五枚目。『利益を示す』
六枚目。『願われる』
木札に書かれた文字を少年たちが札を見つめる。
「戦は無いのですか?」
誰かが聞いた。
私(長慶)は首を横に振った。
「戦は最後だ」
そして少し考え、改める。
「いや、できれば一度も使わん」
部屋が静まり返る。
戦国の世で、武家の嫡子たちを前に『戦を使わない』と言う。
けれど私(長慶)は真顔だった。
「勝つことより、戦わなくて済む仕組みの方が価値がある」
それは未来を知る者の言葉だった。
そんな私(長慶)の言葉に小一郎が腕を組む。
「では我らは何を持って行くので?」
私(長慶)は笑った。
「帳面だ」
一瞬の沈黙。小一郎は再確認をするかのように呟いた。
「帳面……?」
「そうだよ。槍より大事」
何人かが吹き出した。けれど、私(長慶)は本気だった。なので具体例を挙げていく。
「田の広さを測る」
「水路を記録する」
「橋を見る」
「港を見る」
「市を見る」
一呼吸おいて続ける。
「全部書く、記録する。そして集められた情報を比べる」
それが未来の行政だった。
「だから今回の讃岐行きは視察だ」
「視察……」
「うん、そう。だから全員で行く」
地図を指差す。
「阿波組」
「はっ!」
「讃岐組」
「はっ!」
「伊予組」
「はっ!」
「土佐組」
「はっ!」
「全員だ」
少年たちの顔に少し興奮が見え始める。彼らの多くは、自領の周辺しか知らない。讃岐へ行くのも初めての者が多い。かく言う私(長慶)自身も同じだから。
令和でいう『遠足』みたいなものだよね。
「旅も学びだ」
私(長慶)は言う。
「道を見る。宿を見る。橋を見る。その渡しを見る。そして全部覚える」
未来の奉行たちには必要な知識だった。
そして最後に。
「讃岐から戻ったら」
皆が顔を上げる。
「報告書を書け」
一同、いや、正確にはその言葉に慣れきっている側近を除くすべての少年たちは、
「ほうこくしょ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。私(長慶)は苦笑した。
「見たこと聞いたこと、良かったこと、悪かったこと、直したいことを全て書く」
そして小一郎を見る。
「小一郎」
「はっ」
「お前がまとめろ」
小一郎は少しだけ苦い顔をした。いつもの光景に周囲から笑いが漏れる。けれど今回は彼もすぐに頷いた。
「承知しました」
こうして、天領阿波の未来を担う五十名余りの少年たちは、私(長慶)とその側近たちに率いられ、四国天領化の最初の手順を学ぶため、讃岐へ向かうことになった。
後に彼らは語る。あの日の讃岐行きが、自分たちが「城主の息子」から「国を治める者」へ変わる始まりだったのだと。




