讃岐の天領化①
四国全図の前で、私(長慶)はしばらく沈黙した。
皆が次の言葉を待っている。そして私(長慶)は、地図の上の讃岐を指した。
「最初に動くのは讃岐だ」
場がざわついた。少年たちが互いの顔を見合わせている。
阿波ではないのか? そう思った者も多かったのだろう。
「阿波は既に決まった。帝の裁可も下りた。制度も作る」
私(長慶)は続ける。
「だが四国を一つにするなら、まずは讃岐だ」
瀬戸内海。塩田。港。市。街道。
地図の上に木札を置く。
「讃岐が豊かになれば、伊予が動く」
もう一枚。
「伊予が動けば、土佐が動く」
もう一枚。
「その結果、四国全部が繋がる」
皆が真剣に聞いている。
「だから」
私(長慶)は讃岐の位置に手を置いた。
「讃岐担当は最初の試金石になる」
呼ばれた少年たちの顔が引き締まる。
「勘違いするな」
私(長慶)は少し笑った。
「軍を率いるためではない」
何人かが目を丸くする。
「城を攻めるためでもない」
「では何をするのですか?」
誰かが尋ねた。
「説得だ」
一同静まり返る。
「讃岐の城主、国人、商人、寺社、彼らに伝える」
私(長慶)は一人一人を見る。
「天領化とは奪うことではない」
それが最も重要だった。
「領地は残り、家も残るし、当然財産も残る」
「では何が変わるのですか?」
小一郎が私(長慶)の顔を見ながら尋ねる。
「争う理由が無くなる」
私(長慶)は即答する。
「城主同士が境目で争う必要が、関所で銭を取り合う必要も、港を奪い合う必要も無くなる」
皆が黙る。それは彼らの父たちが日々苦労していることだった。
「讃岐には良い港がある。良い塩田がある、そして良い市がある。それならば商いを増やせば良い」
私(長慶)は言葉を飾らず、本音を言った。
「戦より儲かる」
思わず笑う者がいる。
しかし私(長慶)は真剣だ。むしろ、ここは絶対に間違えさせてはいけない。
「戦は一年で終わる。けれど全てを壊す。復旧させるのにものすごい労力と金がかかる。けれど、それがなければ? 港はさらに発展させることができるし、百年稼ぐことができるんだ」
その言葉に空気が変わる。未来を知る稀人だからこそ言える言葉だった。
「だから讃岐組の役目は」
私(長慶)は地図の上を叩いた。
「天領化の利益を示すこと」
「利益……?」
「そうだよ。人はね。理屈では動かないものなんだ」
「では何で動くのですか?」
彦次郎(森元村)が尋ねた。
私(長慶)は即答した。
「得だ」
場が静まる。
「田が増えれば税が安定する。港が栄え、飢えなくなる。それを見せる」
讃岐担当の少年たちが頷く。
「天領化は命令ではない」
私(長慶)はゆっくり言った。
「願われるものにする」
それが私(長慶)の考える統治だった。
「『入れてください』と言われる制度を作る」
皆が息を呑む。
「讃岐はその最初の地だ」
私(長慶)は讃岐の札を見つめた。未来では戦乱の舞台になった土地。けれど、この時点の、この世界ではまだ違う。ここから四国全土へ、そしてやがて全国へと天領化の輪を広げていく。




