回想13 ぼろきれのような子
マリーとマリーダは馬車に乗り込む前に、あの路地裏を見やる。
路地裏の暗がりで、何かが、かすかに動いた。
風ではない。 生き物の気配だった。
「マリー」
つぶやくようなマリーダの声を、マリーは汲み取った。
「マダム・ミリー。どうか。どうか一つだけ。お願いを聞いてくださいますか」
いつにないマリーの真剣な表情にマダム・ミリーは頷いた。
路地裏には”黒いぼろきれのようなもの”が転がっていた。
肉を打つ暴力の音を聞いていなければ、それが、生き物だとは思えなかっただろう。金属のにおいと、吐しゃ物のにおいが入り混じっている。
マリーがしゃがんで黒い塊から埃と血にまみれた一片の塊をどかす。
ふたりはひゅっと息を飲んだ。
そこにあったのは、マリーよりも幼いこどもの顔だった。
マリーの手が揺れる。彼女は白い手袋をすぐにとると、手袋でその子供の傷を抑えた。手袋はじわりと黒ずむ。
マリーダはすぐ隣でそれを見つめていた。こどもがほんのかすかに動いたように見えた。すぐに子供の口元に手をかざす。ほんのかすかに、風を感じた。
「生きてる……まだ生きてるわ!」
護衛とマダム・ミリーは瞠目する。隣では、マリーがすくりと立ち上がった。
「この者を連れて帰ります。これは女王命令です」
マリーは白い顔のまま、凛とした声で初めて王族として命じた。
子どもの体には細く黒い脚。
そこには肉を裂くための鋭い鉤爪。
そして背には──折れた鳥の羽。
――――獣人。
空気が、止まった。
隣接する獣人の国とは、マリーの曽祖父の代より、冷戦状態にある。
王族であるマリーが獣人を匿うなど本来としてはあってはならないことであった。




