回想 12 社交教育 ゴロツキとの遭遇
この日は王都で観劇の日だった。
馬車にはマダム・ミリーも乗っている。本日鑑賞予定の劇は有名な悲哀の恋愛劇。マダム・ミリーはいつものきびしい顔を少し潜め、熱の入った様子で見どころとマナーについて言葉を尽くしている。マダム・ミリーは愛読書がロマンス小説なのだ。隣でひそやかにマリーがあくびをかみ殺しているのが伺えた。マダム・ミリーを怒らせてばかりのふたりは、今回はなるべく大人しくしていようと、昨晩ベッドの中で約束し合っていた。
観劇は非常に重厚なものであった。
マリーダは素直に面白いと思ったが、隣にいたマリーはギリギリ寝ているとばれない綺麗な姿勢を貫き通していた。
もう帰路のつくだけとなったとき、マダム・ミリーより、王都にも危ないところがあることを教えてもらった。俗にいう貧民街を呼ばれるその場所には、例え護衛を引き連れていようが立ち入りを禁止するというものであった。
きらりと一瞬マリーの目が輝いた。
マダム・ミリーが説明を続けた、その隙に、マリーはマリーダの手を引いてすっとふたりの護衛の間をすり抜けて走り出した。マリーは実にいい笑顔でマリーダに「いきましょう」と声をかけた。マリーダは歯を見せて笑いながら頷いた。ふたりは貧民街を目掛けて走った。護衛もマダム・ミリーも追いかけてくるが、小柄な二人は人並みを縫うようにすぐに彼らを巻いてしまった。遠くでは、護衛の大声と、マダム・ミリーのいつものキーキーした怒鳴り声が聞こえては消えていった。
マダム・ミリーが「護衛を連れ立っても来てはいけません」と言っていた貧民街は、先ほどまでいた王都の賑わいとは全く異なっていた。
地面は石造りではなく、むき出しの土であり、建物もところどころボロボロになっていた。貧民街にいる人らがふたりを遠巻きに見ている。鋭いとも言える視線を浴びながら、マリーは貧民街を突き進んでいった。
ふと路地裏で複数の男の怒声と、鈍く肉を打つ音が聞こえてきた。
本物の暴力の音だった。
肉を打つ音は剣の稽古で木刀が用いられたときに誤って防具外の腕に木刀が当たってしまった時よりも、荒々しい。マリーとマリーダの間に緊張が走る。マダム・ミリーの忠告は本物だった。子供二人で軽々と来ていいところではなかった。どちらともなく繋いだ手を固く握りしめる。
怒声と耳に残るような暴力音が止むと、不衛生な身なりをした男らが複数人、路地裏より顔を出した。貧民街でマリーとマリーダのふたりを遠巻きに見ていた者たちはいつのまにかどこかに消えていく。男たちはすぐに近寄ってきた。
「おうおうおう。お嬢ちゃんたち。迷子かな?」
「ここは危ないよ。俺たちが案内してあげよう」
にやにやと笑みを浮かべる口元がにちゃりと音を立てる。ぎょろりと、舐めるように二人をみて品定めしている。
マリーはマリーダの前に立ち、隠し持っている剣の柄に手をかける。まだ抜刀はしていない。マリーダは素早くかがむと路傍の石を三つほどつかみ、もう片方の手で隠しポケットにあるスリングショットに手をかけた。
「怖がらないで。こわくないよ。おじさんたちと一緒にいこう」
手前にいた男が手を伸ばした瞬間に、マリーが男の手に刃をすべらせた。その一太刀は男の手首に血の筋をつける。
「ぐわあああああああ!!!この!!!クソガキ!!!!!!!!てめえら!!やっちまえ!!!!!」
手負いの男が叫ぶ。後ろに控えていた男ら3人が一斉にマリーとマリーダに襲い掛かってきた。
マリーダはマリーに近い方から順番に素早くスリングショットを放つ。
ビュン
ビュン
ビュン
手が震える。
マリーを、失うかもしれない。
次々に男たちが呻き声を上げている。 血走った眼でマリーとマリーダを睨むと、懐から小刀を抜き、こちらへ踏み出してきた。
「なめやがって!ぶっころしてやる!」
マリーダは再度石を拾い、男どもを狙う。マリーは先に男どもの間合いに入ろうと足を踏み出した時であった。
「貴様ら!!!何をしている!!!!」
護衛たちが追いついたのだ。すぐさま彼らは男たちとマリーの間に入り、男らを撃退した。マリーとマリーダはその場にへたり込む。そこへ一足遅く駆け付けたマダム・ミリーがやってきた。
「マリーさま!!!!!まりーだ!!!!!!」
マダム・ミリーはふたりを勢いよく抱きしめる。叱責は、一言も来なかった。
「ご無事で……。ご、ぶじで……」
震えるその手と、涙にぬれるその声は、それ以上出されることはなかった。ただ、痛いほどに抱きしめる。ふたりは小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいた。マリーダの胸が震える様に熱くなった。




