第三章 完成②
「この小さな粒、やっぱりタンパク質だな。反応してる…」
「西条さん、分析結果が出ました。一つを除いては、ごく普通のタンパク質です。だとすると、これがキャリアの…」
真理子は小さな粒の分析を終え、画面上に出た結果を西条に報告していた。西条はそれを見て、頷く。「これがキャリアにしてるんだ」と言わんばかりの目で、真理子を見た。
「これ、見たことあります?」
「みたことあるような、ないような…。でも、これどっかで…」
西条は頭を触りながら、室内を歩いた。ときどき呟きながら、一人で何かを考えている。きっとこれが何かを思い出しているのだろう。
「思い出した…それ、αタンパク質だ…」
「αタンパク質…?」
「ああ。ザンビア共和国に行った時の、キャリアの女の子の話したの覚えてるだろ?その子の体に合ったタンパク質と同じなんだ。あの時は免疫系の変化か生まれ持った体質かと思ってたけど…」
「先輩はそのαタンパク質を基に薬を作ったんですか?」
「そうだ…あの時、先輩はαタンパク質を基に抗マラリア薬を使った。だとすると、今回のラルドウイルスも同じ方法でいけば…」
西条の頭の中に薬の設計図が出来たように思えた。何かを思い出し、納得したかと思えば、真理子に指示を出し、素早く何かを調合していく。時折、液体を確認し、少しずつ何かを変えていった。
西条たちの治療薬作りも佳境に入ろうとしていた時、地下の“ラボ”では異変が起こっていた。
様子を見に来たライラックは急いでイクソラに連絡する。
「イクソラ、今すぐラボに来れるか?」
『どうかしましたか?』
「デュランタが死んだ…」
『すぐ行きます!』
ライラックは扉越しに、部屋の中を見ていた。しばらくしてラボの扉が開き、イクソラが入ってくる。
「隊長…」
「デュランタが死んだんだ。でも今、生き返った…どうなってる…これは、ただのラルドじゃないのか?」
イクソラは目を丸くして、部屋の中を覗く。確かに、部屋の中で変わり果てたデュランタが歩いている。例えるならゾンビだ。
「ほ、本当にデュランタは死んだんですか?例えば、呼吸しているのが分からなかったとか、あとは…」
「イクソラ、彼らには心電図モニターが付いてるだろ…。その波形が直線になった。と言うことは心臓が止まったってことだ。それなのに、しばらくして立ち上がり歩き始めた…。私には何が起こってるのか全く理解できない…。もうお手上げだ」
ライラックも憔悴しているように見えた。もうこの施設はボロボロだ。そう思った。しばらく二人は室内を歩き回るデュランタから目が離せなかった。自分たちの目の前で確かに歩き回っている彼の姿はゾンビそのもので、近づくと興奮し壁に体当たりする。
一体何が起きているのか…ラルドにこんな作用があるとは聞いていない…
その時、ライラックに連絡が入った。
「なに…!?本当か!?」
ライラックは通信を切るなり、部屋を飛び出した。その後をイクソラも慌てて追いかける。ついた先はコントロールルームだった。
「アネモネ、どういうことか説明してくれ」
「治療薬が完成したかもしれないんです。これ…」
西条の手には確かに、黄色っぽい液体が握られていた。
「それは…本当に薬なのか?効果はあるのか?」
「それを確かめるために、治験したいんだ。だから、この施設内にいる感染者に投与させてくれ」
「…施設内にいる感染者…?な、なんだそれは?」
「ここまで来てとぼけるなよ。いるんだろ?この施設内に、あんたたちが言うベクターが」
ライラックは深く長いため息をついた後、二人を案内した。“ラボ”の場所へと。
「ベクターはこの中だ…」
ライラックがバンドをかざすと、重い扉が音もなく開かれる。長い通路が見える。何とも言えない重々しい空気がそこにはあった。
「主任はここから検体を採ってきてたんですね…」
「そうだ…。初めから今まで、全部ここからだ」
「この女の人がキャリア…?」
真理子は硬質ガラスの奥に見える女性を見つめる。ベッドに横になり、眠っていた。心電図モニターは正常な波形を作っている。
「西条さん、この方に投与しませんか?この方に効果があり、ウイルスが消えたら…」
「この女性に投与する。いいな?」
ライラックは否が応でも、承諾せざるを得なかった。しっかりと頷いたのを確認してから、二人は扉を開けるようにイクソラに言った。
「私も君たちと共に入る…何かあってはいけないからな…」




