第三章 エンデミック⑤
『まず、自分で動ける者を移動させる。一階まで全員を上げろ。あとはイクソラと私が引き受ける。良いか、君たちはあくまでも一階まで連れてくるだけだ。リコリスはその場にいさせろ。他の者を見張りにつけるんだ』
「了解、隊長…」
「了解しました」
二人はライラックの指示通り、リコリスを除いた四人を立たせ、それぞれが班員の脇を抱える。そして、エレベーターに乗せた。その間、ライラックはイクソラに指示を出し、エレベーターホールで待つように命令した。エレベーターの表示がだんだんと近づいてくる。いつの間にかライラックも合流している。扉が開くと、感染した四人の姿が目に入る。体は赤くなり、呼吸も苦しそうになっていた。
「隊長、お二人で大丈夫ですか?俺も行きましょうか?」
「いや、あとはこっちでやる。君たちはすぐに医療班に戻ってくれ。そこでまた待機だ。あとで連絡する」
二人がエレベーターに乗り込むのを確認し、ライラックとイクソラは班員を抱え、歩き始めた。適性検査室を通り、検査棟へ向かう。そして、二人だけが知る扉を開け、専用エレベーターに乗り込み、地下八階にあるラボへと直行する。
「隊長…すみません…自分…感染して…」
「デュランタ、話さなくていい。必ず助けてやるからな」
それぞれ、ライラックとイクソラに脇を抱えられた四人は、ぐったりしていた。地下八階、ラボの扉が開き、四人を隔離室へと入れる。ベッドに寝かせてやり、扉のロックを掛けた。
「隊長…リコリスを入れたら、隔離室は満杯ですよ…どうします?」
「何とかする…。リコリスを隔離したら、私たちと制圧班、保護班は消毒だ。その後は施設内を一斉消毒する。そして、生存者の男性二名と所属班の二班も検査だ。覚悟しなければな…」
ライラックの指示通り、彼はリコリスを隔離し、施設内と職員を消毒した。そして、男性二名が所属する班員と共に医務室へと向かった。
「みんな、この綿棒で口内を擦り、唾液を含ませてくれ。それが終わったらこの容器に入れて、軽く振る。そして私に持ってきてくれ」
立ったままの班員たちは、イクソラに言われた通りの手順で、迅速検査を行っていく。検査が終えた班員は、皆イクソラの前に並んでいった。彼は、班員の状態と検査結果をパソコンに打ち込んでいく。
数十分後、全員の検査が終わった。結果は透明。非感染者だ。イクソラはほっとした。全滅だけは避けられた。一息つく間もなく、彼はライラックに報告した。
『そうか…。分かった…』
素っ気ない返事だったが、彼が誰よりもほっとしているのは、イクソラが一番知っていた。班員たちを班室へと戻し、イクソラもまたライラックの元へと戻っていく。
「隊長…これ全員分の検体と、状況を記したデータです」
「うん…ありがとう…」
「全滅は医療班だけでした。それがせめてもの救いかと…」
「そうだな…。私はとりあえず、アマリリス様のところへ行って報告してくる。イクソラも班室へと戻って、業務を再開してくれ…」
雅子の元へ向かうライラックを見送り、彼は解析班へと戻った。
たった一時間ほどの出来事なのにも関わらず、急に疲れが出た。
「あ、主任!何があったんですか?」
「どうせ、話すわけがない。聞くだけ無駄だ…」
西条の言う通り、彼は一言も話さなかった。しかしそれは“言わない”ではなく“言えない”だった。
モニターが並ぶ薄暗い部屋。衝立の裏には雅子とライラックの姿。施設内で起きた事態について雅子に報告していたライラックは、彼女の言葉に驚きを隠せなかった。
「いや、しかし…」
「私が言っているのに、従えないの?いいから、非感染者と感染者の検体を解析班に持って行って。そして分析してもらうのよ…。そして、治療薬を作り出させるの」
「ですがアマリリス様…」
「いい?こっちがいくら隠したところで、あの二人なら全て見つけ出すわよ?この事態を起こした真相も、私たちの計画も。だったら、今のうちにあの二人を懐に取り込んでおきなさい」
雅子の指示に渋々従ったライラックは、解析班に入ってきた。
「この検体を君たちに託す。こっちが非感染者、透明だ。で、これが感染者、青色だ。これを分析してもらいたい」
「…何を?分析して、一体何を見つけ出すんだよ。それを教えてもらわないと、こっちだって動けないのですが…」
「薬だ…。ラルドウイルスに対する治療薬を作ってもらいたい」
ライラックの口から思いもしなかった言葉が出てきた。
「薬を作って、感染者たちを治すのか?それとも、他のことに使う気なのか?」
「ブルースター、口の利き方に…」
「ブルースター、君たち二人は優秀だ。とてもな。だからこそ、治療薬を作ってもらおうと、検体を持ってきた。ここの機械や試薬とやらも全て揃えた。ここまでしてるのに、なぜそんなに疑う?」
「そのままだ。信用できないんだよ。この施設のこともあんたらのことも。俺はここにきて腑に落ちないことばかりだ。この施設自体が全て怪しいんだよ。一体何を企んでる?計画ってなんだ?」
「君の疑問、いつか全て答えよう。だから今は治療薬を作ってくれ。君が知りたい答えは、治療薬と引き換えだ。約束しよう…」
ライラックはそう言うって、手を差し出した。「分かった。これは男の約束だ。裏切るなよ」と手を伸ばす。真理子とイクソラの前で、二人の手は固く結ばれた。
ライラックが出て行った部屋、イクソラの見張りの中、二人は検体を取り扱う前の準備をしていた。万が一のことを考え、部屋の隅に台や機械を移動させる。そして、それらを取り囲むように感染予防のための透明なカーテン、防護ビニールカーテンを取り付けた。
「何をしてるんだ?それは?」
「今から感染者たちの検体を扱うんだ。安全や二次感染には注意するが、万が一のことを考えて、対策を取った。俺たちも防具を身に着ける。あんたもそこから出して、自分に着けておくことを勧めるよ…」
西条は冷たい物言いだが、ちゃんと質問には答え、イクソラにも防具を付けるよう指示した。真理子は何だかおかしくなって小さく笑った。
「どうした?」
「だって西条さん、冷たいし素っ気ないし、でもちゃんと答えて防具渡すんだもん。冷たいのか優しいのか分からなくって」
「い、いいからそんなこと。準備できたらまとめて分析するから、早く手動かして…」
西条は照れているのか、無言になりてきぱきと動き始めた。そして、準備が整った解析班の部屋。
「じゃあ、始めるか…」
西条は声を掛けた。




