第二章 確証⑦
食事を終えた職員は、それぞれが自室に戻り始めた。この後はまたいつも通りに仕事がある。それぞれに与えられた役割をこなす。それがここでの安全を提供される条件だ。
「おはようございます…」
つかの間の休憩を終えた真理子は、解析班の扉を開けた。
「おはようございます、アネモネさん」
「おはよう、アネモネ…」
イクソラの前に立っている西条と目が合う。イクソラには分からないように、小さく頷いた。“今日から、始めよう”そう言う合図だ。
「まず、始めに言っておくことがあります。ここへ来てください。…昨日、ビンが割れ、一人は隔離。残り三人は異動となりました。今ここでの仕事を行えるのは、君たち二人だけです。ケガや二次感染、危険のないように注意して分析を行ってください。また、昨日の消毒により使えなくなった機械類ですが、今日また、新たに全てを揃えています。薬品類も一応は補充してありますが、検体等は用意がありません。必要なものがあれば言ってください。では、本日からまた業務を開始してください」
真理子たちは元通りになった部屋を見て回った。光学顕微鏡、電子顕微鏡、試薬類、各器具類、全てが揃えられていた。また、新たに加わった顕微鏡もあった。それは、走査型透過電子顕微鏡だった。
走査型透過電子顕微鏡とは、Transmission Electron Microscope(透過型電子顕微鏡)通称・TEMの一つである。これだけをたった一日で揃えられると言うことはかなりの資産があるということを示している。また、色々なところに顔が利くのか、精通しているのか…。
「分析に必要なものは全て揃えられています。主任、ありがとうございます」
「いや、私ではなく隊長だ。これらがなければ解析班の仕事は務まらないだろうって、揃えてくれたんだ。お昼にでもお礼を言っておくように」
「分かりました。あ、主任。早速ですが、分析をするには検体が必要です。それがなければ、今までの分析を続けることが出来ません」
「…分かった。何がいるんだ?」
西条はイクソラの顔をじっとみて、こう言った。「血液検体が三本、そうですね…一番初めに分析した血液、AB型とO型です。あ、O型に関しては病原体が含まれていました。それと昨日の検体を全てです。用意していただけますか?」と。イクソラは、一瞬目が泳いだ。西条の目から視線を逸らしたのだ。イクソラは「よし、分かった…少し時間がいるからそれまでは、他のことをしていてくれ」と部屋を出ていく。
「やっぱり、時間は掛かるが用意できると言うことは…」
「いるんですね、この施設にその三人が…」
真理子たちは確信を得た。そしてイクソラが戻ってくるまでの間、無事だった検体を調べ始めた。
「昨日、病原体の培養をしておいたんです。消毒液が撒かれる前に終えていたので無事でした。これです…」
真理子に促され、西条は早速、走査型電子顕微鏡を起動させた。真理子から対象物を受け取り、観察する。そこに映し出されたのは今までよりも鮮明に映し出された病原体・Ⅹだった。少しずつⅩの全貌が見えてくる。
それは真理子たちが見たことのある病原体だった。
「これ、間違いなくウイルスですね」
「そうだな…おそらくポックスウイルス科のものだ。この煉瓦型にエンベロープ、今までの分析を踏まえると…」
「煉瓦型でエンベロープを持っている…アルコールに対して不活性がある…そしてあの症状…」
真理子は真っ青な顔をして西条を見る。もし自分の予想が合っていれば…
「いや、まさか…」
「でも、可能性としては…」
二人は恐ろしくてその名を口に出せないのか、敢えて出さないのか、二人にしか分からない、阿吽の呼吸だった。
「でも、もしそうだとして緑にはならないですよね…?この形は間違いなくウイルスです。でも、ウイルスで緑って…」
「前に言っただろ?これはもしかしたら意図的に、人工的に作られたものなんじゃないかって。これはウイルス、でも俺が見つけたのは細菌だった。だとすれば、君も知ってるはずだ。皮膚病変や膿が緑になる細菌を…」
「…緑膿菌…ですか…でも、ウイルスと細菌ですよ?合わせられるわけが…」
「いや、出来るのかもしれない…もしこれが俺たちの予想通りのウイルスだとしたら、そいつはDNAを持ってるだろ?緑膿菌もDNAを持ってる…つまり…」
「ウイルスのDNAに細菌である緑膿菌のDNAを組み込んだ…」
二人は自分たちがとんでもなく恐ろしいことを考えていることに気づき、小さく身震いした。もし自分たちの考えが当たっていれば…
「じゃあ、治療薬もワクチンも作れませんよ…緑膿菌は比較的、薬剤に対しての耐性があったはず…。それに両方に効く薬なんて…」
「そうなんだよ…ウイルスには抗ウイルス薬、細菌には抗生物質を使う。全く違うんだ…。防ぐことも治療することも出来ない…」
二人が落胆していると、扉が開きイクソラが戻ってきた。
「二人ともどうしたんだ?そんな暗い顔をして…。あ、言われていた検体、何とか手に入れた」
袋に入った容器を手渡してくるイクソラ。それを西条が受け取った。
確かに、言われたものが用意されている。
「主任、これ…どこで手に入れました?これだけの検体、簡単に手に入れられるんですよね。と言うことは、この施設内にいるんじゃないですか?感染者が…いえ…“ベクター”が。そしてこの病原体はウイルスと細菌を掛け合わせて作られた、人工ウイルスですよね?あなたたちは“ラルド”と呼んでる。違いますか?」
「い、いや…」
「答えられないんですか?俺たちは突き止めました。言いましたよね?必ず突き止めるって。その結果を報告してるんです。この病原体“Ⅹ”はラルドウイルスと呼ばれていて、意図的に作られた人工ウイルスだ。そして、それに感染した人間をベクターと呼ぶ。そうですよね!?」
イクソラは目を逸らし、答えられずにいた。
「何も言えない…ということは当たってるってことですか…。ったく、何でこんな…これ、基になってるウイルスは天然痘だ…。何でここに天然痘が…?今のこの地球上に天然痘があるのはCDCとロシアの研究機関、それもBSL4の施設だけですよ!?一九八〇年五月八日にWHOが天然痘の根絶を宣言した、それ以降は発生することはなく、厳重に保管されている。それなのにどうしてここに天然痘があるんですか!?」
「…私に言われても困る…この事態を招いたのは私じゃない…第一、ウイルスだ細菌だって言われても、私に科学の知識はない。分かるわけないだろ!?」
開き直ったイクソラを見て、西条は怒りに駆られた。思わずイクソラの胸ぐらを掴み、殴りかかりそうになった。その瞬間、扉が開きライラックが入ってくる。
「そこまでだ、ブルースター。その手を放せ。私が説明しよう…アネモネもついてきなさい」
ライラックに言われ、二人は後をついていった。案内されたのは地下八階にあるコントロールルームだ。そこは一度、西条がイクソラの後を追いかけ侵入した場所だった。
たくさんのパソコンにモニター、奥には二席だけ用意された椅子と机。
「あ…これ…!!」
ついに判明しました、ラルドウイルス。
この世に存在はしませんが、いかにも…って感じの名前でしょ。
実はこのウイルスの名前、きちんとした意味があるんです。それはまた、小ネタで…。
あ、このウイルスや設定は完全にフィクションですから!!




