第二章 疑惑⑦
施設内に放送が響き渡る。イクソラは全員を部屋から出した。そしてエレベーターに乗り、地下七階にある食堂へと降りる。
「う~ん、いい匂い~」
廊下まで香ってくるいい香りに、羽衣は鼻をウサギのようにピクピクさせる。
「カンナさん、ウサギみたいですよ?」
「だって、こんなにいい匂いなんだもん。この匂いはカレーだよね~」
「確かに、カレーの匂いだな。俺も好きなんだよな~カレー」
ペンタスも匂いを嗅ぎながら、トレーを手に取る。カレーライスの匂いが余計に空腹にさせる。トレーにカレーライスとサラダ、果物を置き空いている席を探す。全員が集まったところで、幹部たちはいつもと同じ席に座った。その場にはイクソラの姿もある。
「皆、午前中はご苦労だった」
ライラックが労う。そして「あとはゼウス、頼む」と言うと、〈承知致しました。ライラック様〉とゼウスが返事をする。
〈幹部の皆さまはじめ、職員の皆さま。お疲れさまでした。初日の業務はいかがでしたか?今から昼食です。ゆっくりと食事の時間を楽しんでください。午後も業務をよろしくお願いします。昼食のメニューは【カレーライス・サラダ・オレンジ】でございます。それではお召し上がりください〉
ゼウスの合図で食事を始める幹部たち。朝食の時と同じ光景だった。ゼウスの合図で目覚め、ゼウスの合図で食事をする。ゼウスの合図で仕事が始まる。ここでは何もかも“ゼウス”という人工知能に動かされている。真理子はそんな気がして堪らなかった。
隣を見ると、羽衣やカクタス、コリウス、ペンタスがカレーを口に運んでいる。西条の姿がないことに気づき、部屋を見渡す。食堂の一番後ろに西条の姿が見えた。隣に座ろうにも席は空いていない。真理子は仕方なく今の席で食事を始めた。
「アネモネさんは、カレーは苦手なんですか?」
ペンタスが真理子に声を掛ける。
「へ?あ、いや…苦手というか、ただ…あまりお腹が空いていなくて」
「確かに、小食っぽいですもんね」
「それに比べて、カンナちゃんはよく食べるね~」
「だって、お腹空いてんだもん。それに食べなきゃ、午後も働けやしないしさ」
どうやら、ここの生活に慣れていないのは自分だけのようだ。周りを見ると、各々が人と話し、食事し、笑い合っていた。西条もまた、ここの生活に慣れていないのか、一人で食べていた。
俺だけなのか…?ここに違和感を感じているのは。幹部もそうだし、この施設のこともそうだ。まだ何一つきちんと聞かされていない。ここは一体何なんだ…。それに、中原さんは一体…。西条の頭の中はそんなことでいっぱいだった。周りを見ると、それぞれが食事をしている。ふと真理子と目が合った。彼女もまた、西条を見返す。まるで二人は目で会話をしているかのように、しばらく見つめ合っていた。
「食事の後は、午後の業務が開始するまで自由に過ごしてくれて構わない」
イクソラの声が響く。隊員としてのイクソラ、班主任としてのイクソラ。彼の態度や様子が明らかに違うことに、同じ班のメンバーは誰も気づいてないのか。それとも気付かないふりをしているのか?西条は僅かな苛立ちを感じていた。
今の時刻は午後一三時三十分前。食事を終え、それぞれが各自の持ち場へと戻っていく。
「食事の後で少し動きづらいかもしれないが、午後の業務もよろしく」
イクソラに笑顔でそう言われた四人は、笑顔で頷いた。真理子と西条は不信の目をイクソラに向けていた。
「ん?どうした、二人とも?」
「いえ…。作業開始します」
真理子は薬品棚から数種類の薬液を、道具棚からピペットやシャーレ、プレパラートなど必要なものを取り出した。午前の間に用意しておいた材料を元に病原体を特定する作業に取り掛かる。
「カンナ、パソコンに打ち込んでくれる?」
「オーケー。ちょっと待ってね…いいよ」
「まず、今日の日付と今の時間を打ち込んで…それが終わったら…」
真理子はカンナに指示を出していく。カンナも遅れを取るまいと、必死についていく。
「じゃあ、今から培養していくから、私が言うこと打ちこんでいってね」
「培養って…?」
「培養って言うのは、微生物や細菌、多細胞生物の細胞や組織を人工的に環境を整えて、その下で育てることなの。今のこのⅩがウイルスなのか細菌なのか分からないけど、とりあえず培養してみようと思って。そしたら、何か分かるかもって思ってさ…」
真理子はそう言うと、培養を始めた。そのとき、ふと思い出す。
「主任、一つ良いですか…?」
「どうした?」
「私、今からこの病原体の培養をしようと思うんですけど…一つ、材料が足りないんです」
「何がいるんだ?」
「培養細胞です。それがないとこれ以上の分析は続けられません」
培養細胞とは、多細胞生物において人為的に生体外で培養されている細胞のことを言う。これにより、動物実験を減らすことが出来るのだ。
「分かった。それを用意しよう。時間は掛かるが構わないか?」
「分かりました。それまでは、他の方法で病原体の検査を行います」
イクソラは部屋から出て行き、どこかへ向かった。
「培養細胞でⅩを突き止めるのか?」
「はい。おそらくこれは細菌ではなくウイルスだと思うんです。実は血液の中から病原体を取り出し、意図的にシャーレの中で感染させてみたんですよ。そしたら、ビンゴ…。これ見てください」
「これは…確かにウイルスだな。増殖してる…」
西条は顕微鏡の中を覗き、驚いていた。しかし、そこで疑問が生じる。
「でも、どうやって?ウイルスは他生物の細胞がなければ増殖は出来ない」
「それに関しては…ちょっと。でも、これで今回の事態、Ⅹの正体がウイルスだと判明しましたよね?」
「確かにウイルスの可能性が高くなった。けど、俺の方は細菌だ。こっち…これ見てみて」
今度は真理子が西条の顕微鏡を覗く。そこには確かに細菌があった。
「同じ病原体から採ったものなのに、ウイルスと細菌ができるなんて…一体どうなってるの…」
「ここだけの話、このⅩはもしかしたら意図的に作り出された病原体かもしれない…実は…」
西条は真理子に自分が知っていることを話した。
「そんな…」
「このことはまだ秘密だ。誰にも言っちゃいけない」
西条は真理子に釘を刺した。真理子も頷く。その二人の様子をカクタスがじっと見ていた。
「俺は細菌の線で分析を続ける。ま…アネモネはウイルスの線で分析をしてくれ」
「分かりました。やってみます」
二人はそれぞれ四人に指示を出し、Ⅹの正体を突き止めるべく、分析を再開した。
ウイルスか細菌か…
“X”の正体は一体何なのか…
もうすぐ判明しますよ!…多分…
あれやこれやと考えていたら、展開が遅くなって…
そろそろ飽きてきました?




