第二章 疑惑⑥
真理子はイクソラにこれからの流れを説明した。
「私たちはこの病原体を“Ⅹ”と呼んでいます。このⅩにアルコールでの不活化が見られたら、次はエーテルやホルマリン、その他さまざまな条件でⅩに変化が見られるかを調べて行きます。その後はⅩの特徴や、病原体の型を一つ一つ調べ、ウイルスなのか細菌なのかを突き止めます」
「ウイルスか細菌かが判別した後は…?」
「治療薬やワクチンを作りますが…なぜそんなことを…?」
「あ、いや…何でもないんだ」
真理子は説明が終わると、また分析に戻った。そして、シャーレの中を顕微鏡を使用して確認する。
「あ…!不活性が見られます!アルコールには弱いのかも…」
西条は真理子の声に反応し、顕微鏡を覗く。
「本当だ…不活化してる…アルコールに対して不活化すると言うことは…」
西条は腕を組み、部屋の中を歩き始める。時々何かを呟きながら、一人考えていた。
その頃、残りの五班でもそれぞれの業務が遂行されていた。
ライラックは定期的に各部屋を回り、業務の進捗状況を確認している。
「進捗状況は?」
そう言ってライラックが入ってきた部屋は、医療班の部屋だった。
医療班の業務は施設内職員の体調管理・診察・治療等を行い、施設内に新しく生存者が輸送されてきた際の検査・診察を行う。また、薬品庫の管理もしており、医療全般を施すことだった。
「順調に進んでおります!」
いかにも部隊の人間という言葉遣いで返事をしたのは、医療班主任のデュランタだった。
「うん…そのようだな。今は何をしていたんだ?」
「はっ。今は設備や薬品等について説明をしておりました。また、緊急事態の際や放送があった際の対応について、説明をしておりました」
「なるほど。業務開始前の内容周知は大切なことだ。その調子でやってくれ」
「はっ!お任せください」
続いて、ライラックは調達班へと向かった。
扉を開けると、さっそく声が聞こえてくる。
「新しく食料は来ましたか?食材は?」
「まだみたいです。来たら報告します」
「お願いしますね。…あ、隊長!みんな、集まって!」
フリージアたち調達班は、仕事に集中していてライラックが来たことに気付いていなかったようだ。この班の仕事は、施設外より食料を確保したり、食料が輸送されてきた際の検疫・保管を行う。また、一日三回、三六五日、施設職員の食事を作ってくれる。
「急がなくて構わない。私が来たことに気づかないくらい、仕事に集中していたのは良いことだ。…今はどんな状況だ?」
「集められた食材・食料を種類ごとに保管していました。また、この施設内にある食材・食料をリストにしています」
「なるほど…。そう言えば、ここのメンバーはやはり女性が多いな」
自分の目の前に整列したメンバーを見ると、女性が多いのは一目瞭然だった。ライラックはいつもの食事のお礼を言い、部屋を後にした。
それからもライラックの見回りは続く。保護班、制圧班、調査班と周り、最後に来たのは解析班だった。
認証センサーにバンドをかざし、扉を開ける。彼の目に入ってきたのは、顕微鏡を前に、何かの分析をしている真理子と西条の姿だった。あくまでもほかのメンバーは助手に徹していた。
「みんな、一度手を止めてくれ。隊長がお見えだ」
「手を止めさせて悪いな。今、他の班も見て回ってきたところだ。ここの進捗状況はどうなってる?」
「はい。血液の型を調べ、その中に病原体が入っていることを突き止めました。また、アルコールにより不活化することから、少しずつですが病原体の特定を行ってます。また、病原体の特定が出来れば、治療薬とワクチンの作製に取り掛かる予定です」
ライラックは深く、静かに頷いた。
「良かろう…治療薬やワクチンが出来れば、この事態を鎮めることが出来るだろう…。期待している」
それだけを言うと、ライラックは部屋を出た。彼が向かった先は雅子の元だ。
「それで…各班の進捗状況はどうだったの?」
「アスクレピオスでは、業務内容の周知と非常事態時の説明を行っておりました。クロノスでは、各食料のリスト化に努めております。ウラノスでは、設備・装備の使用目的と使用方法を。アルテミスでは、ベクターに対する防御と攻撃についての訓練を行っていました。アネモイは、ベクターの調査です。都市部をモニター下で監視し、ベクターの存在を場所ごとにリストアップしていました」
雅子はライラックの説明を黙って聞いていた。全て聞き終えたところで、ふと口を開く。聞いたのは真理子たちが所属する解析班・アテナのことだった。
「…そう。アテナはどんな感じなの…?」
「アテナは…少しずつ核心に迫りつつあるようです。血液型を特定したまでは良いですが…病原体を発見し、アルコールで不活化することを突き止めてしまいました。その後は、治療薬やワクチンの開発を目的に分析を進めていくと…」
「…思ったより早いわね…。でもまだ、ラルドの正体には気づいてない…。とりあえず、今のまま分析を続けてもらいましょう。その後のことはまた指示するわ。…じゃあ、私もそろそろ出るわね…」
「了解です。今回はどのくらいですか?」
「そうね…三日前後かしら…三日後に迎えをよこしてくれる?」
ライラックは雅子と共にエレベーターホールへ向かった。「送ります」と声を掛けたが、「構わないわ。あなたにはここを頼みたいの」と断られてしまう。ライラックが優秀な隊長だと言うことを、雅子は誰よりも知っていたからだ。自分がいないときに安心して任せられるのは彼だけだ。
昼食の時間になるまで、各班は業務を進めていた。手を休めることなく、それぞれの仕事をこなしていく。
〈皆さま、昼食の時間になります。一度作業を終えてください〉
ゼウスが昼食の知らせを告げる。
「では、一度作業を止めようか」
イクソラはそう言って、作業を終了するよう言った。「午前の仕事は八時半から一二時まで。その後は昼休憩となっている」とイクソラは説明する。
彼が説明を終えたのとほぼ同時に、各フロアに放送が流れた。
『連絡です。昼食が出来ました。各自、地下七階の食堂へお集まりください』




