第二章 疑惑⑤
真理子は、赤黒い液体をスポイトで吸い取り、少しをシャーレに落とし、試薬を垂らした。確実にゆっくりと血液分析の手順を行っていく。そして部屋の隅にある電子顕微鏡で確認する。倍率を定め、一番よく見える場所を探す。すると、紫色に染まった白血球、扁平な形をした赤血球、そして血液のなかで一番小さな血小板が確認できた。確かに、血液で間違いないようだった。
続いて真理子は、青い試薬・抗Aに血液を一滴、黄色い試薬・抗Bに血液を一滴落とす。すると、あっという間に両方の試薬の中で血液が凝集した。つまり、この血液はAB型と言うことになる。
ふと隣の西条を見る。机の上に並べられた試薬から、彼もまた血液型を調べているようだった。
「ま…アネモネ、そっちはどうだった?」
「こっちのは血液で間違いありませんでした。それと型はAB型。さ…ブルースターさんは?」
「こっちも血液で間違いない。けど型はO型だった。つまり…この血液は二人分だということだ。それと、血液を調べたら、見たことない“何か”があるんだ。そっちは?」
「いいえ。こっちにはありませんでした。普通の血液です。あ…もしかして…」
真理子は西条の顕微鏡を覗いた。すると西条がなぜ“何か”と強調したのか理由が分かった。あの病原体が含まれていたのだ。自分たちが見つけた“Ⅹ”だった。
「主任…これが何か分かりました」
西条はイクソラに結果を話し始めた。
「これは血液で間違いありません。性別は分かりませんが、片方はO型、もう片方はAB型でした。つまり、二人分の血液です。それと、O型の血液には見たことのない病原体らしきものがあります。これは何ですか…?」
「…知らない。その病原体とやらが何なのかは、分からない」
嘘を言っていることは明らかだった。イクソラは病原体が含まれた血液だと言うことを知っていながら、二人に分析させたのだった。そして、恐らくこの病原体の正体を知っている…。二人はそう確信した。
「今から、この病原体が何なのか突き止めます」
西条がそう言うと、「そ…そんなことできるのか?」とイクソラは目を見開いた。四人も驚いて西条を見る。真理子は静かに頷き、西条を見た。
「時間は掛かりますが、これの正体を突き止めてみせます。必ず…」
真理子もまた、決意に溢れた目でイクソラを見た。二人の気迫に圧倒されかけたイクソラは「分かった。出来るとこまでやってみてくれ。私は今の進捗状況を隊長に報告する」と部屋を出ていく。
チャンスだ…そう思った西条は、イクソラの後を追うように部屋を出る。西条が何をしようとしているのか察しがついた真理子は、周りの人に悟られないように、それぞれに指示を出した。
「あ、カンナとカクタスも分析を手伝ってくれる?手順は説明するから。そして、コリウスさんとペンタスさんには、ブルースターの代わりにその分析を続けてほしいの」
「了解」
「もちろん」
真理子は全員に指示を出しながら、西条の戻りを待っていた。
一方その頃、イクソラの後をつけていた西条は地下八階まで来ていた。イクソラは扉の横にある認証システムにバンドをかざす。扉が閉まりかけた瞬間、西条が体を滑らせ、中に侵入した。体を隠しながら、イクソラの後を追う。ここはどこだ…一二台のパソコンに、大きなモニターが三台。入口から一番遠いモニターの横に、二人の人物が座っていた。顔が良く見えない。人目を隠れるように座っている二人に、静かに足音を立てずに近づいていく西条。
「それで…潜入先はどんな感じで?」
「そうね…さすが関西一の企業ってとこかしら…」
聞き覚えのある声が耳に入る。そっと覗くとそこにいたのは隊長のライラックと雅子だった。おもわず声が出そうになる。慌てて彼は自分の口を手のひらで塞いだ。
「隊長、アマリリス様」
「どうかしたか?イクソラ…。状況はどんな感じだ?」
「それが…あのサンプルが血液だと言うことは突き止められて当然なんですが…血液型と病原体の存在を突き止められてしまいました」
ライラックは、雅子の顔を見る。彼女は笑っていた。
「何が可笑しいんです…?血液型は置いておいたとしても、病原体の存在にこんな早く気付くなんて。小さくて発見しにくいって…」
「やっぱりさすがね…彼らは…」
「彼ら…?」
「ええ。解析班にいるんでしょう?私が潜入していた先の元研究員の二人が…」
「もしかして…アネモネとブルースターのことですか…?」
雅子は深く頷いた。
「彼ら二人は私の潜入先の研究員。かなり優秀だし、アネモネに関しては、ベクターの特性に気付いてるわ。おまけに、パソコンの腕も良い。ハッキングまで出来ちゃうしね…研究や分析に関しては二人はラボの一、二を争う腕よ」
「ベクターの特性に気付いてる…?じゃあまさか…」
「そのうちラルドに関しても気づくでしょうね…」
西条は三人の会話に釘付けだった。ベクター?特性?…ラルド?何のことだ…。すると、イクソラが出口に向かって行くのが見えた。彼の後をまた追う。部屋を出るにはバンドをかざさなければならない。そんなことをしたら、自分がこの部屋にいたことがバレてしまう。静かに、音を立てないように再び慌てて彼の後を追った。
イクソラはバンドをかざし、部屋を出る。その後をバレないように西条がついて出る。イクソラはエレベーターとは異なる方向へ歩いていくのが見えた。西条は急いでエレベーターに乗り込み、解析班の部屋へと戻っていった。
部屋に入ると、真理子たちは分析を続けている。真理子とふと目が合った。
「ブルースターさん…あ、お腹は大丈夫ですか?」
一瞬何のことか理解できなかったが、真理子が誤魔化そうとしているのに気付き「ああ。久しぶりにお腹を下したよ…」と笑う。そして、コリウスと席を代わり、顕微鏡を操作し始める。
「これ…」
「病原体だけ取り除いておきました。コリウスさんは手先が器用みたいで、手伝ってくれたんです。ペンタスさんは病原体の特性をパソコンに全部打ち込んでくれたんですよ。二人のおかげでかなり進みました」
真理子に笑いかけられた二人は、どこか嬉しそうで少し照れていた。西条は「ありがとう。助かったよ」と二人を労う。
顕微鏡のレンズをのぞき込み、西条は何かに気付いた。
「これって病原体だけを集めたんだよな…?これ、一体なんだろう…」
「分かりません…あの時のⅩと同じもののようなんですけど…」
「Ⅹって…?」
カクタスが尋ねてきた。真理子は「あ…正体が分からない病原体のことをⅩとか、アルファベットで呼ぶの。名前が無いと、分析する上で区別しにくいから…」とごまかす。「へぇ…難しんだね…」とカクタスは納得したようだった。
「アネモネ、言われたの洗い終わったよ」
「ありがとう。あ、薬品棚の中にアルコールってある?」
「ちょっと待ってね…。あ、うん。あるよ?そっち持っていくね…」
真理子は羽衣にアルコールを取ってもらい、シャーレの中に流し入れた。
「アルコールなんかどうするんだ?」
西条にそう聞かれ、真理子は答える。「病原体にアルコールをかけてみるんです」と。西条は「なるほど…不活性があるか調べるんだな…」と理解したようだった。
「ええ。もし不活性がある病原体なら、少しずつこのⅩの正体を突き止められるかも」
アルコールで不活化する病原体なら、どんな病原体でどんな特性があるのかを解明する手掛かりになる。
真理子はシャーレの中にアルコールを数滴入れ、血液内から採取した病原体をアルコールの中に落とした。これでしばらく待つ。その間、真理子たちは病原体の正体を突き止めようと、部屋の中に何か無いかを物色し始める。
「解析はどんな感じだ?」
イクソラが戻ってきた。
「今はアルコールを使用して、病原体の不活化を確認しています」
「不活化…?」
「病原体の働きが失われるか、弱化するかと言うことです。特に、ウイルスや細菌の感染力や毒性を弱毒化できるかどうかを調べています」
「それで…その不活化が見られたら、どうするんだ…?」
「…不活化が見られたら…」
あと少しで第二章も佳境に入ってくる予定です
ただ、そろそろ面倒なことが…




