第一章 違和感④
〈この施設は“Institute For Global Relife 世界規模の救済研究所”です。またここはその研究所の日本支部です〉
「ここは研究施設なのね…。ここでは何をしているの?」
〈人類の救済です〉
「人類の救済って?何をしているの?」
〈人類の救済です。これ以上は言えません。申し訳ございません〉
何を聞いてもやっぱり教えてくれないか…。真理子はため息を吐いた。
「あ、ねえゼウス。私たちの仕事って何?」
突然、羽衣が聞いた。
〈カンナ様、そのご質問にはお答えできます。貴女方の仕事は解析です〉
「解析…?それってどんなことをするの?」
〈アネモネ様、そのご質問にはお答えできません。申し訳ございません〉
「都合の悪いことを聞かれると、答えられないのね…。ゼウス、分かったわ。あなたに聞くことはもう終わり」
〈承知いたしました。では終了致します〉
モニターは再び暗くなった。どうやら、通信は終わったようだ。でもこれで分かったことがある。
「何も聞けなかったね、ま…アネモネ…」
「ううん。そんなことなかった。私には十分だよ」
「…アネモネさん、どういうこと…?」
「私たちが腕に着けてるバンド、六色あるでしょ?それに、班の数も六つだった。それはきっと、班ごとに色を分けてる。それでおそらくだけど…幹部にあたる人たちはオレンジのバンド。私たちの仕事は解析だってゼウスが言ってたでしょ?けど、どんな内容かは教えてくれない。それに、フリージアって女性の隊員が言ってた。“お互いの業務内容については、他言無用”って。ここでは名前も言えない。もしかしたらバンドの色が異なるのは、見た目だけでどこの班の人なのかを分かるようにしてるんだと思うの。お互いの仕事が何なのか言ってはいけないと言うことは、これは勘だけど…“教えられないこと”をここでしてるのかもしれない…」
真理子が言った。羽衣は彼女の話をよく理解できていないのか、目をパチクリさせていた。カクタスはと言うと、俯きながら右手の親指を口元へ持って行っていた。
「カクタスさん、どうかした…?どこかしんどい?」
「あ、大丈夫です。カンナさん。ただ、お二人と私は合わないな…って。アネモネさんは頭が良いですし、カンナさんはアネモネさんとお知り合いで…仲がいいみたいだから」
「あ…。私がま…アネモネと仲がいいのは、同じ職場だったからなの。部署は異なるけど、よく話してたから。で、アネモネの頭が良いのは多分…遺伝?それか突然変異ね。私とも違うし、彼女はちょっと人とは違うのよ。私も羨ましい。でも、今日から私たちは一緒に暮らすの。だから、カクタスさんも仲間。というか、もう友達?あ、だから敬語もなしね。名前って言ってもコードネームだけどさ…それも“さん”は付けないこと。呼び捨てでいいの。OK?」
羽衣はいつも明るく、場を和ましてくれる存在だった。そのおかげか、カクタスも笑顔になり、少し部屋の雰囲気が変わった…気がした。
『連絡です。夕食が出来ました。各自、地下七階の食堂へお集まりください』
軽快な音と共に放送が鳴った。食事という単語に羽衣が反応する。腕時計を見ると針は午後六時半を指していた。
「夕食!?そう言えば朝から何も食べてなかった…。やったね!ほら二人とも早くいくよ?」
「分かったから、ちょっと待って…そんなに慌てないでよ」
真理子は羽衣に腕を引かれて、体がよろけてしまう。
「あ、先に行っててください!すぐに追いかけますから!」
「うん、分かった!あ、カクタスの席も取っとくからね!」
羽衣に連れられ、真理子はおぼつかない足取りでエレベーターへと向かって行く。誰もいなくなった部屋では、カクタスが一人何かをしていた。ポケットから取り出したのはオレンジ色のバンド。それをモニターにかざすと、AI・ゼウスが反応する。
〈カクタス様、どうかなさいましたか?〉
「あの二人には気を付けて。特にアネモネって人には…」
〈アネモネ…安藤真理子様ですね。承知致しました〉
カクタスはバンドをポケットへしまうと、部屋を出る。
誰もいないのを確認し、静かにエレベーターへと向かった。
食堂に到着すると、いい匂いがした。今日の中で一番安心する、そんな匂いだ。食事は一人一人、用意されていた。食堂には大きなモニターがあり、そのモニターには〈白米と汁物はおかわり自由〉という表示がある。そしてモニター中央にはゼウスがいた。
「皆、席に着いたか?」
ライラックが声を掛けた。席についているのを確認し、話を始めた。
「皆、今日はご苦労だった。色々な経験をした一日だったと思う。明日からは、今までより忙しくなると思う。今日はしっかり食べて、体をゆっくりと休めてくれ。…ゼウス、ここでの注意事項と今日のメニューを説明してくれ」
〈承知致しました。ライラック様。ここでの説明を致します。ここではほかの部屋同様に、各自コードネームで呼び合うこと。また、各自の業務内容については他言してはなりません。万が一話しているのを私が見つけた場合は、ここからの追放となりますのでご注意ください。それ以外は全くの自由です。
もちろん、食事の際の席もご自由に。また、自由時間にここを使用することも出来ます。その際はお飲み物もご自由にどうぞ。水、お茶、コーヒー、紅茶、そしてお酒。何でも揃っておりますゆえ、ご自由に快適にお過ごしください。ただし、お酒の飲みすぎにはご注意を。翌日の業務に差し支えますので。では、本日のメニューを紹介致します。本日は新生活のお祝いの為、品数が豊富です。調達班の皆さま、お疲れ様でした。本日のメニューは、【ちらし寿司・はまぐりのお吸い物・鯛の塩焼き・菜の花の辛子和え・桃】でございます。以上でございます〉
やはりここでもゼウスが出てきた。言葉のみで会話し、声の判別、相手の労い…あのゼウスは一体…。
「ゼウス、ありがとう。では、皆頂こう」
ライラックが声を掛けると、それぞれ箸を手に食事を始めた。真理子も箸を手に、食事をしようとしたとき視線を感じた。顔を上げ辺りを見回すと、テーブル一つを挟んだ目の前に西条が座って彼女を見ていた。指を口に当て、何かを言っている。口を見ろ…?真理子は西条の口元を見た。
(あ・と・で・き・て・く・れ)
後で来てくれ…?何のことかと思い、(ど・う・い・う・こ・と?)と聞き返す。
(ご・は・ん・お・わ・った・ら・き・て・く・れ)
真理子は分かったと頷いた。そして、真理子も西条も何もなかったかのように食事を再開する。
「アネモネ、これすっごくおいしいね。カクタスも、これ食べた?」
「ええ。とてもおいしいです。私が作る料理よりこっちのほうがおいしいです」
「…アネモネ?どうかした?」
「へ?あ、いや…何でもない。…これすごいおいしい」
真理子の様子に違和感を感じたカクタス。しかし、何事もないかのように振る舞う真理子を見て、自分も気にしないでおこうと思った。…今は。
食事を終えた人たちは次々に席を立ち、食器を片付けて行く。部屋を出る際に飲み物を持って出る人、知り合いを見つけて話をし始める人。羽衣とカクタスは「先に部屋に戻るね」と部屋を出て行った。目の前を見ると、西条は真理子と同じく食事を続けていた。手招きをするので、真理子は食器を持ち西条の元へ向かう。




