その名はオーダンナー
一時間後、ミオとチカの二人は、買い物袋を抱えて帰路についていた。
今やビニールは貴重品の為、二人ともエコバッグに食材を山ほど詰め込んでいる。
宇宙人が攻めて来てからというもの、買い物もあれこれ工夫が必要になってきていた。
「ごめんねチカちゃん。買い物に付き合わせちゃって」
米袋を抱えて信号待ちをしながら一息つくと、おなじく野菜を抱えたチカにミオは申し訳なさそうに言った。
「いいのよ、家も近いし、お米も購入制限かかってるもんね。私も、少し分けてもらうわけだし」
チカがそう言うと、信号が変わる。
二人はやれやれと言った顔で、また食材を手に歩き始める。
インフレが進み、食料危機やエネルギー問題が危惧され始めた現在。一部食材は高騰、もしくは購入制限がかかっている状態だ。
米が一人何キロと決まっていれば、頭数を連れて来るしかないという訳である。
ミオは、重い米袋を抱えながら、ため息をついた。
「ウチは、町工場で住み込みが二人もおるから、買うときはたくさん買わなしゃぁない。日々、いろんなもんが高くなって来るからかなんわ」
「……そういえばここ最近、お魚ばっかりでお肉食べてないよね」
「そのうち、家で干物やら漬物やら作らなあかんようなるわ……こんなん女子高生のやる事ちゃうで」
うんざりした顔で言うミオに、流石に噴き出すチカ。
ミオはそれに、
「笑いごとちゃうで?」
とさらにうんざりした顔で答えた。
「ミオちゃん、もう女将さんみたいね」
と、チカがそれに答えると、ミオはっとなって青ざめた。
どうやら、自覚が無かったらしい、彼女の表情は、徐々に切なさと諦めの入り混じったものに変わっていった。
「……おかんが出て行ってからというもの、炊事洗濯、果ては工場の経理まで……よう考えたらそれこそ、女子高生のやる事ちゃうわ。ウチの青春、どうなるんやろ?」
米袋がさらに重くなったという表情のミオ。
だが、それにチカは感心していた。
「でも、すごいと思うよ、ミオちゃんは。こんなこと私ならできるかどうか……」
小さな町工場とはいえ、不満を言いつつもここまでやれるのは、彼女の能力が非凡である事の表れだった。
実際、運動神経抜群の彼女が、家庭の事情で部活に一切参加していない事を惜しむ声は大きい。
無論、家庭の事情でなるべくしてなったという見方もできるが、いま彼女のやっている事は、それこそ女子高生のレベルを逸脱していた。
「やっぱり、工場を継ぐの?」
チカの口からそう言う言葉が出たのは、ごく自然な事だった。
傍から見ればそうとしか見えない。
だが、ミオはそれに大きく首を横に振った。
「冗談言わんとってよ! ウチは大学に進学して、そこそこの会社に就職して、そこそこの男と結婚して、平凡で幸せな生活を送るのが夢なんや。……あんなトチ狂った親父のやっとる、吹けば飛ぶような町工場からは一刻も早く縁を切らんと、青春どころか人生がどうにかなってまうわ」
ミオの言葉に、チカは苦笑しつつも納得せざるを得なかった。
ミオの父天王寺博士は近所では有名な趣味人として知られている。
彼の夢は「スーパーロボット」を作る事。
子供の頃の夢を追いかけて、そのまま諦めていない姿勢が、多くの賞賛と同時に奇異の目でも見られている、絵に描いたような「変な人」であった。
当然、ミオのような近親者にとっては迷惑な話だ。
チカは彼女の父の愚痴を、幾度となく聞いていた。
「こんな状況でも、まだロボット諦めてないの?」
まさかと思い、尋ねるチカに、ミオは重い表情で頷く。
「むしろ、宇宙人が攻めてきたって闘志を燃やしとるって感じや」
それにチカは感心していいのか呆れて良いのかわからず、目を泳がせながら、ああ、と声を漏らすことしかできなかった。
「仕事も減ってる、電気代もうなぎ上りやのに、空いた時間で変なもん作って……、ウチの学費と人生、どうなるんかホンマに心配やわ。奨学金も降りるかどうか……」
それは、経理として会社の内情を覗き見ている彼女にとっては深刻な話だった。
宇宙人と父。ミオの人生には大きな障害物が横たわっていた。
駅からそれなりに歩いた場所にミオの自宅はあった。
それは、トラックがどうにか入る駐車スペースと町工場の奥に住居スペースがある工場兼住宅。
ミオは帰宅するために、この鉄の匂いがする工場を通り抜けるのが、日常となっていた。
彼女たちが、食料を抱えて工場の前にたどり着いた時には、工場はちょうど仕事が終わった所のようだった。
自宅前の自販機の前で、二人の彫り深い顔の男が二人、缶コーヒーを飲んで一息ついている。
彼らはミオの姿を見ると、立ち上がって会釈する。
「ミオサンおかえりなサイ」
「社長呼んでマス」
よく似た二つの日本人らしからぬ顔が、困惑するチカ。
それにミオは笑顔で答えた。
「ああ、チカちゃんは初めて会うんやね、この二人。ウチの工場で住み込みで働いてる兄弟なんよ……確か日系ブラジル人だっけ?」
彼女がそう言うと、二人の男は頷き、にこやかにチカに握手を求めた。
「阿倍野ベルタ、デス」
「私、阿倍野アポロ、ヨロシク」
「……ああ、どうも」
エコバッグを置き、慌てて握手に応じるチカ。
「……最近の町工場って国際的なんだね」
と、感心した顔で二人の労働者を眺めまわした。
「こんなちっちゃい町工場に格安で働いてくれるんやから助かってるわ。日本語も達者やし、好き嫌いも無いし」
ますます、女将じみてきているミオの物言いに、苦笑するしかないチカ。
だが、これが現実なのだろう。
「……最近の宇宙人騒ぎで日本に避難してくる海外の人も多いって聞くし、どんどんこういうの増えるかもね」
チカは、自分の思っていた工場のイメージがずいぶん変わってきている事を実感しながら、ミオの後に続き、工場の中に入っていった。
小さく空いたシャッターをくぐると、高い天井に、大きなクレーン、鉄の匂いのする広い空間が広がる。
仕事も終わり、照明が落とされたその空間の向こうで、作業に使っているらしいパソコンの灯りだけが光っていた。
そしてそのパソコンに住まっていた男が、こちらが入ってきたことに気が付くと、椅子から立ち上がりゆっくり振り向いた。
作業服を着た白髪交じりで無精髭のおじさん。
彼こそ、噂の「変な人」町工場の社長にしてミオの父、天王寺博士その人であった。
「ミオ! 待っとったで!」
周りと娘からの評判はともかく、彼が子煩悩であることは相変わらずである。
彼は、何やらウキウキした顔でこちらに歩み寄ってきた。
それに、いい加減父離れしたいミオはうんざりした顔で出迎える。
「話って何?」
そう言う娘にヒロシは、こみ上げる笑いを抑えきれないでいた。
まるで、誕生日のサプライズを披露しようかとでもしているような様子の父に、ますます嫌な顔をするミオ。
「まぁ、これを見てくれ」
ヒロシはそう言うと、工場の照明のスイッチに手をかけた。
「見よ! 今日、ついに完成した! ディフェンス・アンチエイリアン・ニュー・アサルト・ロボット「ダンナー」タイプスーパーロボット15号機! 通称『Oダンナー』や!」
彼がそう言って、工場のスイッチを入れると、今まで影になっていた部分がライトに照らされる。
それに照らされた物体に二人は思わず声を上げた。
「……これは!」
それは、クレーンに吊るされた、六メートル近い鋼鉄の人型ロボットだった。
「ミオよ!これに乗れば、お前は神にも悪魔にもなれる!」
ヒロシの高笑いが工場内に響き渡った。




