反撃の序曲
アンゴルモア星人との交渉は翌日に行われた。
東京に朝一で戻り、閣僚一同で向こうからの信号を受信する。
首相が以前のような腰の低い態度ではなかったことに、ガイ・アーツは意外そうな顔をしていた。
そして向こうからもたらされたのは相変わらずの要求だった。
「我々の要求はただ一つ。スーパーロボットの引き渡しと地球人類の降伏だ」
その言葉を、首相はもはや呆れたという顔で聞いていた。
「言いたいことはそれだけかね?」
首相がガイの言葉にそう返すと、ガイはこの交渉が今までと違う事をいい加減悟ったようだった。
「では我々の側から要求する。即刻立ち去って、宇宙の彼方へ消えたまえ。我々から渡す物は何もない」
その言葉に、異星人は明らかに予想外のようだった。
「こちらの指示に従わねば、攻撃再開するぞ!」
そう、叫ぶガイに首相は、画面越しに異星人を睨み返していた。
「……やってみたまえ。その時は、少なくとも地球に降りた君らの同胞の安全は一切保証しない。たとえ刺し違えてでも、我々は復讐する。会談を反故にした落とし前をきっちりつけてもらうまで、君たちは対等な交渉相手とは見なさない。いいか?即刻、退去だ!」
ドスの効いた物言いに、言葉を失うガイ。
向こうはこれまでの交渉の手法が全く意味をなさなくなっていたことも理解した様子だった。
しばし、両者は無言のまま、画面越しに睨み合う。
そして、それを見かねてか、間から大泉防衛大臣が割って入る。
「このまま話し合っても、落としどころは見つからないようですな。どうです?ここは一つ、勝負をして、それで決めませんか?」
『勝負だと?』
「我々は準備ができ次第、そちらにスーパーロボットを派遣します。スーパーロボットが欲しいというなら、力づくで奪い取ればよろしいでしょう」
『……なるほど』
「ただし、ロボットは大阪城内では全力で抵抗します。あなた方が負けたら、おとなしく宇宙の彼方に消えてもらう」
ガイはその言葉にしばし考え込んだ。
恐らく、彼なりの計算をしているのだろう。
だが、そこで幹事長が
「首相! このような事を決闘などで決めてしまうなどと……!」
と、言葉を挟み、それに首相が
「構わん! 大泉君! 決闘? いいじゃないか、こうなったら正々堂々やってやろう!」
と興奮気味に周囲に言い始めた所で、ガイは決断をしたようだった。
『ならば、私も受けて立とう。我々も全力を持ってスーパーロボットを撃破する』
その言葉に、大泉は大きく頷いた。
「よろしい、ならば我らのスーパーロボットがエリアに入った瞬間を戦闘開始の合図とします。くれぐれもそちらは、それまでエリア外には出ないようお願いします。その時は、全力で我が自衛部隊が攻撃いたします。よろしいか?」
『承知した』
そして、大泉が送信したエリアの指定の地図を受け取ると、ガイは無表情のまま通信を切った。
通信が切れるのを確認すると、首相は先ほどの興奮気味の様子から一転、やれやれと、椅子もたれ、大きく息を吐いた。
まるで芝居を終えた役者のような様子に、周囲の閣僚も、官僚も目を丸くしている。
「……首相、本当によろしいのですか?」
改めてそう尋ねる幹事長に、足元首相は脱力した顔で椅子に深く腰掛け、天井を仰ぎながら答えを返した。
「幹事長。この期に及んで、宇宙人に頭を下げて、内閣の支持率が上がると思うかね?」
「……確かに」
「どうせ、異星人と開戦しても支持率は下がる……だったら、とことん、この地位のある限り、あいつらに嫌がらせしてやろうじゃないか。幹事長を道連れにして悪いけどさ、私も怒ってるんだよ」
「首相……!」
どうやら、首相の腹いせの道連れになりそうだと気づいた幹事長の顔が引きつる。
まぁ、二人が責任取れば、ある程度は格好がつくだろう。
首相はそんな事を考えながら、今回の芝居の筋書きを描いた男に評価を問うた。
「大泉君、こんな所でいいかな?」
大泉はその先で、大きく頷いた。
「完璧です。やはり、向こうは脅される事には慣れていません。うまくこちらの土俵に乗ってきました。少なくとも、向こうを大阪城公園内に釘付けにでき、市街地にも手出しし辛くなるでしょう。この間に、「オーダンナー」の整備を進め、かつ、向こうの消耗を誘います」
「その、ナントカとかいうロボットに任せて、大丈夫なのか?」
市街地を戦場にしないためとはいえ、流石にうさん臭そうな顔で、大泉のプランを評価する幹事長。
だが、大泉は不敵な笑みを浮かべてそれに答えた。
「ご安心を。我々も総力を結集して援護します。それに、大阪城の攻略方法は、我々が良く知るところです」
もしかしてこの男は、この状況を作りたかっただけなんじゃなかろうか?
足元首相は、実に前向きな防衛大臣の様子にそんな事を考えていた。
2時間後、政府から公式に発表がなされた。
曰く、異星人との交渉は、大阪城での決闘で決められる。
後に、「アンゴルモアに兵なし」と言われた大泉防衛大臣の記者会見の場を借りた演説に、日本ばかりでなく、地球全体が震える事となった。
翌日、ミオは、相変わらず自宅に帰れないまま、大阪府警の一室に警護付きで閉じこもっていた。
彼女は設置されたテレビに映る、防衛大臣や、ヒロシがインタビューを受ける様子を絶望的な顔で眺めていた。
これで終わりと思ったら延長戦。
いつの間にか、地球の希望の星となっており、もう逃げるという選択肢はいつの間にかどこにもなくなっていた。
「ややこしい事になったわぁ」
もうそれしか言葉が出ない。
それに隣でスマホをチェックしながらチカが頷いていた。
「一応テレビは、配慮してるみたいだけど、SNSでは私たちの名前、当たり前みたいに飛び交ってるもんね……おかげで家にも学校にも行けないし……まぁ、私もだけど」
「どう考えても、あの写真クラスの誰かから漏れてるやんか。もーこんなん人間不信になるわ」
言いながら、ミオは頭を掻きむしる。
人気があると言えば、聞こえはいいが、ここまで目立つとプライベートどころではない。
「昨日から警備の人もついて、おちおちコンビニも行かれへん……あー! もうこんなん牢屋にいるんとかわらんやん!」
待遇は良くなったとはいえ、蓄積するストレスは似たような物だった。
「勝っても負けても有名人……このままウチ、どうなるんやろ? 平凡でお金に困らん人生歩みたいんやけど……」
「……ここまで平凡じゃないと、リカバー難しそうだよね」
チカも半ばあきらめたような口ぶりである。
二人は、テレビやネットを見るたびに憂鬱になってきていた。
なにしろ、ろくに鍛えられてもいない一般人が地球の運命を背負って決闘させられるプレッシャーは想像以上である。
だが、それを感じないアホな大人がいる。
その代表格が、部屋に入ってきた。
記者会見の場から帰ってきたヒロシは何やら紙の束を抱えて、実に楽しそうである。
「いやぁ、地球の命運をかけて決闘やなんて、こんな名誉なことないなぁ。ワシらすっかり人気者やで」
「……どこまでも能天気やな、こいつ」
コンサート帰りかのような興奮した様子の父を忌々し気に睨むミオ。
その隣で、チカが先ほどまでテレビに映っていたインタビューについて質問する。
「結局、アチャラ星の人たちについては非公開なんですね」
それに、ヒロシは大きく頷いた。
「まぁ、ベルタやアポロの立場もあるし。アンゴルモア星人に変な情報流れてもアカンしなぁ。今の所、機密事項でダンマリや。大体はワシの手柄になっとるから、うまいこといったらノーベル賞も夢やないかもなぁ」
そう言って高らかに笑うヒロシ。
一体どうやったら、この男のようにうまく行った時の事しか考えられなくなるのか。
「やっぱアホは強いな」
ミオは父の楽天的というか有頂天な様子に、苛立ちすら感じ出していた。
そして、その有頂天な父は、一束の書類をミオに差し出す。
「なにこれ?」
それは、何かの企画書のようなものだった。
「いやな、さっき芸能プロダクションの人がな。ここで一発ミオに歌を歌ってもらったらどうやろうと……」
「やらんわっ!」
「いや、顔出しがだめなら今時やったら、バーチャルでやな……」
「そう言う話しちゃうねん!」
一体なんでここに来てアイドル活動などやらねばならないのか。
こんな話にうかうか乗っていたら、平凡どころかどんどん博打要素の高い人生になっていく。
そう呆れるミオが横を見ると、そこには輝く目で書類を取り上げるチカの姿があった。
「そっか……バーチャルなら私も……」
ミオは、そんなチカから慌てて書類をもぎ取る。
そして、彼女の肩をしっかりつかむとじっと目を見つめて語り掛けた。
「……ダメよチカちゃん。こんなの大人に良いように使われて、彼氏できたり歳を取ったら、ポイ捨てされるのがオチやで? みんな一時の好奇心で面白がってるだけや。この状況が無かったらウチらは芸も覚悟もないただの女子高生な事を忘れんとって!」
「……ミオちゃん、何か嫌な事あった?」
「とにかく、アイドルなんてあかん!アイドルがキャラ付でやるならまだしも。パイロットが歌って踊って、握手会とかやってどうすんねん! そんな暇あったら、操縦の訓練するわ!」
ばん、と書類を叩きつけられて、首を横に振るヒロシ。
彼は本人が言うなら仕方ない、と言った面持ちで書類を拾い上げ、ため息をついた。
「惜しいなぁ、異星人に歌を聞かせて、動揺した隙に攻撃する作戦を考えていたんやが……」
「え? そんな事できるんですか?」
「できるか!」
またどこかのアニメで見てきた根拠のない作戦を立てようとする父と、ふらりと同調するチカをけん制するミオ。
だが、ヒロシはやはり未練たらしくつぶやいていた。
「いや、ネット上からの意思の力が集まれば霊子力が高まるという説もあって……きっと歌うと無敵のパワーが出ると思うんやけどなぁ」
「え?そんな事できるんですか?」
「やらん言うてるやろ!」
こうなってくると外野から、おかしな誘惑が殺到してくるのか。
平凡な人生へのリカバーは遠い。
ミオは、じっとこちらを見ながら、そっと書類を差し出すチカにもう一度念を押した。
「やらんで!」




