大阪城の悪夢
川辺の静かな公園。
その、川の中からアンゴルモア星人、リャク・ダーツは宇宙服のまま姿を現した。
緊急脱出ポッドで海に投げ出され、救助に来た船をジャックしてようやくここまでやってきた。
途中、母船からのレーザー攻撃で追っ手を混乱させることに成功はしたが、川の中を走っていると目立って仕方ないようなので、船を乗り捨てて来たのである。
ようやく沈黙の捕虜生活から解放されたと思ったらこの仕打ちである。
この星の大気が、アンゴルモア星と似たものでは無かったら今頃命はなかっただろう。
リャクはヘルメットのバイザーを上げてどうにか呼吸を整えた。
リャクは水の抵抗で疲れ果てた体を無理に動かし、どうにか柵を乗り越えて公園の芝生に転がり込む。
そして、そこでようやく、同志とはぐれぬように腰に括り付けていたワイヤーロープに気が付いた。
その先を見ると、同僚の同志デマ・ゴークが、白いつやつやした袋のようなものを頭からかぶり、もがく姿が見える。
原生生物か!
リャクは、水辺で混乱してもがくデマを必死に手繰り寄せた。
「しっかりしろ!」
バイザーを開けて液体が入ったら溺れてしまうかもしれない、リャクは
どうにか水辺に手繰り寄せた同志の体からその白い物体をはぎ取った。
どうやら捨てられたゴミのようだった。
はぎ取られると、それは自分で動くわけでもなく、風に舞い川に流れていく。
こんなものを捨てるとはこの星の者は何を考えているのか。
リャクは悪態をつきながら、同志をどうにか芝生まで引きずり上げた。
「助かったであります。同志リャク」
「礼は後だ、原住民に見つからぬうちに、早く宇宙服を脱ぎ捨てろ」
二人は頷くと、疲れ果てた体でどうにか植物の陰に隠れ、宇宙服を脱ぎ捨て、川に沈めた。
そして木陰に潜みながら、二人は大きくため息をつく。
「まったくこの星の文明レベルは理解不能だ。外宇宙に進出する力も無いのに、こちらの脅しに屈さない」
「一旦屈服するかと思えば、今度は抵抗してきましたからね。部族の違いはあるのでしょうが、文明レベルと傾向が我々の想定から大きくかけ離れているであります」
「やはり、「マイドリウム」の採掘を焦り、降下したのがそもそもの間違いか……」
「よもや兵器として活用する技術があろうとは思わなかったであります。何故それで宇宙船を作っていないのか……」
「……もしかするとこの星では希少な物質で、宗教上の偶像なのかもしれん。「スーパーロボット」という神話が存在するのもそのせいなのかも……」
デマとリャクはそう語らいながら、どうにか周囲を警戒しつつ、川の中を泳いできた疲労を回復させていた。
そして、二人の腕時計からコールサインが響く。
二人がスイッチを押すと二人の前に、母船に居るガイ・アーツの立体映像が映った。
「支援感謝いたします。繰り返しになりますが作戦の失敗については申し開きもございません」
リャクの言葉に、ガイは軽く片手を上げ、それ以上は言わなくても良いというサインを送った。
それに二人は頭を垂れ、傾聴の姿勢をとる。
ガイはそれに頷き口を開いた。
『まずは貴重な同志を失わず何より。これから降下制圧用小型艇を送る。我々に残された、これが最後の降下艇だ。これを失えば、私が自らこの船で降下せざるをえなくなるだろう』
なんとも追い詰められたものだ。
ガイの言葉に、地上の二人は、無念そうに歯ぎしりをした。
だが、ガイはそれに絶望した様子は無かった。
彼は周辺の衛星写真を映す。
その写真には、現在の二人の位置と小型宇宙艇の降下地点を示されていた。
『それゆえ、今回はこの小型艇を有効に活用する。この近くに、政治の中枢部と思われる宮殿がある。これを小型艇に内蔵した戦闘ドローンと戦闘車両で制圧するのだ』
指し示された降下地点は、木々生い茂る広大な宮殿らしきエリア。
確かにこの距離なら、二人の装備でも易々とたどり着けるだろう。
流石はガイ・アーツ様だ。
「直ちに降下地点に向かい、ドローン部隊と合流。陸戦兵器「イン・フレー」「デ・フレー」と合流せよ!」
「了解いたしました!」
二人は、胸に手を当てるアンゴルモア式の敬礼をすると直ちに行動に移った。
夜遅く、足元首相は、一時避難先となった大阪府庁の一室で、高橋からの報告を受け取っていた。
細かい内容は後ほど、という事だが、厳戒態勢の中受け取ったその内容は衝撃的なものだった。
「本当にアンゴルモア星人がほぼ漂流状態だったとは……!」
首相は高橋との通信が切れると腹立ち紛れにテーブルを殴りつけていた。
事前に大泉防衛大臣からその可能性は聞かされてはいたが、その上で用意された交渉のテーブルをひっくり返されたのは屈辱的な事だった。
そして、ついに行われたレーザー攻撃。
もはや、首相の面目は丸つぶれである。
しかもそれが、漂流状態の異星人の示威行為とハッタリだったというのだ。
これは地球全体に対しても、許しがたい行いと言えた。
怒りに震える首相。
その目の前で、大泉は冷静なまなざしで分析を始めていた。
「これで、CIAの予測したシナリオの裏付けが取れました。追いつめられているからこそ、過激な行動を取る。ある意味これは起りうるべくして起きた現象でしょう。しかし、相手の弱みも見えてきました」
「弱み?」
「一つは、「オーダンナー」のコアパーツが無ければ、奴らは一歩も進めない事。二つ目は、補給に限界がある事。そして三つめは向こうの情報収能力が想像以上に稚拙である事です」
「稚拙……なのか?宇宙の果てから来た異星人が?」
どうにもピンと来ない。
首を傾げる首相に大泉はさらに続けた。
「科学力を見せつけ威嚇すれば、我々が屈服するという思い込み。アニメを見て、これを我々の神話と誤認する稚拙さ、そして地上へレーザーで攻撃できるにもかかわらず、正確に我々を狙撃できないこの状況……」
そこまで言ったところでさすがに足元ははっとなっていた。
確かに、神のごとく地上の状況を把握できるなら、自分の命は今頃なかっただろう。
首相の命に興味はないにしても、もう少し効果的な標的を選ぶはずだ。
それが、異星人を追いかけまわしていた船一隻と橋とは……。
「おそらく、敵は電波の傍受、そして衛星軌道からの受信できる地上映像くらいの情報しかないのでしょう。そして解析の精度はかなり低い。おそらく人手がないか、ひどい思い込みで動いているものかと……」
「確かに心当たりはあるが……そんな馬鹿な話が?」
流石にそんな奴らに今まで騙されていたとは思いたくない。
だが、大泉は核心に満ちた目でさらに付け足した。
「もう一つ。恐らく衛星軌道上のレーザー攻撃も部品の熱損耗などで連続発射できないか、使用回数には限度があるのでしょう。でなければ、交渉が決裂した瞬間、日本中……いや少なくとも、大阪は焼け野原になっています。補給の見込めない場所での戦闘ではありうる話……この辺りも、アチャラ星人と見解が一致しています」
「思ったほど向こうの手札と弾数はない、か……」
これは意外と勝ち目があるのかもしれない。
首相がそう考え始めたその時、横村大阪府知事が慌てて駆け込んできた。
「えらい事ですわ首相! 宇宙人がまた宇宙船をよこして来ました!」
「なんだと! 一体どこに?」
驚いて一斉に立ち上がる首相と大泉。
そして、横村知事は、呼吸を整えると、一方を指さし声を上げる。
「すぐそこの、大阪城です!」
「はぁ?」
慌てて窓に駆け寄る一同。
カーテンを開けるとそこには、いかにもな円盤の飛行物体が夜の大阪城天守閣上空に降りてくるのが見えていた。
「アダムスキー型か……」
反重力装置か何かで飛行する円盤の姿を、大泉は感慨深く眺めていた。
大昔の特撮映画のような光景だが、これは紛れもない事件である。
そして、その飛行物体は天守閣近くに降り立つと、今度は大阪の夜空に巨大な立体映像を表示した。
それは、幾度となく交渉で相対した、リャク・ダーツの姿だった。
『この宮殿は我々が占拠した。この地域の政治中枢は我々のものである! 地球人類はおとなしく武装解除し、我々に「スーパーロボット」差し出すのだ!』
夜の大阪にこだまするその声に、首相、大泉、知事は顔を見合わせた。
「……なんで、大阪城なんでっか?」
「多分、あれを宮殿か何かと思っているのだろう……皇居でなくて良かった」
「五百メートル西の府庁に我々が居るんだがなぁ……。」
奇襲と言うならこんな的外れな話はない。
どうやら、何か相当な勘違いで微妙に惜しい所にリソースを割いたようだ。
首相は呆れながらも、気を取り直し、カーテンを閉めると二人に指示に向き直った。
「知事、大阪城内に人は?」
「え?夜遅いさかい、警備だけちゃいますか?今日は緊急事態宣言中やから、散歩の人もおるんかどうか……」
「大阪府警に連絡して、城内の即時退避と周辺の封鎖の要請をしてください。追って陸自も派遣します、大阪城内に封じ込めましょう」
首相の言葉に大泉と横村知事が頷く。
横村知事はその言葉に返事をすると、慌てて部屋を飛び出していった。
そして、その姿を見送る首相に、大泉が声をかける。
「首相、万が一のこともありますので大阪城に近いこの府庁は離れた方が無難かと。まずはお車へ」
その言葉に首相は頷くと、書類を秘書やSPに任せ、やれやれと言った顔で部屋を後にした。
「大泉君、馬鹿の相手もこれはこれで骨だなぁ。何するか分からないもんねぇ。なんせ馬鹿だから」
足元首相は、府庁の駐車場に向かいながら、そうしみじみとつぶやいた。




