高橋の策謀
日が落ちた頃、「オーダンナー」の整備と改造は大詰めを迎えていた。
その作業を臨時のテーブルに腰掛けながら眺めていたチカは、ライトに照らされたオーダンナーの背中にクレーンで大きな箱のようなものが取り付けられている様子を指さし、ヒロシに説明を求めていた。
「あれは?電源ですか?」
ヒロシはそれに大きく頷く。
「電源供給バックパック『ショイコ』や。ハイブリッド車のエンジンとバッテリーで作った。今回は有線っちゅう訳にもいかんかと思ってな」
「……ガソリンとバッテリーですか」
「重くなるし、パワーも落ちる。せやけど前みたいに有線でやって万が一切断すること考えるとなぁ。一応、内蔵バッテリーにフル充電しておくから数分はフルパワーで行けるとは思うけど」
「前回みたいに内蔵電池だけで決着がつくかどうかわかりませんものね」
なるほど、ヒロシにとっても妥協の産物であるらしい。
「そもそも、異星人に譲渡する可能性もあるのだ。巨大な電源装置と有線でつながれてはたまらんな」
そしてもう一つ、有線式にできない事情を指摘する声が聞こえてきた。
チカが振り向くとそこには、黒服にサングラスの長身の男がいつの間にか立っていた。
明らかに「スーパーロボット作ろう会」の人たちとは毛色が違う様子に、チカは思わず身構える。
「この人は?」
それに答えたのは、向かいの席でゲームをしていたミオだった。
「高橋っていう政府の人。ウチらをここで戦わせようとしている怪しいおっさんや」
その言葉に、高橋は自嘲気味に笑った。
「まぁ、間違いではないな」
彼はそう言うと、テーブルの上に持ってきた図面を広げる。
「会場の見取り図だ。頭に叩き込んでおけ。会談が無事終わればよし、決裂の場合はここが戦場になる。パイロットは「オーダンナー」の中で待機」
もともと自衛隊の人だったのだろうか?
テキパキ言う彼に、手元のせんべいをかじりながら図面をのぞき込むミオとヒロシがなんともミスマッチである。
印刷された地図にボールペンで書き込まれたものにチカは顔をしかめる。
「情報はタブレットか何かに送ってもらえないんですか?」
そう聞くと、高橋は小さく首を振った。
「宇宙人は、我々の情報網を傍受している可能性があるのだ。一体どういう手段でどのレベルまでかが分からない以上、これが一番安全だ。特に「オーダンナー」はなぜかわからないが、宇宙人が非常に高く評価している」
「……それは、何かの勘違いでは?」
「私もそう思う」
チカの問いに、高橋は明確に見解を示した。
どうやら高橋は非常に現実的な人のようだった。
「だが、向こうが勘違いしているならこちらとしては最大限利用させてもらいたいし、無条件で渡すわけにもいかない。というわけで「オーダンナー」には、交渉決裂と同時に全力で逃げてもらう」
「逃げるやて?」
さらりと作戦の内容を話す高橋に、抗議の声を上げたのはヒロシだった。
だが、ミオはそれを手で制する。
「確かに、それでも十分宇宙人の意図はくじけるわな。それで?」
「周辺には、警備の目的で、陸、海、空の自衛隊も展開している。相手がどのようなものであれ、宇宙に逃げられる前に全力でこれを叩く」
「ほな、ウチは釣りの餌かいな」
「そう思ってもらっていい」
高橋の言葉は淡々としていた。
なるほど、「オーダンナー」の力は特に当てにせず、確実に相手を捕獲するという事か。
確かに、根本的に戦力としては、当てにならない「オーダンナー」を最大限生かしつつ。確実に相手を逃がさないという点では、チカもそれ以上のものは思いつかない。
それはヒロシとは違う、冷徹な計算の上に成り立ったものだった。
ヒロシはそれに何か言いたそうではあったが、ミオはそれをまたも手で制した。
「ええやん。戦って勝てって言われるより。逃げることに集中できるんやったらうちも気が楽や。電源コードも気にせんでええし。怪我せんで済むし」
確かに、ミオからすれば、その方が圧倒的に気楽である。
何より、彼女の身の安全を考えたらそれが最善だろう。
チカは逆にミオが戦うなどと言わなくて良かったとすら思っていた。
「あとは、ちゃんと逃げられるかどうかですね。巻き添えなんか食らったらそれこそ大変ですし」
チカの心配も高橋は渋い顔で頷いた。
彼もそれは考えていたようである。
「首相の身の安全もあるので最大限配慮はする。だが、捕獲されてしまうようなことがあるとこちらとしてはどうにもならない……もろとも撃墜などという事は、我々もしたくないのでね」
高橋はうっすら笑いさえ浮かべ「場合によってはやる」ことも含むような言いぶりで語った。
やはり危険である事には変わりはないわけだ。
チカは、ミオやヒロシが不遜な態度を取る理由が分かってきた。
「我々としては、一機の民間ロボットを当てにして戦術も戦略も立案しかねる。世間や上がどう考えてるか知らんが、人類初の異星人とのトラブルがロボットの決闘で決着などと言われては、現場の者としてはたまったものではない」
どうやら、彼は彼で不満があるようだった。
考えてみれば「オーダンナー」をヒーローとしてもてはやす風潮と、上からの要求を現実的に処理しなければならないのは彼らなのだ。
その上で、この作戦は妥協の産物なのだろう。
チカはその点では、彼を素直に評価していた。
「でも、なんで宇宙人は「オーダンナー」に注目を?宇宙人からしたらそんなすごい技術とも思えないんですが」
そして、改めてチカはその疑問を口にする。
父やヒロシが、熱狂するのはただの酔狂としても、宇宙人までもがそれに同調するとはとても思えない。
それに高橋は「オーダンナー」を見上げ、しばし考えたあと小さく息を吐いてそれに答えた。
「おおよそは宇宙人サイドの勘違いという予想だが。他に何かあるのかもしれん。今回の作戦では、その情報を得ることが、最重要課題でね……つまるところ。分からないのだ」
やはり、高橋の答えはハッキリとしたものではなかった。
だが、どんな情報があれば、事態が解決に向かうのか必死に考えている様子でもあった。
「それにしても」
そして高橋はあらためて「オーダンナー」を見上げて口を開く
「二足歩行の、それも民間のロボット……こんな兵器として荒唐無稽なものが、宇宙人との切り札になるとは思ってもいなかったな。おかしな時代になったものだ」
それは自嘲なのか冷笑なのかわからないつぶやきだった。
「オーダンナー」に熱狂する連中の気が知れない、とでも言いたげな彼に、ヒロシはムッとしていたが、チカは判らないでもない、と思った。
「整備は万全なんだろうな?」
そして振り返り、高橋はヒロシに念を押す。
「こんな短時間でどないせぇっちゅうねん。当てにならん部品がざっと五十はあるわい」
それに、ヒロシは不貞腐れた顔で答えた。
ヒロシの態度に苦笑する高橋。
彼は再度オーダンナーを見上げ。
「肩は赤く塗らないのか?」
とからかうようにヒロシに言った。
それに、整備の手を止め一斉に振り向く「スーパーロボット作ろう会」の皆さん
ヒロシは、高橋を睨みつけていた。
「貴様……塗りたいんか!」
その言葉に、なぜか笑みを見せる高橋。
彼は
「……冗談だ」
と一言返すと、そのまま立ち去った。
熱狂と現実、本音と建て前、様々入り乱れる状況に、チカは身の引き締まる思いだった。
穏便に話し合いで片付けばいいのだがと、チカは祈らずにはいられなかった。




