父と子と
現場での警察の事情聴取に巻き込まれ、家に帰ることができなくなったチカが父、譲に会えたのは、夜九時を過ぎての事だった。
ホームセンターの駐車場の向こうにバーコード頭で中年太りの良く見たシルエットが現れ、チカはほっとした表情になった。
「パパ!」
チカが、駆け寄ると譲はチカを抱きしめ、背中を優しく叩いてくれた。
居眠り議員との悪評のある市議会議員だが、チカにとっては優しい父親だった。
「母さんや警察から話は聞いたよ、大変だったね。異星人は警察が保護したそうだ」
大混乱の中、警察から母に連絡が行き、市議会議員の立場を使ってようやくここまでこられたらしい。
なにしろ、あちこち建物や電線が切られた挙句、街中の人間が避難している状況だ。衛星の破壊の影響もあり、携帯での電話はおろかSNSにも接続できない状況が続いていたのである。
加えて騒動の中心にいた一同は、警察にこれ以上ないというほど怪しまれ、事情聴取を受ける羽目になった。
チカはその中で、特別扱いで解放された方だった。
「私は大丈夫。でもミオちゃんが……」
友人を心配して、チカは不安げに父に訴えた。
それに、譲はチカの頭をポンと叩く。
「それも大丈夫だ。彼女たちは、この街を救ってくれた英雄だからね。父さんもできる限りのことをするよ」
そう言うと譲は娘に優しく微笑みかけた。
いつもは、優しいが仕事の愚痴以外はぼーっとしている印象しかない父だが、今日はとても頼もしく思えた。
いざという時はやはり父は頼りになる。
チカは父を少し見直していた。
「それにしても……」
そして、チカの笑顔を見て少し安心した譲の視線は、警察の照明で照らされた「オーダンナー」に注がれた。
胴体のコックピットはこじ開けられ、しりもちをついたような姿勢で座る「オーダンナー」は警察やら、自衛隊に取り囲まれてあれこれ調べられている。
「スーパーロボット作ろう会」の皆さんが、手持ちのトラックで持って帰ろうとしたのだが、状況が状況だけにそうもいかないらしい。
宇宙人のメカともども、現場検証やら放射線測定やらで、チカも近づく事すら許されなかった。
「ロボットを作って自分の娘を乗せるとは、天王寺さんのお父さんはすごい人だな」
チカはそれに複雑な顔で頷いた。
「確かにすごい事は確かだよね。……なんでそんな事をするか全然わからないけど」
そう言うチカに譲は少し、意外そうな顔をしてどこか自嘲めいた笑みをこぼした。
そして、もう一度「オーダンナー」とその残骸を感慨深げに眺める。
「正直言うと父さんはね、『その手があったか』って思ったんだ。父さん達と同じ世代の男の子は、みんな一度はこんなロボットで戦ってみたいと思ったものだ。……まさか、それを娘にやらせるとは……皆、いい歳になったんだな」
「そう言うものなの?」
チカは父の言葉に首を傾げた。
どうも、父としては、一見狂気にしか見えないヒロシの行いも、なにか共感を得るものがあったらしい。
「ただ一つ、気に入らない所があるとしたら」
そして譲は、目の前に転がる「オーダンナー」の頭部パーツに目をやった。
「せめて頭はもう少しカッコよくして欲しいな。……こう、通信アンテナという事でツノを付けるとか……」
「……え?お父さん?」
チカは父のつぶやきに猛烈な胸騒ぎを感じた。
その頃、ミオは呆然と天丼を眺めていた。
エビだけでなく、アナゴ、野菜をふんだんに盛った天丼。
甘辛いたれが、鼻をくすぐる。
それは食べたこともない天丼だった。
「……知らない天丼だ」
ここは、警察の取調室。
怒涛の状況に、脳が理解を拒む状況に、ミオはただそれしか言葉を発することができなかった。
どうにかコックピットから救出されたミオを待ち構えていたのは、大勢のお巡りさんだった。
ヒロシはじめ「スーパーロボット作ろう会」の皆さんともども、険悪な空気のまま事情聴取され、意味不明な自己主張を始めたヒロシと、ロボットに乗っていたミオは現行犯逮捕されることになったのである。
「器物損壊、建造物損壊、威力業務妨害、道路交通法違反……この歳で前科持ち……」
先程、お巡りさんに読み上げられた内容が頭にリフレインしている。
なんでこんなことになったのだろう?
ミオの思考は繰り返し問うていた。
その横で、その元凶が旨そうに天丼をかき込んでいる。
「まぁ、ミオの場合未成年やから、多少割り引かれるやろ。ワシも共同正犯と教唆やて。まるで麻雀の役みたいなやぁ」
「誰のせいやと思っとんねん!」
あまりの呑気さに、流石に取調室の机を殴るミオ。
机の上で軽く跳ね上がる天丼に、ヒロシは小さく眉をひそめた。
「はよ食わんと冷めるで。取調室で天丼食えるなんて一生に一度あるかないかやろ。まぁ、こういう時はカツ丼がセオリーやけど、差し入れしてもろたんやから食わなもったいないやん。」
「なんでこんな呑気やねんこのおっさん……こんな経験、一度たりともしたないわ!」
いい加減答えた様子もない父親に歯ぎしりするミオ。
だが、ヒロシはそれにとぼけた顔で天丼を食べ続けている。
それにミオは絶望的な顔で頭を抱えた。
「あかん、こんなアホな親父についてきたウチがアホやった。もう、ウチの人生滅茶苦茶や……」
このまま自分はどうなるのだろう?
そう考えると、不安で仕方がない。
「少年院行き? 大学進学は? こうなったら就職も結婚もできんやん。……詰んだ。もうウチの人生詰んだわ……」
そう言って、ぶつぶつぶやくミオ。
だが、天丼を食べ終えたヒロシは、爪楊枝を取り出し口の掃除を始めている
「安心せい、正当防衛や。未成年やし、まぁ、せいぜいお母ちゃんの所に預けられて終わりやろ」
シーハーと言いながら、そう言う父を睨みつけるミオ。
それらしい事を言っているが、それで安心できるような話ではない。
「なんや?計算の上で、やったとでも言うんか?」
そう言うミオに、ヒロシはお茶を飲みながら答えた。
「まぁ、いきなり戦闘になったのは計算外やったけどな。ウェブ版の「スーパーロボット作ろう会」には弁護士も警察官も自衛官もおる。こういう状況を全く考えてなかったわけではないんやで?」
「……なんやその悪の秘密結社みたいな話は」
にやりと笑うヒロシに、流石に不気味さを感じるミオ。
確かに趣味で集まったネットの会ではそんな事もあるのだろう。
言われてみれば、ヒロシとミオが身柄を拘束される代わりに、チカはじめ他のメンバーは事情聴取で帰宅できている。
彼らが意思を持ってなんらかの援護をする事はできるかもしれないが、果たして自分たちの罪をチャラにしてくれるような意思や行動力や計画性があるのだろうか?
親父は一体何を考えているのか?
また自分は巻き込まれないのか?
ミオは、毎度無計画な父の不気味な笑みに、底知れぬ不安を感じていた。
そんな娘の前で、ヒロシは美味そうに茶をすする。
そして一息つくと、どんぶりの前で静かに手を合わせた。
「それにや。みんな異星人にムカついとるんや。物価は上がる、今回は街に降りてきて破壊活動や。こうやって頼んでも無いのに天丼差し入れてくれる人がおるように、ワシらのやった事を応援してくれてる人は必ずおる。大丈夫、地球の人類にはスーパーロボットを悪く言う奴はおらへん!」
「……もうそこまで行ったら宗教やんか」
一体こんな頭のおかしい親父の妄想に付き合う物好きが、全世界にどれだけいるというのか?
やはり論理と言うよりは願望に近い。
父の物言いに、どうにも安心できず頭を抱えるミオ。
彼女は、呑気に食事を終え、いつもの癖でポケットの煙草を探し始めた父を改めて睨んだ。
「ほんで? 娘の人生についてはどう考えてんの?」
娘の問いに、取調室に入る前に、煙草とライターを取り上げられていたことにようやく、気づいたヒロシは残念そうに、楊枝を咥えながら答えた。
「まぁ、さっきも言うたけど、未成年やし、全部父ちゃんのせいにしといたら何とかなるやろ。工場は無くなるかもしれんけど、元々こういうことしたくてやっとった工場やしな。……それに、や」
「なに?」
聞き返す娘に、ヒロシは無邪気に笑って答えた。
「おもろかったやろ?」
悪戯を成功させたような得意げな顔の父に、ミオはもう苦笑するしかなかった。
「……まぁな」
ミオはそう言うと、親父に背を向けながら天丼を食べ始めた。




