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心が折れたので、二度と元のパーティには戻りません~僻地ではじめるスローライフ  作者: なりちかてる
序の章:孤狼は巣をつくらず(Sola lupo ne konstruas kavernon)
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第7話 乗り越えた運命

 男は出血してはいたが、おれほどではなかった。

 既に、意識を失ってしまっている。

 放っておけば、やはり死んでしまうのだろうが、運がよければ、生き残るだろう。


 男に近づくと、おれは懐を弄った。

 ——あった。


 ナイフ型の魔工具を取り出す。

 ストレージにしまい込まれていたら、やっかいだったが、これで、この空間から抜け出せそうだ。


 半球状の決闘空間が解除され、おれたちはあの、コーヴェニア近くの丘陵のなかへと戻っていた。

 樹のそばまで歩いていくと、その幹の根元に腰を下ろした。


 自分のストレージから、ドラッグ・ショットを取り出す。

 ドラッグ・ショットは、回復や特殊な効果をもたらすドラッグを体内に直接、転送するためのもので、ポーションなどよりも即効性に優れていることから、アリアンフロッドをはじめ、騎士団やその他の戦士たちの間でも利用されていることが多い、ドリフテッド・シングスのひとつだった。


 回復用の錠剤がセットされたドラッグ・ショットを、おれは肌に当てた。

 円筒型のドラッグ・ショットの緑色のインジケーターがひとつ消え、治癒用の錠剤が体内に投与されたことがわかる。


 しばらくすると、少し、痛みが引いていった。

 傷口も塞がり、動けるようになる。

 が——すぐに戦場に復帰するのは無理そうだ。


 エレナは、どうなったのだろう。

 二番隊の仲間たちは?

 ラーマの翼蛇は、今はどのあたりにいるのだろうか。


 ——なんだろう、急に眠気が増してきた。

『生命力の低下により、天恵『大地神の祝福』のスキル「緊急避難」が発動しました。これより、該当者を……』

 どこからか、そんな声が聞こえてきたような気がした。


 戦場で眠ることなど、あってはならないことだ。

 しかし、この眠気には抵抗できないものを感じた。

 強い目眩を感じて、おれは目をぎゅっと閉ざした。


     ◆   □   ■


 そして——おれは、目を覚ました。

 頭痛がする。

 まるで、二日酔いにでもなったみたいだ。


『ずいぶんと、安らかな寝顔だったわね。キスしてあげたかったくらい』

 耳許で、声が聞こえてきた。

 甘ったるい、女の声だ。

 おれはそれで、一気に目を覚ました。


挿絵(By みてみん)


「ソフィか。えっと……ここは?」

『もうちょっと、悦んでくれてもいいんじゃないかなー。こんな美人が、添い寝をしてあげたのに』

「美人……ねぇ」


 おれは、ベッドから身を起こした。

「ここは……?」

『アリアンフロッドのなかの、フィルの私室よ。もう、忘れちゃった?』


 言われて、納得がいった。

 ここは、アリアンフロッド機関の、学生寮のなかだ。

 アリアンフロッド、というのは、アリアンフロッド機関に所属している、強力な戦闘スキルや天賦(てんぷ)、魔術などを行使することのできる能力者のことを言う。


 おれたちは、機関が運営する学園で教育を受けながら、アッシュウルフのような危険な獣の討伐の依頼を受けたり、キャラバンの護衛、希少なアイテムの採集や犯罪行為の摘発、敵対している武装集団の調停など、様々なクエストをこなしていた。


「どうして、おれはここにいる? コーヴェニアの森のなかにいたはず、だよな」

「さぁ?」

「さぁって、おまえ、ディストリクト・モータルだろう……わかんないのかよ」

「わかんない。たぶん、あの天恵が関係していると思うけどね」

 ソフィがベッドの上で膝を腕で抱えながら、上目遣いでおれを見る。


 彼女は、見た目通り、コモンの女性ではない。

 よく見れば、身体が半透明で透き通っている。

「えっち」

 おれの視線に気づいたソフィが、胸を隠した。


 ……美人、というのは、まぁ、その通りと思う。

 何しろ、彼女はおれの人格の一部を分離して、日常から戦闘に至るまで、様々なサポートをさせる、疑似的な意思を持った、ディストリクト・モータルと呼ばれる存在で、外見などはおれの好みを反映させているのだから。

 彼女はおれ以外に見えず、会話をしている内容も、他の人には聞こえない。

 言ってみれば、幽霊のような存在だ。


 ソフィは白い肌に、薄い純白のドレスを身につけ、銀髪の持ち主だ。

 ほっそりしているものの、全体的にスタイルはよく、仕草なども大人っぽい。


「天恵——あの『大地神の祝福』ってやつか。おまえにも、わかんないのか」

『機能としては、フィルの生命力が低下すると、登録済みの安全な場所へ転送されるみたいね。そんなのは、『大地の加勢』にはなかったのにねぇ』

「天恵って、進化するのか——って、おまえに聞いてもわかんないか」


 おれは立ち上がると、まずは着替えをした。

 お腹も空いていたが、その前に——今日は何日だ?


 もしかすると、また死に戻りをしたのだろうか。

『今日は、黄昏月、十二日よ』

 ソフィが告げた。

「え——本当か?」


 おれは、自分の目で確かめるために、エーテル・リンケージをストレージから取り出した。

 メニューを開き、時刻と月日を確認する。

 ——七六八年、黄昏月、十二日。


 それは、おれたちがコーヴェニアで、アッシュウルフやラーマの翼蛇と戦った、次の日付だった。

 カレンダーの表示に、しばらくの間、見入ってしまう。


「そ……そんな」

 愕然と、呟きを洩らしてしまう。


 これまでの繰り返しの生のなかで、黄昏月の十一日を越えることは、一度もなかった。

 どう足掻いても、黄昏月の十一日に、ラーマの翼蛇に殺されることが、決まっていたからだ。


 それに、コーヴェニアから、おれの部屋のあるアリアンフロッド機関の学園からは、馬を飛ばしたとしても、三日はかかる距離だ。

 翌日に、この部屋のベッドで横になるなど、あり得ない話だ。


 しかし——考え込んでもしょうがない。

 頭を切り替えると、おれはベッドから立ち上がった。

 そのうち、真相は明らかとなるのだろう。


 まずは、腹ごしらえだ。

 部屋を出ると、朝食を食べるために、学園内の料理屋へと向かうことにした。



 学生寮から、おれは料理店が並ぶ一角へと向かった。

 このアリアンフロッドの学園は、本当に何でも揃っている。


 武器屋や防具、装備の修理も出来るし、ノートやペンといった日用品なども手に入る。

 料理店もあるので、食事にも困らない。


 学食のコーナーはいっつも朝から混んでいるので、おれは馴染みのベーカリーカフェへと向かった。

 カウンターのウェイトレスの娘に挨拶をすると、奥のカフェへと向かった。

 カフェの込みぐらいは、五割くらいが埋まっている、という感じだ。

 明るいオレンジ系の調度品で統一されており、女子にも人気があるカフェだった。


 おれはボリュームたっぷりのハンバーガーが気に入っているのだけど、女性たちはケーキが目当てなのが多いようだ。

 テーブル席に腰を下ろし、ハンバーガーと卵サンド、ブラックコーヒーを注文する。


 朝食が運ばれてくるまでの間、エーテル・リンケージを開いてみたが、やはり、”旗を振るもの”がどうなったのか、についての情報はなかった。

 学園内でのことなら、即座にデバイスに表示されるが、遠く離れたコーヴェニアのことなどは、商人や旅人からの口伝えなどが頼りとなる。

 少なくとも、”旗を振るもの”たちが帰還するまでは、詳しいことはわからないまま、なのだろう。


「フィル先輩じゃないですか!」

 店内に、やたらと大きい声が響いた。

「……ラファイユか」

 あんまり、会いたくない相手に見つかってしまったようだ。


 ラファイユは、”旗を振るもの”のメンバーではなく、他の小隊の一員だが、ややお喋りで口が軽いのが難点なアリアンフロッドだ。

 やや小柄で、顔はいいのだが、お調子者なので、ベテランのアリアンフロッドからは、煙たがれていることが多い。


 ラファイユは、おれの隣の椅子を引いた。

「おい。勝手に座るなよ」

「まぁまぁ。これでも、色々と噂話については、詳しいんで。フィル先輩って、今回はたまたま、コーヴェニアへの遠征とは別行動になったんですよね」

 にんまりと、笑顔を浮かべる。


 ——こいつ……。

 どういう伝なのか、わからないが、ラファイユはおれが”旗を振るもの”から追放されたことを、知っているみたいだ。


「……グレンさんと言えば、妙なことを聞いたんですけどね。一ヶ月ほど前から、学園の外に連日、出掛けて夜中になっても帰ってこない、とか。”旗を振るもの”の活動資金が大量に引き出されている、とか。或いは、アリアンフロッド機関の支援者に寄付の依頼をしている、とか」

 おれは、コーヒーを口に含むと、ゆっくりと飲み干した。


 中隊から騎士団への昇格——ということなら、色々と資金が必要となるのかもしれない。

 その調達ということだろうか?

 ——そう言えば、おれの退職金の話もあったんだった。


 ま、任務の途中で逃げ出したような形となっているので、貰えるとは思ってもいないし、必要もないのだが。

 ラファイユの話は、気にはなるが、もう追放されてしまったし、殺されかけてもいるのだ。

 もう、どうでもいいことだった。

ソフィの画像を追加しました。

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