第6話 グレンの謀略
——あぁ……。
絶望が、心を押しつぶしていく。
巨大な姿に、圧倒される。
ラーマの翼蛇との距離は、まだ矢が届くか届かないぐらいはあるのに、その大きさに、全身に震えが走る。
砦の塔——それが、意思を持って、歩いてきている、と思えばいいのだろうか。
攻城用の大型の弩や火薬を使った大砲などがあっても、五分の戦いも出来ないだろう。
そのくらい、ラーマの翼蛇は強大だ。
王国や地域によっては、ワイヴァーンの兵団や竜騎兵団といった軍隊も存在するらしいが、それがあったとしても、相打ちにするのがせいぜいだろう。
全滅、という言葉がおれの脳裏に閃く。
盾になる、という言葉すら、非現実的だ。
罪悪感が、おれの心を締めつける。
この依頼を受けたのはグレンだが、ここにラーマの翼蛇がいる、と告げなかったのは、おれだ。
どうせ、おれは死に戻りをするのだし、追放されてしまう小隊のことなど、知ったことではない——とも、正直、考えてもいた。
しかし、先程、エレナと会って、それが間違いだと気づかされた。
おれにとっては、彼らとまた、会えるのかもしれないが、エレナや二番隊のみんなは一度きりの人生を精一杯、生きているのだから。
と——鋭い喇叭の音が響いた。
「い……一番隊、突撃!」
——バカな……。
あのラーマの翼蛇を見て、まだ攻撃をしかけると言うのか。
三番隊とは、デザインの異なる鎧姿の、騎馬の兵たちが騎兵槍を構えて、集団で走り抜けていった。
おれたち、二番隊を追い越して、進撃していく。
後ろのほうから、炎の輪のようなものがラーマの翼蛇めがけて、いくつも向かっていった。
魔術による攻撃だ。
でかいだけあって、炎の輪はラーマの翼蛇に命中はするが、大したダメージとはならない。
炎が羽毛のところで弾けるが、燃え上がることはない。
ラーマの翼蛇が、翼を広げた。
風の攻撃をしかけるつもりのようだ。
身体を浮かび上がらせながら、大きな翼を素早く、動かす。
さっきと比較にならない、暴風がおれたちに襲いかかってくる。
地面ごと、根こそぎとなった木々が宙を舞う。
悲鳴があがるが、風の音にかき消されてしまう。
目を開けていられない。
こんな状態では、戦いにすら、ならないだろう。
さらに、大地が揺れた。
ラーマの翼蛇が、地面を踏みしめたのだろう。
地割れが走る。
裂け目が現われ、逃げ切れなかった一番隊の騎馬の戦士たちが飲み込まれていく。
同じ光景だ。
ラーマの翼蛇には、いくら、騎士団への昇格を目の前にしている”旗を振るもの”であっても、倒すことなど、不可能なのだ。
と——背中に激痛が走った。
見下ろすと、剣の尖端がおれの腹部から突き出している。
刺されたのだと、わかると、周囲の風景が霞んでいった。
剣が背中から、引き抜かれた。
おれは、倒れはしないものの、膝をついた。
ラーマの翼蛇だけでなく、森や斜面、遠くの雲や空なども見えなくなってしまう。
風景が変化したのは、刺されたことによるものではなく、奇妙な空間へと引き込まれてしまったのだと、わかった。
半球状に閉鎖された、とても広い空間だった。
その向こうは、虹色に変化する壁に遮られて、外がどうなっているのか、わからない。
少し、離れたところに、血の滴る剣を右手から下げている男がいた。
灰色のローブを頭からかぶり、表情はいっさい、見えない。
ただ、歪められた唇とあごだけが、覗いている。
おれは、背後から刺された腹部の傷を抑えるが、腰と腹部、両方の傷口から血が次々と流れ落ちてきていた。
手が真っ赤に染まっている。
致命傷ではないが、体力を奪われていっているのは、感じた。
「フィル……おまえには、ここで死んでもらいたいそうだ」
掠れた、聞き取りづらい声で、男が言った。
名前はわからないが、その男のことを、おれは知っていた。
“旗を振るもの”ぐらいの大きな中隊ともなると、きれいごとでは済まないようなトラブルを抱えることになる。
その実行部隊を率いているメンバーのひとり、ということだ。
「どうして、だ。追放するだけでは、気が済まないのか」
「おまえは、目障りってことさ。いずれ、害になるくらいなら、はやいところ、手を打っておいたほうがいい」
——そんなつもりはないのだが……。
ここで、毎回、おれはラーマの翼蛇に殺されてしまうのだから、追放された先のことをまったく、考えていなかった、ということもある。
だが……これまで、グレンの手にかかって、殺される、という未来は存在していなかった。
何かが、変わろうとしているのだろうか。
どっちにしろ、後ろから斬りかかってくるような卑怯な奴に、屈するつもりは、いっさいない。
「こんなことをしていても、いいのか。ラーマの翼蛇に、”旗を振るもの”全員、殺されてしまうぞ」
「心配はいらない。あの方なら対策はもう、準備してあるそうだ」
——対策……?
おれは、傷口に手を当てて、立ち上がった。
激痛が走るが、それに耐えて、脚を踏ん張る。
流れる血が、下半身を濡らしている。
「ここは……異空間のなかか」
「……そうだ。魔術師同士の決闘用の空間だ。どちらかが死ぬまで、誰も外には出られない」
男が、ナイフを模したミニチュア——魔術が封印された魔工具なのだろう、懐から取り出したそれを、一瞬だけ見せる。
「そうか。では、決着をつけよう」
さっきまで使っていた剣はなくしてしまったようなので、おれは予備の刀をストレージから取り出した。
傷口を押さえていた手をお腹から離し、両手で構える。
「グレンに伝えろ。これからは、おれに一切、関わるな、とな」
「おまえは死ぬんだよ。そんなこと、したくでも、できないだろうさ」
男が、駆けよってくる。
剣を上段に構え、斬りかかってきた。
おれは、深呼吸をすると、刀を振り抜いた。
正面から、剣と刀がぶつかる。
白刃が煌めき、キン!という金属がぶつかる音がする。
「あ……」
男の剣が持ち主から離れ、ぐるぐると旋回しながら、空中を飛んでいった。
そして、刀が相手の胸を切り裂いた。
血潮が吹き出し、そして、最後に信じられない——という目つきで、おれを見た。
「いいな? おれに、もう二度と関わるなよ」




