第5話 厄災の獣
と——おれは、エーテル・リンケージが音を鳴らしていることに気づいた。
ストレージから、エーテル・リンケージを取り出す。
エーテル・リンケージは、ドリフテッド・シングスのひとつで、様々な情報をデータとしてまとめて、表示できるようにした機器だった。
手のひらから、はみ出すくらいの大きさの長方形のデバイスだ。
画面に、「加護『大地の加勢』が進化しました。以降は『大地神の祝福』として利用できます」という表示が出ていた。
——え……?
まだ、戦いは続いている。
エーテル・リンケージの表示の内容なんて、後で確認すればいい。
しかし——おれはこれまでの生で、こんな表示を見たことは一度もなかった。
だいたい、『大地の加勢』が進化するなんて、聞いたこともない。
エーテル・リンケージの画面に触れて、メニューを表示させようとした時——地響きが周囲を震わせた。
空気そのものが、振動しているみたいだった。
「な……なに?」
——ついに、来てしまったようだ。
おれは、エーテル・リンケージを見るのを諦め、ストレージに収めた。
次いで、叫び声が聞こえてくる。
耳いっぱいに音が響き、それ以外、何も聞こえなくなる。
エレナが口を動かしているが、打ち消されてしまって、言っている内容は伝わってこなかった。
二番隊のメンバーは、耳を手で覆って、座り込んでいる者もいた。
おれは、そこまでにはならなかったが、それでも、膝が震えるのはわかった。
歩くこともできず、その場に立っているのがやっとだ。
そいつが来ることは、もうわかっているのに、何も対処することが出来ない。
恐怖だ——肌に寒気が走り、身体を満足に動かせない。
ようやく、叫び声が止んだ、と思ったら、ズシン、ズシン……と、地響きが今度は地面を通して伝わってくる。
斜面の向こうから、黒々としたものの陰が見える。
こちらへと、近づいてくる。
おれは、エレナを振り返った。
「逃げたほうがいい——」
そして、剣を構えた。
あいつを間近で見るのは、これで七度目となる。
そして、一度も勝ったことのない相手だ。
死の恐怖が忍びよってくる。
何度、経験しても、死とそれに続く虚無は、耐えられるものではなかった。
あの恐怖を、エレナには経験して欲しくない。
「逃げるって?」
横に、エレナが並んだ。
両手剣を構える。
「あいつには、絶対に勝てない」
「なに……あいつって」
おれは、ごくりと口中に溜まった唾を飲み込んだ。
「ラーマの翼蛇だよ」
「ラーマの翼蛇って……あの?」
おれは、うなずいた。
ラーマの翼蛇とは、神話の時代には、大地の女神ラーマイナに付き従い、人々から災厄を護った、とされる聖獣だ。
しかし、今はまったくの逆の存在と成り果てている。
突如として町や都市などに出現し、城壁を破壊し、さらには周囲の地形すらも変質させてしまう——とすら、言われている。
そんなわけで、今では「厄災の獣」と呼ばれていることが多い。
神話のなかのラーマと翼蛇と、その厄災の獣とは、まったく異なる存在なのかもしれない。
が、姿形などは、まったく同じだった。
カラフルな模様に、五色の光を輝き続ける冠羽、巨大なクチバシを持ち、首には羽毛ではなく、鱗がびっしりと生えている。
後ろ脚は爪が鋭く、その鉤爪で人間どころか、馬車ごと、掴んで飛ぶことも可能らしい。
風に関する魔術を使いこなし、矢を放っても矢尻が届く前に弾かれてしまう。
ラーマの翼蛇との戦いにこれまで、エレナたちは参加したことはないが、ライフルを使ったとしても、あの巨体を貫くことはないだろう。
まだ、ラーマの翼蛇の姿は、まだはっきりとは見えていないが、もうすぐだ。
その時に、おれの死も確実となる。
風が正面から吹きつけてくる。
強烈な風が池に波を起こし、背後にある森の木々の枝を打ち鳴らさせた。
立っていられなくなって、おれはエレナと共に腰を低くする。
踏ん張ることが出来ず、数人の”旗を振る者”のメンバーが悲鳴をあげながら、宙を舞っていった。
ここで吹き飛ばされたほうがまだ、マシと言えるかもしれない。
ラーマの翼蛇が本格的な攻撃をはじめたら、確実な死を迎えることになるのだから。
おれの『大地の加勢』だって、あのラーマの翼蛇の前では、何の意味もない。
あれ……今は、『大地神の祝福』に進化しているんだっけか?
それは、別にどうでもいいが、出来れば、エレナだけでも助けたいところなのだけど、無理か。
今はもう、強風はもう、止んでいた。
また、地響きが伝わってくる。
そして——ラーマの翼蛇が、正面から姿を現わした。




