第28話 石碑の間
そして、おれたちは地下墳墓を抜け、洞窟内をまっすぐに進んでいった。
どのくらい、歩き続けているのか、わからないぐらいだったが、不思議と眠気は迫ってこなかった。
「ここは……」
おれは、脚を止めた。
足音が反響し、ここから先は洞窟ではなく、かなり大きい空間が広がっているようだった。
下りの階段が続いているので、自然に出来上がったものではなく、人の手が入っているのは明らかだった。
天井はとても高く、ひんやりとした空気が充たされている。
階段を下り切ると、壁際に設置されている篝火に次々と着火していった。
が、地底のこの空間はかなり広いので、篝火程度では、まったく明るくはならなかった。
むしろ、暗がりが濃くなったような気がした。
ゆうがリンの肩から飛び立ち、偵察をしているが、どうやら、ここには、のたうつ汚泥や亡旗の剣士のような危険な存在はいないようだった。
砂が床の一部にうず高く積もり、壁や精巧な装飾の入った柱の根元まで、覆い隠してしまっている。
もう長いこと、この空間は誰も侵入を許していないようだった。
生物がいた痕跡が、まったく残されていない。
ゆっくりと、おれとリンはその空間を歩いていった。
やがて——おれたちは突き当りの、円形の舞台のような空間までやって来た。
ここには天井はなく、見上げると、夜空が視界に入った。
遺跡に入る時は、朝早い時間だったが、もうすっかり夜になってしまっているようだ。
舞台の正面には、巨大な像があり、それにまず、目がいった。
何の像なのだろう——おれには、わからなかったが、女神らしかった。
優美な笑顔を浮かべながら、両手を広げて、おれたちを見下ろしている。
舞台の中央には、陣のようなものが描かれていて、その真ん中に石碑が据えられていた。
おれはしばらくの間、じっと女神像を見上げていた。
——誰かに似ている……。
そう思ったが、誰なのか、思い当たるものはなかった。
それから、おれは女神像の足元にある、石碑を見つめた。
このメディシアン大陸で時々、見かける琥珀色の石碑——。
縦長の、人の背丈ぐらいはある、大きな石だ。
触れると、ほんのりと温かく、そのせいで冬の期間にはその周りに雪が積もらないことがある。
また、水不足の時には、石碑から綺麗な水が染み出すこともある。
誰が、どんな目的をもって、地上に石碑を設置していったのかは謎だが、石碑をもとにした信仰もあるらしい。
色も様々で、銀や黒、紅、碧色などがあり、それによって効果なども異なっているようだった。
属性と色は関係しているらしく、琥珀色のものは牙金の石碑と呼ばれ、大地や獣、戦いなどと関わりがある、と聞いたことがある。
牙金の石碑の周囲の土壌は豊かになるらしく、植物が早く成長するので、農民が石碑を削って、自分が耕している土地に撒いている——みたいな噂もあるくらいだった。
その石碑の表面に、文字が浮き出ている。
石碑に文字が描かれているのは、ずっと前から知られてはいたが、こんな風に明滅しているのは、はじめて見た。
おれは、そちらへと歩きかけて、リンに腕を掴まれた。
視線を合わせると、首を横に振る。
手を繋いだまま、おれは舞台の周囲を見渡した。
風が吹いている。
文字の明滅に合わせるようにして、呼吸のように、風が強弱を繰り返して、吹き抜けていっている。
「大丈夫だ」
おれをそう告げると、リンの指を解いた。
石碑には、古代の神々の力が宿っている、とされている。
古神たちは、メディシアン大陸で広く、信仰を広げている。
神々は時に冷淡で、無慈悲だが、奈落よりのもののような無秩序界に属する魔力を好まず、それに対抗する力を民たちに与えることでも知られている。
石碑に刻まれている文字が明滅しているのは、触れよ……と目の前の女神が告げているように、おれには感じられた。
ソフィですら、今は語りかけてこない。
導かれるように、おれはゆっくりと石碑に近づいていき、それに触れた。




