第11話 エレナとイオ
——嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴……本当に、嫌な奴!
言葉にはしないものの、口のなかでぶつぶつとつぶやき、あたしはグレンの中隊部屋から引き上げていった。
階段を下り、一階のロビーを抜ける。
建物の外に出ると、芝生の上を歩いていった。
曇りがちの空に、双陽が雲間に隠れていた。
空を見上げると、うっすらとだが、雲を透かして、ふたつの太陽が覗いていた。
双陽——とは言うが、もうひとつの太陽は親子ほども大きさが異なり、くっついているので、明け方や夕方など、陽の光が弱まる時にしか、見ることはできないが。
もわっとした陽気が立ちのぼり、あたしは日陰を探して、少し小走りに脚を動かした。
「隊長! エレナ隊長!」
校庭に沿って植えられた、枝葉を広げた樫の木陰を歩いていると、イオが追いかけてきた。
ロングの、少しウェーブのかかった空色の髪を腰まで流し、前髪のところに黒い髪留めを当てている。
背はあたしよりも拳ひとつ分、高く、胸やお尻のボリュームも多い。
学生服をきっちりと着こなしているが、スカートではなく、裾のゆったりとしたズボンを穿いていた。
かといって、男装家ということでもないようだ。
プライベートには踏み込まないようにしているので、そのスタイルには彼女なりの理由、というものがあるのだろう。
一方のあたしは、プリーツの入ったハイウエストのロングのスカートにワイシャツ、胸にはリボンタイを結んでいる。
「どうでしたか、グレン少佐との話し合いは。まさか——懲罰が与えられた、ということではないですよね」
後半、イオは語気を強めて、すっと目を細くした。
「……いや、懲罰ということではなかった」
「そうでしたか。もし、懲罰など与えられていたら、三番隊は私をはじめ、全隊員、いつでも、エレナ隊長と歩調を合わせるつもりでおりますので」
「騎士団への昇格を熱望しているグレンは、中隊を瓦解させるような決断はしないだろうさ。今のところは、な。……ラーマの翼蛇だが、グレンはコーヴェニアに出現する、ということを知っていたようだぞ。どうやって、知り得たのか、までは探りを入れられなかったがな」
「それは、興味深いですね。これまで、ラーマの翼蛇の出現の兆候を予測した例はありませんが……私は少佐が、あの厄災の獣を呼び寄せたのではないか、と考えております」
「呼び寄せた?」
「あるいは、あのラーマの翼蛇は、本物ではなかった、という可能性もありますね。霧が突然、生じたことも、妙ではありませんか? ひと暴れした後、姿を消しているのも、どうも引っ掛かるのですが……」
あたしは大きく、ため息をついた。
こんな時、フィルがいれば、愚痴ったり、グレンの悪口で盛り上がったり出来たのだが……。
ここにいない人物のことを言っても、しょうがない。
でも——彼がラーマの翼蛇から逃げ出した、というのは本当なのだろうか。
むしろ、グレンや”旗を振るもの”を見限って、出ていったのではないか?
自分も、フィルのように……と思わないでもない。
しかし、それをするには、色々と背負っているものが多すぎる。
家のこともあるが、イオやその他の三番隊の仲間たちのことを思うと、なかなか、踏み切れないものがある。
これからは、アリアンフロッドとしてではなく、騎士団の一員としての、日々がはじまるのだ。
まずは、それを経験してから、次の行動を考えても遅すぎる、ということにはならないだろう。
雲間から、双陽が姿をあらわし、ぎらぎらとした日の光を投げかけはじめていた。
——今日も、暑くなりそう……。
つぶやきながら、あたしはイオと校舎へと歩いていった。




