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9 王子・ルミルは語る

 出来レースだ。私の結婚は。

  

 

 私は、ルミル・グレンフェル。グレンフェル国、第一王子。将来の王だ。国のため、すべて決められた人生を生きている。

 

 王子とはいっても、私の容姿は月並みだ。金髪と青い瞳は王家の象徴だが、顔は普通だ。いや、自分で言うのも切ないが、かなり細い目で、目を開けているのか閉じているのかさっぱりわからんレベルで、陰で“線目王子”と言われているのも知っている。


 王子でなければ、皆相手にもしないだろう。

 


 10歳のとき、私の側近や王子妃候補を選ぶためのお茶会が催された。そこで私が彼女「アリシア・チェリウッド伯爵令嬢」を選んだことになっているが、すべて王や国の重鎮が選んだ出来レースだった。


 各家とのパワーバランスや、血の濃さ。そこを見極め、王妃を選ぶ。本当は祖父の代で、レヴェーン公爵家の娘を選ぶことになっていたが、祖父は自分が愛する人を選んでしまった。侯爵ならまだしも、伯爵家の娘だった。


 レヴェーン公爵家は激怒したが、次の代で縁を結ぶことで合意した。だが、父の時は公爵家には男子しかおらず、私が公爵家の血筋を選ぶしかなかった。此度も公爵家には年頃の娘がいなかったため、チェリウッド伯爵家に嫁いだ娘の子になった。


 それなりに見目もよく、頭もいい。王子妃教育の様子をみたが、悪くはない。


 だが、学園での采配にはいささか首を傾げる。彼女と妹との関係だ。聖女である妹は、アリシアのものを何でも奪い、肝心な聖女としての勤めもサボってばかりだと言う。


 だが、私が聞いたところでは、聖女ではあるがかなり体が弱くて、自分を癒すことで精一杯だという。


 そんな妹を放置して、尚且つ噂を流したままにしていることに納得がいかなかった。


 妹の噂を立てているのは、王妃の座を狙っている者達だ。優しいふりをして、噂によってアリシアの足を掬おうとしているのが、ありありとわかる。

 


 そんな周りの思惑など、王子妃教育を受けたものであればわかるだろうに、アリシアは噂をそのままにしている。彼女との関係性に今一歩踏み込めないのは、それが原因でもある。だが、王子として、彼女を妻にするしかない。

 

 ただ、彼女を妻として愛せるかと言われれば、笑うしかない。私は、王子妃候補の中の、イリス・キセラ侯爵令嬢を愛していたからだ。

 

 

 彼女が王子妃候補から落とされ、王宮を去るときに誓い合った。必ず迎えにいくからと。


「自分勝手なのは、わかっているし、君や皆に迷惑をかけることも重々理解しているつもりだ。だけど、君を離したくないんだ」

「いつか来てくださることを、信じております…」


 この国は貴族であれば、側室は認められている。だから私は、世継ぎが生まれた後に彼女を招くつもりだった。

 


 王城ではもう会えないが、学園に行けば同い年である彼女の姿を見かけることはできる。卒業間近、一度だけ変装してデートに行った。学園近くで買い物をしただけだが、忘れられない思い出になった。帰りに2人で買った、彼女オススメのクッキーはとても美味しかった。

 


 ***** 

  


 その日は雨が降っていた。何日も続いた雨によって王都近くの山で土砂崩れが起きて、城内は騒然となった。


 父王の指示の元、多くのものが現地に飛んだ。私も王を手伝い、指示をだす。


 事態が落ち着きを見せていたため、少し休憩をと部屋に戻った。部屋のテーブルに、彼女との思い出のクッキーの箱が置かれていた。


 侍女がお届け物ですと言う。箱の中にメッセージカードがあり、彼女からとわかる。疲れた体に甘みが欲しくて、ついそのまま口にしてしまった。その後、地獄の苦しみを味わうことになる。


 

 王家のものは、毒殺の危機に常に晒されている。だから幼い頃から弱い毒を摂取して、毒に慣らしていたのだが、これは新しい毒だったらしい。


 主治医の措置で、最悪の事態にはなっていないが、私はベッドで動けずにいた。


 この毒は、声を奪う。しかも、意識があるのだ。私はうなされつつも、周りの声がハッキリ聞こえていた。時々薄く目を開けて様子も見ていた。


 アリシアが主治医に詰め寄り、声を荒げている。パニックになる前に、大聖女を呼んでくれればいいのだが。なぜか来たのは、彼女の妹だった。確か彼女の妹は聖女ではあるが、自分しか治せないかなり残念な聖女のはず。


 

「お、お姉さま。どうして」


 困惑した妹にアリシアが告げる。


「早く治しなさいよ、あなたの聖魔法で」


 妹は私を見ながら困惑していた。


「だ、大聖女さまを」

「一刻も猶予はないわ。あなたが癒すのよ」

 

 以前聞いたことがある。アリシアの妹が人を癒せば、自分が死ぬと。それほど弱いのだと。

 

 なぜ、姉ならわかっているはずだ。それなのに、私を癒せと言うのか。


 そうか、そのために、妹の噂を止めなかったのか。ようやく彼女の闇が見えた気がした。

 


 妹は私に近寄ると、両腕を伸ばして手のひらを私に向けた。


「何をするの」

「聖魔法で王子さまをお救いいたします」

「え?」

「私は、聖女です」


 ひ弱な声が、今だけ強く、ハッキリと告げる。妹は私に向かって跪いた。


「さよなら、姉さま」


 妹の手のひらから光が放たれた。その光が全てを包んでいった。眩しくて目を閉じた。

 

  


「よし」


 妹の声が聞こえた。


 うっすら目を開けると、妹が両手を私以外に向けていた。聖魔法を私に当てるのではない。光が手のひらに吸収されていたのだ。その光は周りの人間から出ていた。光を奪われている人間は、目を開けて立ってはいるが、意識がないように見える。アリシアも、医師も侍女達も、ぼうっとしている。


「こんなもんかしらね」


 妹は先ほどの泣きそうな顔から一転して、悪そうな顔をしていた。元が小さくて可愛らしい感じの子が、ニヤニヤしていて、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。


 

「さてと、まずは王子さまを癒さなくちゃ」


 妹は再び手のひらを私に向けた。光が私を包み、苦しみが徐々に薄らいでゆく。


「わわ、もう魔力なくなっちゃう」


 まだまだ修行が必要ねと1人ごちて、妹は光を止めた。そして、首元から服の中に隠れていたネックレスを取り出した。大きい石がついている。ロケットタイプのようで、そこを開いた。どうやら小型のマジックバッグらしい。

「えい」


 そこから取り出したものを床にぶちまけ、


「あとは、転移魔法陣を…」


 そこまで呟いて、私を見る。うっかり目があってしまった。


「もしかして、殿下、起きてますか?」

「ごめんね。いつも、目を開けても閉じても同じ顔って言われているのは知ってるけどね」

「もしかして、全部見てました?」

「うん、この毒、意識残して苦しませるパターンでさ…」


 あは、あはは。2人の渇いた笑い声が部屋に響いた。


「あ、やば、もう時間ないっ。んじゃ、殿下、寝たふりでお願いしまーす!」

「え」


 妹は勢いよく私のベッドの下に飛び込んだ。同時に部屋の扉が開いて、大聖女様達が入ってくるのが見えた。


 …とりあえず、寝たふりしといた。

 


 *****

 


 私に毒をもったのは、ある侯爵令嬢であったと、結論付けられた。王子妃候補だった者で、落とされたことを憎んで犯行に及んだと。本人は同じ毒で自らの命を絶ったという。


 彼女の名前は、イリス・キセラ侯爵令嬢。


 私の愛する人が、そんなことする訳はない。これは、誰かが私から彼女を奪うための狂言だったのだ。そして、アリシアの妹を使い、さらにアリシアの評価を上げるための。


 

 私は、お前達の思い通りにはならないよ。

 


 *****

 


 アリシアと結婚してから、2年が経とうとしていた。


 良き王子、良き王子妃と評判で、もうすぐ子も生まれる。身重の王子妃を国に残して、私は隣国のトゥーリ王国へ出向いていた。互いの国の安定と平和のための外交だ。


 

 滞在日数が残り数日となったとき、王家主催のパーティで、とある男が声をかけてきた。


「王子、お久しぶりでございます。とは申しましても、覚えておられぬとは思いますが。私、王子妃殿下の兄にあたります」


 確か王子妃には兄がいるが、トゥーリ王国に留学してそのままそちらで結婚して婿入りしたと聞いたことがある。結婚式には来ていたと思うから、なんとなく見覚えはあった。


「いえ、お久しぶりですね、義兄上」

「いやいや、義兄とは照れますなあ、はっはっは、おおっと!」


 笑った拍子に、彼が手にしていたグラスからワインがこぼれて、私の袖にかかった。


「も、申し訳ございません。私の控室がございますので、こちらへ」


 強引に私を引きよせ、裏に連れていく。耳元で「大丈夫です、こちらへ」と囁く。目は真剣そのものだった。側近が慌てて私を引き戻そうとしたが、目で制する。そのまま控室に入ると、中に女がいた。こちらに向かって頭を下げている。


「うちの侍女です。ささ、王子の服を拭いてくれないか」

「はい」


 その声に、覚えがあった。細い目を最大限見開く。侍女は、私の腕を取って、持っていた手拭いで裾を拭いた。そのまま私の方へ視線を向ける。


「…汚れは落ちそうかな」

「…いえ、もう染まっているかと」

「それなら、まあ、仕方ないか」


 そのまま空いている方の手で口元を押さえる。涙が勝手に出てくる。侍女も涙を流していた。


「殿下、そろそろ戻りませんと」

「ああ」


 私は侍女の腕を引っ張り、そのまま体ごと抱きしめた。


「生きていたのか」

「はい、メグさまに助けていただきました」


 抱きしめる腕に力が入る。


「殿下、もう時間です」


 仕方なく彼女・イリスを腕から解放し、ゆっくり後退った。目は離さない。イリスはポケットから手紙を取り出した。


「後でお読みください。必ず処分してくださいね」

「わかった」


 手紙を懐にしまい、私は部屋を出た。その際義兄から、


「ダメなほうの妹から伝言です。これで借りは返した。私のことは探さないでねと」

「そうか、ダメか。可愛い義妹なのに」


 またあの子に会いたかった。見たことのない彼女の聖魔法にも興味はあったが、そちらよりも義妹とイリスと3人でお茶会をしてみたかったよ。

 


 

 手紙を読んでわかったことは、イリスが助かった理由だ。


 彼女は、メグと友達だったのだ。メグは、学園で偽の噂をたてられ、孤立していたという。だが、たまたまイリスと知り合い、友人になったというのだ。


 メグは私の部屋に来た時に、テーブルの上にあったクッキーの箱を見て、イリスが犯人に仕立て上げられたのではないかと思ったのだという。彼女は、メグにもクッキーをあげていたのか。思い出のクッキーで毒を盛るとは許さんと怒っていたらしい。


 方法はわからないが、とにかくイリスを救い、自分の時と同じように偽の死体を用意して、彼女を隣国の兄の元で匿ってくれたようだ。


 手紙には、いつか迎えに来てくださいましねと、締め括られていた。

 

 


 王子として生まれたから、そう生きてきた。だがここにきて、一つだけやりたいことが出来た。


 もしも叶うのなら、私は少しだけ、そう生きてみたいのだ。


 自由を選んだ義妹が羨ましい。


 もしもアリシアがメグやあの兄と仲の良い家族であったならば、彼女とも、あのような心休まる家族になれたのかもしれない。


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