8 師匠・エルマンは語る(2)
あの時のことを思い出す。
土砂崩れで聖女達が現地に向かっているという手薄な時を狙われた。王子が毒殺されかけたのだ。主治医の処置で最悪な事態は免れたが、予断を許さない状況は変わらない。
私は基本大聖女様付けだから、共に王都に残っていた。知らせを受けて急ぎ王子の部屋に向かう。
「あ、あの、先ほど聞いたのですが、先にメグが連れていかれたと」
共にいた聖女がこそっと教えてくれる。
「はあ?あいつが行っても意味ないだろう?」
「はい。ですが、王子妃様のご命令だと、騎士が連れていってしまいまして」
嫌な予感がする。あいつの無能さをわかった上で、怠けていると言いふらす姉だ。この機会にまた弟子の無能っぷりをアピールしようとでもいうのか。
その時、遠くで強力な聖魔法の出現を感知した。あの魔力は。
「あれは…」
「ああ、そんな…」
共にいた聖女達はみな、メグの仲間だ。誰の魔力かは、皆わかっている。今、遠くで魔力が膨れ、そして、弾けたのだ。そのままその魔力が消えていくのを感じる。
「…急ごう」
我々は歩く速度を上げた。
部屋に到着すると、我々の姿を見た部屋の前にいた護衛がハッとして、扉を開けた。
「遅くなり申し訳ございません、王子のご容態は…?」
部屋に入ると、王子妃がベッドの側に立ち尽くしている姿が目に入った。急ぎ駆け寄る。王子は穏やかな寝息を立てていた。
「間に合いましたか…」
そう言いつつ、王子のベッドの脇を見る。そこには、床に倒れているメグの姿があった。
しゃがみこみ、首に手を当てた。口元にも手を添える。だが、すでに息をしていない。
「…どういうことなの」
「はい?」
王子妃の声が頭上から聞こえる。
「あの子は、聖魔法使えないんじゃないの?」
それを知っていて呼び出した本人が言うセリフじゃないよな。
「使えますよ。わずかですがね。自分を癒すだけの、小さな魔法です」
「それじゃあ、これはなんなの?なんで、なんで死んでいるのよ…」
あなたがそう望んだんでしょうと言ってやりたかった。胸倉を掴んで、これが望みだろう?妹を嘘つき呼ばわりして、自分を悲劇のヒロインに仕立て上げたせいだろう、その結果だろうと。
だが、もう遅い。言っても仕方ない。
…んだが…。
「てへ」
俺は今、非常に困惑している。
こんなことを言うと錯乱していると言われそうだが、敢えて言う。ベッドの下の布の隙間から、弟子がのぞいている。本人の死体の隣にもう一人の弟子がいる。咄嗟に口を手で押さえて叫びを堪えた俺を誰か褒めてくれ。
そうか、これはあれか。
*****
以前大聖女様と弟子と俺で、決めたことがあった。
もしもどうしても弟子が聖魔法を他人に施さなくてはいけなくなった場合。
「師匠、私、バックれますから」
「はあ」
「なんじゃそら」
弟子の作戦はこうだ。聖魔法をぶっ放す。だが、自分の魔力だけでは、ポックリ死ぬ。だから、大聖女様の本に書いてあった方法、楽して聖魔法とかなんとかいう力を使うのだと。
それは自分以外の魔力を使う方法だ。この世界には魔力が満ち溢れているのだという。空気の中にも人間や魔物、生命すべてにも。だからそれを貰えばいいのだと。
今回、弟子は周りにいた人間から魔力を奪ったのだ。当然奪われたものは、目眩をおこす。ぶっ倒れる。気を失う。最悪、死ぬ。弟子はその見極めを練習しまくった。
「気を失って倒れてしまうと、なんかあったってバレるじゃないですか。だから、気を失っても倒れないという究極の技を目指します」
その成果がこれか。
まず部屋の皆から魔力を奪う。みんな、気を失う。その隙に王子を治療。そして予め用意しておいた自分そっくりの死体をマジックバックから出して、ぽいと置く。あとは転移魔法陣で脱出…の予定が。
…あいつ、間に合わなかったな。
俺は自分が持っていた転移魔法陣を、そっとベッドの下に入れた。
「…弟子を連れていきます」
あいつが用意した本人の死体を抱き上げる。
その顔を見た時、なんだかしらんが、笑いが込み上げてきた。やばい、爆笑しそうだ。必死に堪えるが、苦しすぎて、涙が出てきた。
ここまで用意して、間に合わんでベッドの下で、てへ、かよ。あいつ、アホだ。世界一のアホだ。アホすぎて、涙が出る。
「王子の部屋を汚すわけにはいきません。このまま転移させていただきます」
転移魔法陣を手に持って、王子妃に見えるように上に上げる。
返事を待たずに、俺はメグの死体(偽)と共に、神殿の自分の部屋に転移した。そこには、俺が転移したのと同じタイミングで転移したメグがいた。
「てへ」
俺は腕の中のメグの遺体(偽)をベッドに横たえてから、
「歯、食いしばれ」
メグに向かう。
「努力しますっ」
ぎゅっと目をつむる、メグ。俺は手を振り上げ、そのままの勢いでメグを抱きしめた。
「ふえっ?」
「この世界最悪の弟子め、偽物の遺体は冷たかったぞ。さっき死んだばかりなのに冷たいと、バレるだろ?」
「あ、そうでした。レンチン…」
「お前はこんなにあたたかいだろう」
「はい…はい、そうですね。あったかいです」
このまましばらくメグを抱きしめた。微かに部屋に響く嗚咽を耳にしながら。多分俺も、そうなのだろう。
*****
メグの葬儀は、神殿でおこなわれた。聖女聖人は、特別に神殿で葬儀ができる。身内特権だな。
ダメ聖女だったが、それなりにみんなに可愛いがられていた。アホほど可愛いというやつだろうか。みんな涙を流していた。なんか、すまん。一応師匠として、心で謝っておこう。
当の本人は、すでに王都を離れている。移動先は、隣国のトゥーリ王国との境界線の魔の森だ。魔物が多く、隠れるにはいいところだ。そこには事前に用意した隠れ家がある。防御と隠密魔法のおかげで、誰も来ない。
あの時、王子の部屋から私の部屋に転移して、すぐに隠れ家にいく予定だった。
「またぼっち生活かー」
「たまには、遊びに行ってやるよ」
「わーい、あ、でもその前に行くとこあったな」
「どこだ?忘れ物ないだろ?」
「はい、でも、気になることがあって、ちょっと友達の家に行ってきます」
思わず膝から崩れ落ちる。
「お前なー、隠れなきゃいかんのに、何そのノリ。遊びに行くんか」
「師匠、怖い怖い」
いかん、我を忘れた。
「王子のお部屋に行ったときに見たんです。お菓子の箱。あれ、確認しなきゃ」
「はあ?」
問いただす前に、弟子は転移してしまった。
ほどなくして、弟子は再び部屋に戻ってきたが、人数が増えていた。
「誰だ、そいつは」
「私の親友です」
「お前、ぼっちが嫌だからって、攫うのはやめとけ」
「そっか、その手が…いやいやいや」
親友(仮)は、苦笑いしている。結局2人でまた転移してそのまま帰ってこなかった。
結局土砂崩れと王子殿下暗殺未遂事件は、数名の死者を除き、無事に終わった。
それから半年程して、王子殿下の結婚式が執り行われた。祝い事で、すべての凶事を忘れるかのように、王都は色鮮やかに咲き誇った。
やがて王都はいつも通りの生活に戻る。
その時には、誰も死者を思い出さない。




