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5 祖父・チェリウッド伯爵は語る

 私が彼女と出会ったのは、婚約式の時だ。家同士のつながりで、個人の意思は、ない。


 だが、彼女の美しさにすぐに恋に落ちた自分を、今の私ならどう思うだろう。苦笑いが込み上げる。そうだな、とても若かったのだ。

 


 *****



 彼女、アーシアは、元々王妃候補の公爵令嬢だった。10歳前後の貴族令嬢を集めて王妃候補を選ぶ。王城で教育と言う名の篩にかけて、最後に残った宝石を選ぶのだ。


 だが、彼女は最後の1人に負けた。

 


 そのまま潔く諦めれば美談ですみ、次の縁談もすぐにまとまったことだろう。だが、彼女は諦めきれず、次期王妃を害そうとした。幸いすぐに助けられたこともあり、このことは内々に処理された。彼女はそのまま処刑されてもおかしくなかったのだ。だが、公爵令嬢を簡単に処分することも叶わず、そのまま格下の伯爵家に嫁に出されたというわけだ。


 時間はかかったが、私は妻を愛していたし、彼女もそうだと思っていた。2人の息子も良き後継者として育ち、幸せだった。

 

 だが、長男が妻を迎えたあたりで、変化がおきた。長男は、貴族が通う学園で将来の伴侶を見つけた。恋愛結婚だ。裕福な伯爵家の次女で、聡明な娘だ。2人はとても仲睦まじく、反対する理由など何もなかった。だが、妻は不満そうだった。


「伯爵家なんて」

「敵対している派閥でもなく、家柄は申し分ないではないか」

「でも…」


 渋る妻を説き伏せ、なんとか結婚させた。

 

 1年後、待望の長男を授かる。我々の初孫だ。息子と同じ髪同じ瞳の、これまた息子によく似た子だった。


 元気な様子に皆喜んだが、妻は、


「次は女の子がいいわね」

「母上は気が早い。確かにこんなに可愛いのだから、女の子だったらと、楽しみにもなります」


 と、長男は笑ったが、彼の妻は視線を逸らしていた。


「これ、そう慌てることはない」


 私も笑ってみせ、話を終わらせるしかなかった。

 


 それから5年ほどして、妻が望んだ孫が生まれた。妻と同じ黒髪に緑の瞳の女の子だ。妻は自分の名前によく似た名前を望んだ。


「アリシア」


 妻は孫を溺愛した。

 


 初めは単純に女の子が欲しかったのだと思った。我々は男の子供しかいなかったので。だが、そうではなかった。

 

 アリシアの次に生まれたのも女の子だった。髪は白に近い灰色、瞳は赤に近い紫。母親の血筋に近い色合いだった。だが、ひどく弱い子供であった。毎日看病の連続だった。今考えればよく生き延びたものだ。

 

 妻はその子にはまったく関心を持たなかった。


「メグは可哀想な子だな、健やかに育ってほしいが」

「あの子はダメでしょう。よい嫁ぎ先なんて見つからないわ」


 私は妻の残酷な言葉に息を止める。


「確かに大人になっても健康とは言えぬだろう。だが、その場合は領地で養生すればよいではないか」


 妻は薄く笑って、答えなかった。

 


 長男夫婦は、メグのために大聖女様を呼んだ。その甲斐あってメグは救われ、その身に僅かではあるが聖魔法があることも判明して、聖女になるため王都の神殿で暮らすことになった。


 長男夫婦も共に王都のタウンハウスに移動することになった。二人はアリシアも連れて王都に行くつもりであったが、妻が許さなかった。


「アリシアには、私が教育いたします」

「しかし、王都のほうが専門の先生もおりますし」

「もちろん王都には連れていきます。ですが教育は、私の公爵家で行います」


 妻はアリシアを王子妃にしようと考えていたのだ。確かに今、妻の実家の公爵家では王子に釣り合う年頃の娘はいない。現公爵の孫娘であるアリシアは、悪くない選択であった。


 そう思うとなかなか強く出られず、彼らは泣く娘を置いて、王都へと旅立っていった。

 


 長男夫婦より半年ほど遅れて、我々は王都へと向かった。領地は次男夫婦に任せた。


 王都のタウンハウスで基本生活するが、アリシアは毎日公爵家へ通い、さまざまなことを学んでいった。


 ある時通うのも大変ですからと、妻とアリシアは公爵家に住みはじめた。私はタウンハウスで、ただ2人を待つしかなかった。我々は、所詮たかが伯爵家なのだ。


 やがて、アリシアは公爵家の養女となった。現在の当主、つまり妻の弟の娘となったのだ。


 公爵家の孫娘。それがアリシアを王子妃にさせる唯一の力だった。


 

 アリシアが10歳のときに、王子妃と側近を決めるための茶会が催され、アリシアは候補者になった。


 候補者は王城で生活し、そこで教育を受ける。振り落とされずに残ったものが、生涯王子の側で生きることになるのだ。


 その頃になっても、妻は私の元に帰ってこなかった。


 

 私は領地に帰ることにした。我々に出来ることは、何もなかった。


 その頃には、聖女になるために修行しているメグも、だいぶ元気になってきた。時々タウンハウスに帰ってくるようになり、それだけが我々の心を癒してくれた。聖女になっても自分を癒す程度しか聖魔法が使えないという。だが、


「それで自分を癒せるなんて、すごいじゃないか」


 息子はメグを撫でて、目を細める。確かに何度も死にかけていた娘が、自力で生きていられることには感動すら覚える。


 私は領地に帰り、次男夫婦と領地経営に尽力した。


 

 アリシアが15歳になる頃、王子妃となることが決定した。


 皆で祝福した。とても、誇らしかった。妻も同じだろう。

 


 その後アリシアは、婚姻する18歳までの間、貴族が必ず通う学園に入学した。未来の王子妃とはいえ、このまま王城で暮らすことにはならず、公爵家に戻った。


 2年ほどして、今度はメグが聖女としての勉強を終えたとして、タウンハウスに住むことになった。そこから学園に通うという。長男夫婦はようやく娘と暮らすことが出来たのだ。

 


 *****

 


 だが、アリシアが学園を卒業する直前に、悲劇がおこった。


 王子殿下暗殺未遂事件。犯人は王子妃候補者の1人だった。王子を愛してしまって、側室でもいいからと願ったが断られ、それならと毒を盛ったらしい。本人が自室で同じ毒をあおり、なおかつ遺書もあったことから、彼女の犯行と断定され、家も処分を受けた。


 

 この事件で、アリシアはかなりショックを受けていたが、必死に王子の看護をしていた。こんなことで落ち込んでいては、王妃は勤まらない。あの子は本当に王妃への道へ向かっているのだと思う。

 

 だが、もう1人の孫娘、メグの死は多くの涙を誘った。自分の命を省みず、王子を救う。献身的な王妃の妹の死。美談に持っていくことで、王家の人気を得るつもりだ。


 それは、王家、公爵家の考え。

 本当に反吐が出る。自分しか治せないほどの弱い聖魔法使いを、どうして王子の治療に呼ぶのだ。アリシアは本当に、王家の人間になったのだな。


 いや、そういう教育を与え続けたのだ。アリシアは親の愛を求める純真な娘だった。もっと家族と楽しい生活を与えてやりたかった。


 だが、妻は、自分の身代わりにさせた。自分が叶わなかった王妃という夢を、アリシアに背負わせたのだ。その結果、アリシアは妹を死に追いやった。

  

 

「君は、本当に、王妃になりたかったんだね」

「急になんですの?」


 メグの葬儀の後、ようやく妻と話す機会を得た。彼女は公爵家に居座り、帰ってこようとしなかった。


「私もアリシアに付き添うつもりです。侍女として」

「ありえない、祖母が付き添うなんて聞いたことがない」

「あなたにはわからないでしょうね。これは公爵家の悲願なのです。そして私の願い」

「私ではあなたを幸せに出来なかったというのか」


 妻が私を振り向く。


「爵位の低い男は、意味がないと」


 妻は薄く笑った。以前も見た、口元だけの冷めた微笑み。


「高貴なものでしか、この国の行末は考えられないでしょう?私は、王家にいるべき存在なのです。あんな田舎ではなく」

「息子達のことも愛していないのか」


 妻の肩がぴくりと震える。


「私のことはどうでもいい、だが、息子達は」

「愛ですか。そういうものは貴族には必要ありませんわ」

「本気で言っていうのか」


 妻は私に背を向ける。呼吸が荒くなって、体が揺れる。


「それほどまでに、王妃の座が必要だったのか。アリシアに嘘をついて、妹を殺させてまで!」


 ひっと声が聞こえた。


「私が知らないとでも思っていたのか。お前はアリシアを両親から引き離し、自分しか味方がいないように仕向けた。両親の愛はメグにしか向いていないと思わせた」

「何を証拠に」

「侍女頭から聞いた。執事にもな。アリシアが王子から頂いた髪飾りを、わざとメグに使わせただろう?」


 それでメグは学園で信頼を失った。


「姉から両親も大切なものも奪う、怠け者の聖女だと、妹を攻撃させるように仕向けた」


 そして、妹を姉の人気取りに利用した。


「王子を救う王子妃、そしてその姉を救う妹。全てを美談にして」


 恐らく、王子の毒は。


 妻はゆっくり息をはいた。もう、震えてはいなかった。そして振り返りもせず、そのまま部屋を出て行った。


 それが彼女を見た最後だった。

 


 *****

 


 妻の両親は、義父上のみご存命だ。だが病で、何年も床に伏している。


 メグの葬儀の数日後、久しぶりに面会がかなった。


「あれは、王妃に固執しすぎた」

「そのように教育したのでしょう」

「主に妻がな。だが、あれはやりすぎた」

「ええ、そのようですね」


 義父はくくくと笑い、軽く咳き込む。


「お前も嫌味を言えるようになったか」

「本当はもっと言いたいところですがね」

「それは仕方ない」


 義父はふうと息を吐く。


「あれもやりすぎた。孫を王子妃にするために、毒まで用意するとは。だが、そもそも娘を壊したのは、我々だ。我々夫婦が娘を壊した。取り返しのつかないことをした」


 義父の目から涙が流れる。初めて見た光景だった。


「あの子は私が連れていく」

「お願いします」

「ああ、あとは頼んだ」

 


 *****

 


 数日後、義父の療養先が火事にあい、義父は死んだ。()()()()見舞いに来ていた妻も巻き込まれた。

 答えは言われなくてもわかっている。王子に毒を盛るような侍女は、いらない。


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