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4 兄・ルーファスは語る

 長男だったから、将来は家の後を継ぐのだと、そう思っていた。だが、父に「お前は自由に生きていいんだぞ」と、よく言われていた。


 友人に言うと、それは冗談だろう、長男が家督を継がないなんて。それか、お前を余程信頼していないかのどちらかだなと、冗談まじりに笑われたこともあった。


 そうかもしれないなと、なんとなく腑に落ちて、それなら好きに生きようと、自由に対する罪悪感がなくなった。

 


*****

 


 私は、ルーファス・チェリウッド。


 グレンフェル国チェリウッド伯爵家の長男として生まれたが、まだ幼いうちに、貴族の学園の寄宿舎に放り込まれた。本来であれば、貴族の子供は15歳までは自分の家で学ぶ。その後貴族だけが通う学園に入り、社交を学ぶ。


 うちは貧乏ではない。困っていた訳ではないが、なぜか私は放り出された。訳ありの貴族の家の幼い子供を寄宿舎で養い勉学を教える学園もある。私はそこで9歳まで過ごした。



 ある時叔父が学園にやってきた。


「やあ、元気そうだね」

「叔父上、お久しぶりです」


 談話室で叔父と対面する。叔父は父によく似ていて、双子だと間違えられたこともあるんだよと教えてくれたのを思い出した。多分、今の父もこんな感じなんだろうか。


「実は、兄に頼まれてね。あいつはどうしても来れないから」

「そうなんですか?」

「うん、ばーさまに睨まれているからね」

「おばあさまですか?」


 叔父の口から、悪い言葉が出てきた。


「お前ももういろいろわかる年頃になってきただろうし。別にいいだろ」


 まだ一桁の年齢ですがね。


 叔父は、私に留学の話を持ってきていた。どうせなら、いろんな国を巡るのもいいのではないかと。


「我々兄弟の夢なんだよ。お前に夢を継いでほしくてね」

「だから、家を継がなくてもいいって」

「そう。うちはばーさまが特殊だからね。そんな家に繋がれるより、自由にしてほしくて。ここに入れたのはお前を守るためでもあったけど」


 叔父はにっこり微笑んだ。

 


 祖母は公爵家の娘だった。王妃になるべく教育されたが、選ばれず。そのため仕方なく格下の祖父と結婚したが、未だ公爵家から王妃を輩出することを夢見ているらしい。


 だが、生まれるのは男ばかり。孫に期待したら、また男。


「ばーさま、兄貴の嫁さんにも辛く当たるし。かと言ってばーさまを追い出すことなんて出来ないし」


 なるほど、うちにいないほうが平和か。


「それにね、隣国には兄の親友がいるから、安心していいよ。お前の身元保証人になってくださる。向こうの国の父と思ってもいい」

 


 やがて、祖母の生贄には、妹のアリシアが選ばれた。もう1人の妹メグは、病弱で、ある意味難を逃れた。

 


 私は、叔父の話もあるが。単に興味があって、隣のトゥーリ王国へ留学した。竜が住んでいたという伝説が気になったこともあるが。


 初めは言葉もよく分からず、学園で孤立した。クラスメイトの何人かは、こちらを見てニヤニヤしながら何かを言っていた。


 なので、まずはその言葉から翻訳した。絶対悪口だろうし。案の定悪口で、制裁を下したら先生に怒られた。興味をそそる言葉でしたから調べて学んだだけですと言ったら、頭を抱えていた。


 その後そいつらとのケンカのおかげでますます語学力が向上して、結果、親友になった。先生は悪ガキが増えただけだと泣いていたが。

 


 留学してよかったことは、自分の本音をすべてさらけだせたことだろう。今まではあの公爵家の孫という、周りの人間全てが私を監視しているようなものだったから。今は留学生Aですむ。この学園は留学生が多いからよけいだ。


 だからここで私は、身元保証人の第二の父やその家族、多くの友人や、愛する人と自由に楽しくすごす事が出来たのだ。

 


 友人のすすめでそのままこの国で仕事を得て、仕事仲間とも楽しく過ごしていた。


 もちろんたまに国に帰ることもあった。


 その時、病弱だったが無事聖女になれたもう1人の妹のメグに会った。薄い灰色の髪に赤紫の瞳。髪はふわふわで、会うたびに流れが変わっている。はねているというのか?あまり見た目は気にしないタイプだ。


 顔は全体的にちんまりしていて、可愛い。体は病気のせいか、あまり成長できなかったようだ。背も低く、子供のままだった。


 

 妹はいろんな意味で残念な人物だった。体は仕方ないにしても、特に性格的にな。まあ、死にかけていた妹が生きているだけでもマシだが。


 そんなポンコツ妹だが、意外と話はあって、正直なかなか楽しかった。そんな妹に友人を紹介したこともあったな。


「兄さま、素敵な友達がいるのね」

「あいつかあ。変わった趣味の持ち主だが、いいのかい?」

「是非お会いしたいのだけど」

「いいよ、招待しておこう」


 私と入れ違いにこちらに来ていたようだが、後日、妹を紹介してくれてありがとうと言われた。

 


 ***** 

 


 国に帰るたびに、両親や祖父、叔父夫婦が疲弊しているのが分かった。だが私は、この国に帰るつもりはなかった。


「向こうで婿入りしたいんだけど、いいかな?」

「好きな子ができたのかい」

「まあ、おめでとう。早く会いたいわ」


 両親はとても喜んでくれた。後継者にならないのに。


「私ばかり、自由でごめんね」

「何を言うんだ。お前が幸せなことが1番大切なんだよ」


 それにな、と父が言う。


「アリシアが王子妃となる。何もなければ、これで終わる。そうなれば、我々も何か出来るかもしれない」

「そうだな、兄上。我々もまだ若いんだ。何か始めてみないか」

「いいなあ。例えば庭仕事なんてどうだ?」

「まあ、この前腰が痛いとおっしゃってませんでしたか?」


 父が母に揶揄われて、皆で笑った。


 今、ここには、両親と叔父夫婦と、私とメグがいる。皆、状況を理解している。


 祖母とアリシアは公爵家、あと2ヶ月もすればアリシアは卒業して正式に王子妃となる。


 祖母の夢が、かなう。我々も違った意味で、それを望んでいた。


 だが、思わぬ結果となった。メグが死んだ。

 


 *****


 

 先日、祖母が他界した。


 病気療養していた前公爵である曽祖父の療養先が火事になり、曽祖父とそこに見舞いに訪れていた祖母も巻き込まれて命を落としたのだ。 


 葬儀は身内だけで営まれた。静かな葬儀だった。

 

 葬儀も終わり、今部屋にいるのは、私と妹のアリシアと両親と、叔父夫妻だけだ。祖父は疲れたと、別室で休んでいる。メイド達には、退室を命じてある。


 テーブルで紅茶と菓子を囲んで、2人掛けのソファ二脚に、両親と叔父夫妻がそれぞれ腰掛けている。妹は少し離れて1人掛けのソファに浅く腰掛けている。私は窓際に立って外を見ていた。

 

「ようやく、終わったか」


 父が深く息を吐いた。母も目を閉じ、俯く。


「思ったより長くかかったな」

「お前には本当に苦労をかけたよ」


 同じく疲れた様子の叔父に、父が声をかける。


 本当に、本当に長かった。


「そんなに、大変な葬儀ではありませんでしたよ?」


 アリシアが不思議そうに父達を見る。妹はまだ目が赤い。葬儀の間、ずっと泣いていたのは妹だけだったと、気がついているのだろうか。


「そういう意味ではなくてな…」

「ああ、もういいわよね」


 父の言葉をさえぎり、母がソファから立ち上がって、妹のほうへ向かった。


「えっ?」


 自分のほうに歩み寄る母の姿に、妹は驚いて背筋を正す。母は妹の真正面に立って、そのまま勢いよくしゃがみ込んで妹を抱きしめた。


「お、お母様?」

「ああ、やっと、やっと、抱きしめられた…」


 母の嗚咽が部屋に響く。妹は、何がなんだかわからないという顔で母に抱きつかれたままだ。硬直していたが、だが次第にその手を母の背中にまわして、ぎこちなく抱きしめかえした。


「お、お母様…」

「ああ、愛しているわ、アリシア。やっと、やっと言えたわ」


 その声に驚いて、妹が体を離した。


「うそ、私のことなんか、ちっとも愛していないくせに」

「違うの、違うのよ!」

「だって、おばあさまは、お前は可哀想な子だって…」

「そういう風に、言われていたんだな」

「え…」


 私の方を向いて、妹は呆然としている。それはそうだろう。今まで、祖父母以外の親族から、愛してもらえなかったのだと思っていたのだから。


「お前は、取り上げられたんだよ。父上母上、それに、私の元からね」


 

 それから、長い長い話をした。


 まずは、両親の馴れ初めから。私の両親は貴族にしては珍しく、恋愛結婚だった。父も母も伯爵の家の出だ。


 だが、祖母はそれが気に入らなかった。祖母はそれ以上の地位のものを希望していたのだ。だから祖母は、母をひどく嫌った。


 私が男だった時点で、私も眼中になかった。物心ついた時から、私は祖母に可愛がられた記憶は無い。だがアリシアが生まれた時、妹の髪や瞳の色が祖母と同じであったことが、祖母にとって行幸であったのだろう。


 

 祖母は妹を溺愛した。そして、妹を我々家族から隔離した。それは物理的であり、そして心ですら、離して生活させた。

 

 お前は両親から愛されていないんだよ、兄もお前のことを嫌っている。

 病弱な妹のことを、両親は心から愛しているんだ。お前のことなんていらないんだ。

 

 嘘で塗り固められ、呼吸すらできないような妹を、我々は助けることができなかった。妹には祖母が公爵家から連れてきた、祖母に忠誠を誓う執事と侍女頭がはべり、家を回していた。妹の周りには、常にメイドたちがいて、母は、妹を抱きしめることができなかった。病弱なもう1人の妹メグのこともあるが、両親は本当に妹を、アリシアを抱きしめることができなかった。

 

「嘘よ、お兄様は嘘をついている。私は信じないわ。みんな私を愛してくれなかったでしょ。いつもメグのことばかり病弱なあの子のことばかり」

「お前はいつもそういうが、メグは聖女養成所に入っていたし、王都のタウンハウスにはほとんどいなかった」

「私が王子殿下からいただいたプレゼントを、あの子にあげたりしたじゃない」

「それもおばあさまの差金だ。わざとメグにつけさせたんだ」

「うそ…」

「私達もお前にたくさんプレゼントを送ったけど、届いていたかい?」

「知らないわ」


 やはりそうか。両親も叔父夫婦もため息をつく。


「やはりなぁ。我々はたくさんお前にプレゼントを送ったんだよ。だけど、それを身に付けているお前を見た事は1度もなかった。すべて捨てられていたのか」


 アリシアは自分が不幸だとずっと言われて生きてきた。だから、今更愛していると言われても、理解できないのだろう。アリシアは混乱して、涙を浮かべていた。


 

 父もアリシアのそばに来て、彼女の手に自分の手を重ねた。


「アリシア、もうやめないか。一緒に行こう。王妃とか関係ない。家族で仲良く暮らさないか」

「わ、私に王子妃から降りろとおっしゃるの?」


 アリシアがソファから立ち上がる。両親から距離を取るように、後ろに下がる。


「おばあさまの言うことに従うことはない。もっと自由に生きてもいいんだ」

「そうよ、辛かったでしょう。楽に…」

「ふざけないで!私が辛かったときに何にもしてくれなかったくせに、今更。もう遅いのよ。やっと、王子妃に選ばれたのに、それなのにやめろって、酷すぎる」

「そういう意味じゃない、お前を守りたいから」

「アリシア」


 私がアリシアに近づくと、また彼女は後ずさった。だが、勢いよく寄って手を掴む。


「お前をこれ以上苦しめたくないんだ。お前におばあさまのように、公爵家の人間のようになってほしくない」

「何を言って…」

「お前は、メグを利用した」


 アリシアが固まる。


「聖魔法の使えないメグに王子殿下の治療をさせようとした。できないとわかっているのに呼んだ。お前は…」

「やめて、やめてちょうだい!あの子が弱いだけよ、私は関係ない!」

「お前はアリシアが聖魔法を使うとは思わなかった。あの子が何も出来ずにいるところをみんなに見せつけたかった。自分の立場を見せつけるために。そうだろう?だが、メグは魔法を使った。そして、王子殿下を癒して死んだ」


 アリシアの目から大粒の涙が流れる。


「泣いていいんだ。大丈夫、大丈夫だから」


 アリシアを抱きしめる。両親も私とアリシアを包み込んだ。アリシアの慟哭が部屋に響く。

 


 ごめんなさい、こんなことになるなんて。

 死んでほしいなんて思ってなかった。ごめんなさい、ごめんなさい。

 


 アリシアの後悔の声が響く。


 私達は、彼女を救いたかった。だが、ああ、わかっている。私達では無理なのだと。


 もう、アリシアは王子妃なのだ。公爵家という後見人のいる、そんな、遠い存在になってしまったのだ。

 

 

「アリシア、これだけは覚えていてね。いざとなったら、すべて捨てて逃げてきちゃいなさい。私達がいるところへ」

「お母様…」

「私達は、ルーファスのいるトゥーリ王国に行くよ」

「兄貴達は、ここにいないほうがいい」


 そう、公爵家に難癖つけられそうな状況だ。いないほうがいい。それだけのことを、あのババアはやりやがったから。


 ババアが公爵家から嫁いできた時から、じわじわとチェリウッド伯爵領は、乗っ取られていった。使用人はもちろん、領内のそれなりの地位にいる者もだ。我々の居場所はもうどこにもなかった。


 叔父が一旦後を継ぐが、すぐに叔父の息子が継ぐ。その妻は、公爵家の系統だ。そういう風に決まっていた。叔父達は、息子のためにここに残るという。


 

「お父様、お母様、叔父様、叔母様、お兄様。私、やはり、王子妃になりたいと思います。公爵家の為とか、そういうものではなく、自分の為に、自分の望んだことをやりたい」

「うん」

「それに…」


 アリシアが頬をうっすら染めて俯く。


「王子殿下は、お優しいお方ですから…」


 そっか。


「好きなのねえ」

「お、お母様っ」

「母上、空気読んで黙ってあげないと」

「んもう、兄様も」

「パパは寂しいんだけど」


 お嫁に出したくないなあと嘆く父を叔父がからかう。母も妹も叔母も笑う。

 


 ああ、アリシア、どうかこの瞬間を覚えていてほしい。

 

 私達は、家族だ。

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