3 姉・アリシアは語る
私は、アリシア・チェリウッド伯爵令嬢、改め、レヴェーン公爵令嬢。
誰にも愛されない。
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幼い頃の思い出は、兄と庭で追いかけっこをしたこと。
今でも信じられない。この私が全力で走り回り、泥がついても平気で芝生の上に寝転んだりしていたなんて。
でも、楽しかった。庭のガゼボでお茶を飲みながら、私達を見て笑うお父様、お母様。執事もメイド達も楽しそうに笑っている。
愛されたひと時。ほんの一瞬の、家族に愛された記憶。
妹のメグが生まれてから、全ては変わってしまった。
病弱な妹につきっきりの両親。先天性の疾患とかで、いくら薬を飲んでも治らない病なのだとか。だから、少し持ち直しても、また寝込んでしまう。
我が国には、大聖女さまがおられる。可のお方なら、きっと治してくれるに違いないと、両親は神殿に頼み込んだ。大病の方から平等に順番に治療を行う方針だとそう告げられ、ようやく大聖女さまがお越しくださったときには、妹はもう虫の息だった。
だけど、さすがは大聖女さま。妹を助けてくださった。その際に、妹にも聖魔法の力があることがわかり、妹は、聖女を養成するところに行くことになった。
妹が家からいなくなる。あの時、これでお父様とお母様を独占できる、そう思ったのに。
両親も神殿のある王都に行くこととなった。妹は神殿に住み込みになるのだから、別に行かなくていいのに。私がいくら行かないでと泣いても、両親は困った顔で、ただ私を撫でてくれるだけだった。
領地はおじいさま、おばあさま、それに叔父さまが面倒をみてくれることになった。
おばあさまは、
「かわいい、アリシア。大丈夫よ、私があなたを淑女に育ててあげますからね」
笑顔で私を抱きしめてくれた。
それからは、毎日勉強の日々だった。立派な淑女になることがあなたの大切な役目と、おばあさまは優しく厳しく私を支えてくれた。
両親が王都に行ってから半年後、私達も王都で暮らすことになった。でも場所は、タウンハウスではなく、おばあさまのご実家である公爵家だった。ここなら更に高度な教育を受けることが出来るからだという。
両親と暮らすことを夢見ていた私はこっそり泣いた。でもおばあさまに見つかってしまい、怒られると思ったのに、おばあさまは私を抱きしめてくれた。
「可哀想なアリシア。タウンハウスは妹が来るからダメだって、お前の両親が言っていたのよ。病弱なあの子のことばかりなんだから」
「そんな」
私のことが嫌いなんじゃなくて、あの子のせいなの?また涙が溢れた。おばあさまは黙って私を撫でてくれた。
公爵家で学ぶ日々。私が10歳の時に、王太子殿下の将来の従者やお妃候補を選ぶためのお茶会が催された。
私も招待された。今まで学んだすべてを披露しなくては。両親は今の私を見て、誇りに思ってくれるだろうか。こんなに頑張ったのだ。これなら王妃に相応しいと喜んでほしい。
おばあさまも誇らしげだ。
「おばあさま、私、王子殿下に選んでいただけますわね」
「もちろんよ。安心しなさい。私の大切なあなたですから」
大丈夫、私は完璧よ。
王城でのお茶会で、私は運命の出会いを果たす。王子殿下だ。
金の髪は襟足で揃えられ、光沢を放っている。涼やかな目元は、青い瞳を時折見せてくる。王家独特の色合いに、私は釘付けになった。
家のため、とかではなく。単純に、その美しさに心を奪われたのだ。ああ、この人なら、私を、私だけを愛してくれるだろうか。
王子妃候補の1人に名を連ねることに成功した私は、他の婚約者候補たちと共に、王城に住むことになった。毎日、いつでも気を抜くことなど許されない日々だった。婚約者候補のものとは、互いに牽制しあい、時には慰め合い、私達は同じ目標に向けて切磋琢磨した。
半年ごとに候補者が減っていく。あまりの厳しさに自ら身を引くものもいた。だが、私は負けなかった。
あの美しい笑顔にどうしても囁いてほしかったのだ。お前だけを愛していると。
そして、その瞬間がやってきた。私が王子妃に選ばれたのだ。
「聡明なあなたに、私を生涯支えてほしい」
そう告げる王子殿下の声が柔らかく、つぶらな瞳も優しく私を見つめてくれる。私は自分の頬が熱を帯びていることを自覚しつつ、それでも淑女たれと姿勢を正す。
「心よりお使えいたします。どうぞよろしくお願いします」
私は愛する人を得たのだ。
*****
ある時、妹が学園に入学してきた。
その頃には私は王都の公爵家のタウンハウスで生活していた。両親は帰っておいでと言ってくれなかった。祖父母のほうが、余程両親の愛と呼べるのではないだろうか。
妹は聖女の養成所で学んでいたが、ようやく少しはましになったということで、タウンハウスに帰ってきていた。もちろん両親は歓喜していたと、おばあさまが教えてくれた。
両親や妹、隣国に住む兄とは、ほとんど会ったことはなかった。
学園で久しぶりに会った妹は、昔のような顔色の悪さと痩せ細った体ではなく、それなりに健康そうな顔で私を見つめていた。
「お姉様、本日よりこちらで学びますので、どうぞよろしくお願いします」
まだぎこちないカーテシーで私に挨拶する妹を見て、不意に昔のことが蘇った。そして、妹の髪飾りに目がいく。
「それは…」
それは私の髪飾りだった。王子殿下からいただいた、彼の青い瞳と同じ色の石がついている。
私の視線に気がついたのか、妹は髪に触れ、
「きれいにしてもらったのですが、ダメでしょうか」
上目遣いで私を見る。
「その髪飾りはダメよ」
「そ、そうですか。気をつけます」
ぺこりと頭を下げると、妹はその場を立ち去った。その様子を伺っていた友人が近寄る。
「どうなさったの?」
「あの子、私が王子殿下から頂戴した髪飾りをつけてくるなんて」
「まあ!殿下に知られたら困るのではなくて」
「そうね。つい驚いてしまって」
「妹さまは、その…まだ幼いのね」
「え、ええ。そうですわね。聖魔法を学ぶために神殿で生活していたのですが」
「まあ、聖魔法使いですの」
「でも、人を癒したことはないらしいの。聖女ですのに」
その時、ふと昔の記憶がよぎる。病弱で、それを理由に私の大切なものを全て奪った妹。
「あの子は私の大切なものをすべて持っていってしまうから」
両親も、愛される全てを。
「まあ、それで」
後日このことが、学園に広まるようになる。姉の大切なものを全て奪う妹、聖女のくせに誰も助けない怠惰な妹と。
学園内で、私は妹に関わろうとしなかった。そもそも本人と会うこともなかったし、恐らく友人が気を使って情報が耳に入らないようにしてくれていたのだと思う。毎日忙しいこともあり、あの子の存在自体も忘れていた。
*****
もうすぐ学園も卒業というときに、事故は起こった。ずっと雨が続いていた。それが災いし、王都近くの山で土砂崩れが起こって、近くの町が被害を受けたのだ。かなりの家が巻き込まれたが、幸い王都に近く、救助に行けるものが多くいる。騎士団や魔法師団、神殿の聖女聖人達も多くが駆けつけることになった。
早ければ助かる確率もあがる。多くのものが急いだ。その瞬間を狙われたのだ。
王子に毒を盛られた。
王族は、毒殺という危機から逃れるために、幼い頃から、毒に慣れてはいる。少量の毒を摂取して耐性をつけているのだが、今回の毒は未摂取のものだったらしい。幸い主治医の処置が良くて、今は助かっているが、予断を許さない。
「大聖女さまは?」
「お呼びいたします!」
聖女聖人のほとんどがいない。居ても通常の神殿に来る患者の手当をしていて、すぐには来れないというのだ。王子が危険だというのに。
「そうだわ…」
聖女はいる。
「あの子を…メグを呼びなさい!」
聖女のくせに何もしない、あの子でも役に立つはずよ。ダメでも、ある意味役にたつはず。
騎士に引きずられるように、妹が部屋に入ってきた。ここは王子の寝室。今王子はベッドで死神と戦っておられる。私も戦わなくては。
「お、お姉さま。どうして」
私は妹の両腕を握って揺さぶる。
「早く治しなさいよ、あなたの聖魔法で」
妹は王子の様子を見て目を見開く。
「だ、大聖女さまを」
「一刻も猶予はないわ。あなたが癒すのよ」
さあ、あなたが治すのよ。だって聖魔法を持っているのでしょう?そのために学んできたのでしょう?
私から両親を奪って、髪飾りも奪って、私を悲しませてきたのでしょう?
今、その力を見せて、私を納得させてちょうだい。この時のために、私を苦しめてきたって。
妹が私の手を振り払い、王子に近づく。妹は、両腕を伸ばして手のひらを王子に向けた。
「何をするの」
妹が不思議そうな顔をむける。
「聖魔法で王子さまをお救いいたします」
「え?」
「私は、聖女です」
いつも皆がそう言っていた。お前は聖女だろと。だが妹はいつも、そうだけど治せないと否定する。だから偽物聖女と呼ばれていた。その妹が今更何が出来るというのだ。
妹は王子に向かって跪いた。
「さよなら、姉様」
小さく、妹の声が聞こえた。
妹は両手を王子に向けると、手のひらから光が放たれた。その光が王子だけではなく、全てを包んでいった。
*****
「遅くなり申し訳ございません、王子のご容態は…?」
扉を勢いよく開く音がして、はっとする。光に包まれていたせいか、一瞬気が抜けていたようだ。
声のほうを振り向くと、大聖女様達が到着していた。付き人の聖人が王子のそばに駆け寄る。
私も王子の方を向いたが、彼は眠っていた。呼吸が楽になっている。
「間に合いましたか…」
どうして、彼はあんなに辛そうだったのに、今はこんなに安定している。
私は認めたくなかった。妹の聖魔法が効いたのかどうか。そして、ベッドの横にいる妹の姿を。ゆっくりとベッド脇を見る。そこには、床に倒れ込んだ妹の姿があった。
自然とゆっくり後ずさった。そこに聖人が来て私の前にしゃがみこみ、妹の首に手を当てた。口元にも手を添える。
まさか、妹は。
「…どういうことなの」
「はい?」
誰に問いかけるわけではないが、疑問が口から溢れた。
「あの子は、聖魔法が使えないんじゃないの?」
「使えますよ。わずかですがね。自分を癒すだけの、小さな魔法です」
「それじゃあ、これはなんなの?なんで、なんで死んでいるのよ…」
そこにあったのは、妹の死体だった。
聖魔法を使い、王子を癒す。出来ないと言っていた。その意味を今私は目にしているのだ。
聖人は手で口元を覆って嗚咽を堪えているようにみえた。時折うめくような声が部屋に響く。
やがて彼は妹を抱き上げた。
「…弟子を連れていきます」
こちらに振り返った聖人は涙を流していた。
「王子の部屋を汚すわけにはいきません。このまま転移させていただきます」
転移魔法陣を持っていたようだ。軽く私に頭を下げると、2人は淡く光って消えていった。
「失礼いたします。王子殿下のご様子を確認させてください」
背後から大聖女様の声が聞こえてはっとする。
「え、ええ、お願い」
大聖女様と、王子の主治医がベッドに向かう。2人が確認して、頷きあう。
「もう、大丈夫です。王子殿下はご無事です」
主治医の言葉に力が抜けて、その場に座り込んでしまった。慌てて侍女が駆け寄ってくるのが視野に入る。
「よかった、ご無事でよかった…」
自然と涙が溢れてきた。
これは歓喜の涙だろうか。それとも。




