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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第8章 復讐の花咲く
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暴かれる闇 2

「だから、なんだと言うのだ? すべて一族のため、つまり国を思うがゆえの行動だ。人が生き国を続けていく上で甘受すべき悪を我らが担ったまで! 綺麗事を並べ立てるだけの貴様らとは違う!」


 珠姫はぞっと背筋を震わせた。

 蘇芳一族がおかしいことはとっくにわかっていたはずだったけれど、目の前にいる当主を名乗る男が度し難い怪物に思えた。


(これが凶つ神に魅入られるということ)


 恐らく善悪の判断がつかなくなっている。そしてその自覚がない。

 だというのにこの世の真理の一部を正しく語っているのだ。人が生きることにも国が在ることにも光と闇がある。万物の陰陽、光影、表裏や正負の均衡を巫術師として理解していた。


「我ら蘇芳一族こそが真の巫術師! それを悪と罵る者は、衰えた力と理想とともにせいぜい足掻いて絶えるがいい!」




 その瞬間理解した。――蘇芳一族の悲願、そして凶つ神の狙い。




 巫術師が力を失いつつある現在、絶大な力を持つ者が現れたなら、人々はその存在に縋るだろう。巫術師なのかそうでないのか、四竜を奉じるか凶つ神に魅入られているかは関係がない。四竜や巫術師に背を向け、ただ力ある者に乞い願うようになる。


 そして訪れるのは、凶つ神が信仰され、蘇芳一族は巫術師に代わる巫者として君臨する時代だ。




「ならば」




 それは意志。

 あるいは天啓。


 天上を降り、地から溢れ、珠姫の内から生じた真の誓言せいげん




「ならば私が凶つ神(おまえたちのかみ)を討ってやる」




 そのために私は、私たちは、ここに来た。




「お前たちの思い通りになどさせるものか!」




 一輪の花が伸びるように立ち上がった珠姫に丹造の哄笑が投げつけられる。


「できるものならやってみろ! 蘇芳一族の神に、分家の妾の子ごときが勝てるものか!」


 珠姫一人の力は微々たるものだ。

 凶つ神と戦うのならば命を賭けなければならないだろう。しかしそうしてすべてをなげうったとして強大な仇を討ち果たすことができるかどうか。


 そのとき、珠姫の背に手が触れた。

 隣に玄夜が並ぶ。――一人じゃない、と声が聞こえた気がした。



「――[これを聞こし召してば (かん)問わしに問わし給え]」



 玄夜の手に支えられながら珠姫は宣詞(のりと)を唱えた。


 巫術以前の原始的な祈りや呪いに、真名(しんめい)真姿(ますがた)がある。

 生命を成立させる御魂とその器は、真実の名、姿、生まれや由縁などと結びついている。特に名前を知られると御魂を奪われ支配されると考えられており、古代では通称を用いて真の名や姿を秘匿するのが常識だった。現代においては、皇王陛下の御名はみだりに口にしない、幼い貴族の子女は幼名を用いるなどの形で残っている。


 これは、そのまじないを源流にした、名と姿を暴いて力を削る古い巫術だ。



(凶つ神の力を少しでも削ぐ!)


「正体を明らかにして力を削るつもりか? 使い古された術式にどれほどの効果があるというのか!」


 告げるべき言葉を紡ぐ。心を強くする。嘲笑に揺らぐことのない祈りのために。




「[討つべき凶つ神、その姿は獣]」


 それは森や山野に潜むもの。生き物を食い、人を喰らう生き物。


 旭を殺した妖獣。力を与えた丹造が放った巫術の赤い犬。獣を従え、その力を与えるのだから、獣の姿を持っていることはすぐにわかる。




「馬鹿め、貴様らなどでは到底辿り着けんわ!」

「野葡萄。立葵。錨草」


 玄夜が呪文のように植物の名前を口にした瞬間、余裕そうに笑っていた丹造の顔が凍りついた。

 それまで虚ろにしていた梅乃や、気配を消すように小さくなっていた緋左子も、びくりと肩を震わせて顔を上げる。


「件の日のことは聞いた。珠姫には、儀式を手伝わせてやる、野葡萄は欠かせない、採取は大切な役目などと言ったそうだな」


 どの植物も、丹造たちが珠姫に集めてこいと言ったものだった。

 決して忘れないように、何度も何度も、心を刻むようにして思い返していた記憶だ。それを玄夜に話して聞かせた珠姫の語り口は、まるで宣詞(のりと)を唱えるように澱みなかったことだろう。


 丹造も梅乃も緋左子も口を閉ざしている。その日のことは覚えているが、自身が何を言ったのかはまったく記憶にないのだ。そういう人間だった。


「どれも薬になる植物だが、様々な文献を当たってみると、ある目的のために利用されていたことがわかった」


 珠姫が旭の死の真相を追っていたのと同じ頃、玄夜もまた、蘇芳一族の秘密を探るために動いていたのだそうだ。


 多数の人間が亡くなっていることから命に関連する危険な術を使っているのではないかと予想し、宮廷巫術師や名家の長の立場を利用して、古文書や閲覧権限がかけられている禁書などを調べたのだという。

 立葵には抗菌、錨草は滋養強壮、野葡萄は消炎作用など、医薬について心得のある巫術師なら知っていてもおかしくはない。だが希書に触れていた玄夜は他に利用目的があるはずだと確信し、冬路や寒翁を巻き込んで調査を進めた。


「ある禁書にはこう書かれている。――葬送を意味する立葵、媚薬となる錨草は供物の目印。野葡萄は力持つものの名と姿を隠匿するための見立てとする」




 玄夜が調べた邪な力、危険な術とされたものの古い記録。

 珠姫が語った過去の出来事。

 一族を離れながら監視を続けていた宍雄と、一族内で見聞きしていた丹久郎からの情報。


 現在の状況とそれら大小の断片を並べ、繋ぎ合わせて、いま、ようやくたどり着いた。




「野葡萄の異称は『犬葡萄』」




 名を暴く。

 隠されたものを見顕す。


 玄夜の眼差しと珠姫の祈りが、丹造を、蘇芳一族を、そして闇に潜む仇を射抜く。






「[討つべき凶つ神、その名は狗神]――!」






 その刹那、閃光が走り、天地を裂くような雷鳴が轟いた。

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