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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第8章 復讐の花咲く
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暴かれる闇 1

 こうして楓屋敷は制圧された。


 屋敷の者たちは激しい抵抗を見せることなく、それぞれの場所で墨月一族の巫術師たちの監視下に置かれた。近くの里に下りていた者には迎えが行き、森や畑に出ていた者は連れ戻されて、女中頭と厨女、さらに老僕という三人の点呼によって全員揃っていることが確認された。


 この時点で、皇都にある蘇芳一族本家本邸は墨月一族先代当主たちの手で抑えられている。蘇芳一族側の動きを封じるため、力と人脈を備えた巫術師である先代にも協力を依頼していたのだった。


「行こう」

「はい」


 珠姫は玄夜にいざなわれて、丹造たちが閉じ込められている広間に向かった。同行するのは一族次席の冬路、当主の側近である椋人、さらに護衛役の巫術師三名だ。


 広間には三重の結界が張られ、内外問わず容易に破られないように閉じられていた。

 牢番さながらの巫術師たちに見守られながら珠姫たちは室内に踏み込み、そして言葉を失った。


(……これは)


 一族の歴史を積み重ねた格式高い広間はひどい有様だった。床板や天井に無数の傷が走り、上座の畳は切られて吹き飛んで、几帳や筵、厨子といった室礼も壊れてあちこちに転がっている。


 そんな状況で、ふー、ふー、と荒い息を吐き、目を血走らせて拘束から逃れようともがく丹造は獣か鬼のようだった。

 同様に拘束されている緋左子と朱葉は部屋の隅に逃げていて、衣服や髪を乱し、恐怖に強張った顔を涙と鼻水で汚してがたがたと震えている。梅乃は涙こそ流していなかったが、恐ろしい思いをしたのか白粉を塗るよりも白い顔をして、何を見ているかわからない虚ろな目をしていた。


「かなり暴れたので拘束したそうです。そのときこのような惨状に」


 囁いた椋人に「駄々っ子のようだな」と玄夜は薄笑いで返し、丹造の前へと進み出た。


「己が身の処し方は決まりましたか、蘇芳殿」

「墨月ぃ……!」


 低く唸った丹造が唾を飛ばして吠える。


「許さん、許さんぞ! 我ら蘇芳にこのような真似をして、ただで済むと思うな!」


 ここに至ってもまだ状況が理解できていないらしい。心底軽蔑しきった玄夜のため息と冬路の苦笑いが落ちた。


「お前たちが巫術と偽って妖術を用いていたことは調べがついている。その力の源が凶つ神と呼ばれる大妖で、一族分家筋の者や庶子を供物としていたという証言もある。天願国の守護者たる巫術師が四竜以外のものに下る、それがどれほどの罪か、知らぬわけがあるまい」

「証言など、貴様らのでっち上げだろう!」

「お前の弟、蘇芳一族次席が証人だ」


 丹造は大きく肩を揺らし、憎々しげに吐き捨てた。


「丹久郎……姿が見えんと思ったら……!」


 捕縛後、改めて自供した丹久郎はその後、重要参考人として保護されている。逃亡や口封じを防ぐため、勅命を受けた玄夜にすら居場所は知らされず厳重に守られているらしい。当然、丹造や蘇芳一族の誰であっても接触することは不可能だ。


 内情を知る身内が敵の手に落ちたと知ってぎりぎりと歯を噛んでいた丹造は、しかし、ふんと鼻を鳴らしてこちらを嘲笑った。


「貴様の言うことが真実だったとして、それがどうした! 当主である私が、一族の長が、一族存続のために犠牲を払う選択をしただけのこと。役にも立たない一族の者を使ってやっただけの話ではないか!」


 だん! と強く床を蹴る音。

 ごっという衝撃音、どたたっと床に倒れ込む身体と、化鳥のごとき女たちの悲鳴。


「あぁ!? 役に立たねえ無能はてめえだろうが! しかも犠牲だ? ただの人殺しじゃねえか!」


 護衛の巫術師の一人に紛れていた宍雄が、殴り飛ばした丹造の襟ぐりを掴んで激しく罵る。見たこともない怒りの形相で拳を振るう姿に、すぐさま珠姫は「師匠!」と飛びついたが、こちらに目もくれない師に易々と振り払われてしまい、倒れ込んだところを玄夜に抱き止められる。

 結局椋人が入れ替わるようにして前に出た宍雄を止めてくれた。

 宍雄は羽交い締めにされて引き剥がされたが、我を忘れているわけではないらしく、肩で息をしながら丹造をじっと見下ろしている。荒い呼吸の合間に「秋穂……」と師が何度か口にしていた覚えのある女性の名前を呟いたのが聞こえた。


 殴られるままになっていた丹造は折れた歯で口内を切ったらしく、ひいひいとか細い悲鳴を上げながら鼻と口から溢れる血に咽せている。


 そのとき玄夜の発した言葉が、混沌と倦んでいた空気を断ち切った。


「一族の者だけではないだろう」


 なんのことなのか。疑惑の視線が集中するなか、玄夜は冷ややかに続ける。


「冬の頃にある事件があった。皇都の西のある一帯で大規模な呪詛が行われていたというものだ」


 珠姫ははっとして玄夜を見た。


 それは、一面の白に覆われた耕地と雪風の舞う夜。後に一人の巫術師として玄夜に見出されることになった珠姫は、その日呪殺という邪な巫術とそれに苦しめられる人々に遭遇した。その事件のことだった。


「呪いは祓われ、呪詛返しを受けて実行犯は死んだ。身元を調べたところ、南部領の出身で、すでに職を辞していたがかつて巫術書記(ふじゅつのしょき)だったことがわかった。呪物にされた土器(かわらけ)は実母の故郷に伝わるものだ。市井出身だったが才能を買われ、ある巫術師一族の部屋住みになっていたという」


 玄夜は真っ直ぐに丹造を見ている。




「その一族の名は、蘇芳。――巫術書記に呪詛を行わせたのは、お前だな」




 まさか、と珠姫は信じられない思いで丹造を凝視した。




「一族以外の人間を……無関係の人たちを凶つ神の生贄にしようとした……!?」




 しかも直接手を下すのではなく、蘇芳一族とは関係のない巫術師を利用して使い捨てたのだ。言われるがままに使われた巫術師は、より高い役職を約束されたか強い力が得られると唆されたか。呪詛返しを受けて口封じを受けた彼が真相を知ることはなかっただろう。


 だから、珠姫が丹久郎と遭遇したのは決して偶然ではなかったのだ。巫術書記の住居跡にやってきた珠姫を丹久郎が追ってきたのは、一族の秘密を嗅ぎ回る者を警戒したから。そうやって証拠となるものを隠滅して回ったり関わりのある場所を見張ったりしていたのだった。


(そこまでして力が欲しかったのか。でも、だからって)




 一族のためなどではない。これは私欲に駆られた身勝手な凶行――ただの人殺しだ。






「……だから?」


 だというのに、丹造の言葉はまるで無垢だった。

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