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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第8章 復讐の花咲く
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復讐の花咲く 2

 妻問いの贈り物を持参したのでも求婚にやってきたわけでもない。


 墨月一族当主を通じて告げられたいと尊き方の上意に、蘇芳一族の者たちは一斉に顔色を変えた。


「なんだと!?」

「なっ、な、何かの間違いですわ!」


 叫んだ梅乃が這いつくばるようにしながら、玄夜を媚びるように見上げて訴える。


「わたくしたち蘇芳がどれだけ誠心誠意お仕えしているか、御上はご存知のはずです!」

「そうだ! 御上がそのような命令を下すはずがなかろう! 勅命を騙るなど、この逆賊が!」

「あなた方の罪を暴いた巫術師を紹介しましょう」


 罵声を聞き流した玄夜は、控えていた一族の者たちを振り返って手を差し伸べる。


 当主の意を汲んで一斉に一歩下がった椋人たちの目礼を受け、颯爽と前に出た珠姫は、玄夜の手を取るとその隣に並び立った。


(――――……)


 懐かしくも憎らしい顔ぶれを前にして、心身に与えられた暴力と侮蔑、忘れられない過去が、珠姫の胸を掻き乱す。

 しかし指先に触れる手にきゅっと力が込められたとき、玄夜の言葉を思い出した。




 ――誇り高く、勇ましく、晴れやかに笑え。




(私が如何なる罪人であろうと、いまだけは)




 墨月一族当主、墨月玄夜の隣に立つにふさわしい巫術師であるために。




「私の協力者にして、墨月一族ととともに皇王陛下の勅命を受けた巫術師――蘇芳一族分家本流の娘、珠姫です」




 白の直垂、朱色の胸紐と袖括、深緋の切袴。

 足には白い脚半と赤の鼻緒の草履。

 髪は黒と銀の組紐で一つにまとめ、紅椿を模した髪飾りをつけている。

 腰に眩い黄金色の下緒を結んだ愛用の打刀、黒漆に金無垢をあしらった墨月一族から借り受けた脇差の二振り。腰袋には巫術具の符や石、薬などが入っている。



 名家出の女巫術師そのものに装った珠姫が微笑の面を被って告げた。



「大変ご無沙汰しております、ご当主様、北の方様。奥様とお嬢様もお元気そうで何よりです」




 次の瞬間、耳をつんざくような悲鳴と怨嗟の声が迸った。


「お、おっ、お前、お前ぇえ!」

「ちょっと、あの汚らしい役立たずがどうしてここにいるのよ!? 何よあの格好!」


 長く虐げていた妾の子、放逐された幼い婢女を、本妻とその娘は覚えていた。叫びを聞いた丹造と梅乃も目の前の娘が何者か思い出したらしい。


「き……貴様は……」


「はい」と珠姫はにこやかに答えた。


「旭が死ぬことになった原因の、あの日あなた方が生贄にし損なった婢女でございます」


 追放したはずの小娘が戻ってきた。勢力を争う他家の者たちを引き連れて、御上の命令でやってきた。

 真に退路を断たれつつある状況を理解して言葉を失う丹造たちに、玄夜が御上の意向を申し渡す。




「蘇芳一族とその郎党は、天願の守護神たる四竜を懐疑し、悪しきものに下った。よって皇王陛下の名のもとにあなた方を捕縛する」




 そうして彼は「逆賊と言ったな?」と冷ややかな笑みを浮かべた。


「凶つ神のしもべに成り下がったお前たちこそ、国と民に仇なす逆賊だ」


 瞬く間に丹造の傲慢な顔から血の気が失せたかと思うと、全身をがたがたと震わせ、歯を鳴らし始めた。梅乃はへたり込み、緋左子はわなわなとしている。


「何、なんなのよ!?」


 たった一人だけ何も知らないらしい朱葉の喚き声が空虚に響く。


「墨月一族の当主が私に求婚するんじゃないの!?」


 玄夜たち墨月一族は思わせぶりなことを言いながら楓屋敷への訪問の約束を取り付けただけで、実際に求婚するとは宣言していない。蘇芳一族側が勝手に勘違いしたのだ。よくもそこまで都合のいい思い込みと決めつけができるものだと思うが、そこまで自分自身に絶対の自信があるのだとしたら、いっそ羨ましい。


「ねえお母様! 丹造様!? ちょっと、聞こえてる? ねえったら!」


 朱葉はきんきんとした声で母親を呼び、当主に声をかけたが、誰も疑問に答えてくれないと知ると自信がまずい状況にあると理解したらしい。途端に瞳を潤ませて哀れっぽくすんすんと鼻を鳴らした。


「玄夜様と結婚できると聞いて本当に嬉しかったのに……騙すなんてひどいわ! 私は何も知らないし、何もしていないわ。ただあなたを好きになっただけ……」


 名家の血を引く娘らしく容姿に恵まれた朱葉がそうして涙ぐんでいると、事情をよく知らない者は同情し、なんとか助けてやりたいと思うのだろう。


「へえ?」


 しかし墨月玄夜はそういう人間ではなかった。朱葉に余計な言葉をかけることもせず蔑むように冷笑した。

 すぐにそれを悟って焦った朱葉は、珠姫に指を突きつけて憎々しげに目を釣り上げた。


「玄夜様はこの女に騙されているんだわ! 嘘ばかり言って私たちを悪者にして、そうやって弱々しい顔をして玄夜様に守られて、どれだけ面の皮が厚いの。この性悪!」

「これはこれは、丁寧な自己紹介をありがとうございます」


 微笑んで言えば、朱葉は「は?」と言って固まり、数秒を置いて顔を怒りで真っ赤に染めた。


「この、こっ、この……っ!」


 すぐに反応できなかったのは珠姫にやり返されたのが初めてだったせいだろう。従順に従うものだと思い込んで言い返されるとは想像もしなかったのだ。あれから何年経ったと思っているのか。


 うんざりする気持ちをため息で紛れさせつつ、珠姫も玄夜にならって朱葉を無視した。


「当主一同は母屋の広間へ、巫術師たちは蔵に閉じ込めて封じ、使用人はまとめて中庭に集めるのがよいかと思います」

「では君は家人を頼む。椋人はその手伝いを」


「はい」と珠姫が答える声に「何か言いなさいよ!」と朱葉のきんきん声が重なる。それも聞こえないふりをして椋人とともに屋敷に足を向けると、屋敷に侵入されると気付いた丹造が「おい!」と叫んだが、玄夜の指示を受けた巫術師たちに囲まれていては、繋がれた犬が吠えているようなものだった。

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