復讐の花咲く 1
緑深い山々を切り拓いた道を、黒い装いの者たちが練り歩いていた。
恭しく旗を掲げ、傘を差す者がいれば、長持ちや荷を担ぐ者がいて、貴人に仕えるような緋袴の女たちの姿もあり、立派な車には馬を引く者と太刀や大弓を携えた武者が車に随行して、ずいぶん物々しい。これを目の当たりにした近隣の里人たちは、まるで嫁入り行列だと噂しあった。
「由緒正しい巫術師一族の若様がいらっしゃるそうだよ」
「楓屋敷に向かっているみたいだけど、もしかしてあのお嬢様を? そりゃあまた……」
「まあ、性悪でも、蘇芳のお血筋だからねえ」
「それでこんな時期にご当主一家が戻ってきたのか。いつもより早いから、とうとう都を追い出されたのかと……」
そうして「北祭の斎院様の行列もきっとこんな感じなんだろうねえ」と数日後に行われる皇都の大祭のことを言い合い、近頃の雨の少なさや畑や山仕事についてと話題はとりとめなく移ろっていく。
周到に計画されたものだと誰にも知られることのないまま、黒い行列は、蘇芳一族分家の楓屋敷へ向かっていく――。
――始まりは、墨月一族の当主が花嫁を探しているらしい、という噂だった。
少し前に、一族の者たちの間で当主は恋人のもとに通っているのではないかと話題になっていたことが、話の信憑性を高めたらしい。どこから聞きつけたものか、三日と経たずに殿上人を介して貴族や巫術師一族の娘たちが売り込まれてきた。
訪問者も釣り書きも、これまでは当主代理の冬路が断ってきた。それを玄夜は黙って受け取った。そして片っ端から「一族の将来を考えて妻を迎えたい」という言葉を添えて、巫術師の名家の者に絞りたい意向を示してふるいにかけた。
巫術師一族、特に宮廷巫術師の役目を負う名家は、よほどのことがなければ他家と姻戚関係にはならない。強い力を持つ次世代を望んで血筋を留める一族結婚を選ぶからだ。そのため男が本妻の他に妾を囲い、その子を養子に迎えるなどして一族を継続させていくこともままあった。
そんな名家でありながら密かに縁談を持ち込んできた蘇芳一族は、つまり、決して公にはできない『よほどの事情』を抱えているということだった。
(墨月一族の血なら喉から手が出るほど欲しかろう)
旭の死後、新たな次期当主を立てることができないままでいる蘇芳一族にとって、墨月一族当主との婚姻はまたとない好機だ。分家筋には適齢期の娘がいる、若い夫婦なら子どもは二人、三人と望める、墨月一族にとっても悪い話ではない、そんな都合のいいことを考えたのだと容易に想像できた。
さらには、北祭の神事を蘇芳一族が主導となって執り行うとされたこと。
仕事は皇女でもある斎王が奉仕する北祭の補佐役で、流鏑馬、御禊、歩射、競馬、御生の前儀を仕切るなど中心的な存在となる。
大役を担うのに、人がいない、力が足りないでは済まない。
ではどうするか? ――力が欲しいと凶つ神に訴えるだろう。
そして予想通り、蘇芳本家の連中は楓屋敷へ向かった。祭事の前の多忙な時期に皇都を離れるのは、そうしなければならない理由がその地にあるからだ。
(恐らく凶つ神はそこにいる。玄夜様や寒翁が調べた通りだ)
いま、蘇芳一族の本家筋の者たちはひとまとめに皇都から引き離されている。これを一斉に叩くために、玄夜は「一族の将来のために話し合いたい」と打診し、あたかも求婚に出向くような態で、墨月一族の者たちを引き連れて楓屋敷を目指していた。しかし花嫁の迎え人に見える行列は、旗持ちも、侍女に見える女たちも含めた全員が、武装した巫術師だ。
この一行の中に、同じく装いを変えた珠姫も加わっていた。
(まったく懐かしさの欠片も感じないな)
楓屋敷で暮らしていた頃は、外出を許されず、来客の前に出ることも禁じられて、少しの暇もないほど仕事を与えられていたから、見覚えがなくて当然だろう。人の住む里にも田畑の間を行く道にも、屋敷に続く山の中を貫く石段にも、馴染みがないどころかなんの感慨もない。
「――……っ」
しかし、屋敷林の中で威容を誇る古い屋敷は、そこに在るだけで珠姫に強烈な恐怖を呼び起こした。
殴られ、蹴られた痛み。刺すような水の冷たさ。喉の乾きと飢餓感。
そして、大切なものを失った絶望と悲しみ。
目眩と吐き気で呼吸が浅くなる。心の臓が痛い。いますぐ大声で叫ばなければ壊れてしまいそうだ。
もう二度と戻ることはないと思っていた。けれどいつか戻らねばならないと思っていた。二度と戻らないと決めた。それでも戻りたかった、あの日に時を巻き戻すことができなかったとしても。戻りたくなかった。戻ってしまった。戻ってきた。
「遠路はるばるよう来られた、玄夜殿!」
過去と恐怖で染められつつあった珠姫の意識を引き上げたのは、来訪者を出迎えた因縁の相手の声だった。
「ようこそ、楓屋敷へ。我ら蘇芳は墨月一族を歓迎する」
そこには蘇芳一族当主夫妻の丹造と梅乃、側近の巫術師たち、そして緋佐子と朱葉の母娘の姿があった。
丹造は以前より肥えており、梅乃は厚化粧をして、どちらも加齢を隠しきれていない。緋佐子も同じようなもので梅乃と張り合うように濃い化粧と派手な衣装で装っている。
そしてそれにも増して朱葉は派手だった。赤地に黒と金の牡丹の咲く表着は墨月一族を意識したらしい。耳元には牡丹花を模した髪飾りをつけている。黄金の扇を翳しながら、いますぐにでも玄夜に擦り寄りたくてうずうずしているのがわかる。
それに気付いているはずの玄夜はどこまでも涼やかに、当主の顔で応じていた。
「当主夫妻御自らのお出迎え、恐れ入ります。本来ならばこちらが本邸に出向くべきものを、守護領にまで押しかけてしまい誠に申し訳ございません。こうして歓迎してくださることを心より感謝申し上げます」
とことん下手に出る玄夜に、丹造はだいぶ気を良くしているらしく上機嫌に笑っている。
「いやなに、こうしたことは迅速に、かつ一度に済ませた方がいいと考えたまでのこと。北祭の日がすぐに迫っていて蘇芳も墨月も多忙ゆえな」
「お気遣い痛み入ります。あまり時間をかけてはご迷惑でしょうから、回りくどいことはせず、さっさと済ませてしまいましょう」
にこやかに言って玄夜が手を上げる。
これが合図となった。
ひっそりと控えていたはずの黒衣の者たちが一斉に動き出した。
長持ちに入っていたのは妖祓いのための武器、下ろした荷には丹造たち逃がさないための拘束用の縄や符、結界用の石などが入っている。女巫術師たちは花嫁の世話をする女房ではなく、あくまで女性に配慮しただけの人員だ。
そうした武器を手に、ある者たちは丹造たちを取り囲み、またある者たちは敷地内へ走り、あるいは別の者たちが屋敷に踏み入って、また他の者たちが屋敷林の中へ散っていく。
墨月一族の巫術師たちに刀や槍を向けられた丹造たちはぎょっと息を飲んで顔色を変えた。
「なっ、なんだ! 何事だ!?」
「くれぐれも抵抗はなさらぬよう。罪状を増やしたいなら別ですが」
玄夜の冷たい言葉と椋人たち護衛の鋭い一瞥を受け、分が悪いと見たらしい丹造付きの巫術師たちは印を結ぶ手を解くと促されるままに武器や術具を投げ捨てていく。
「こっ、こんなことをしてどうなるかわかっているのか!?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
そう言って、玄夜は貼り付けていた笑顔の仮面を剥ぎ取った。
「皇王陛下のご詔命に従い、蘇芳一族当主以下妻子眷属、従者、使用人に至るまで一人残らず捕縛する」




