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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第7章 誇り高く、勇ましく、晴れやかに
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生きる意味 2


 燈籠や燈台に火が入れられた大内裏は申の刻下がり(十六時)を過ぎると、宿直や夜番の者を残して静寂に包まれる。

 宮廷巫術師たちによって守られた宮城に異変など起こるはずもない――ゆえに、城内で白鷺一族の者たちが暗躍し、蘇芳一族の罪人が囚われ、墨月一族当主が詮議を受けていることを知るのは、国主にして城の主を含めた一部の限られた者たちだった。


 珠姫は白鷺一族の宮廷巫術師に連れられて、宮城の奥にある名があるかもわからない建物の一室で待機させられた。案内役の物言いは柔らかく丁寧ではあったが、一時勾留であることは明らかだった。

 宍雄や丹久郎、椋人とは引き離されていた。恐らく別の場所で拘束されているのだろう。

 巫術寮にいる墨月一族の巫術師たちは無事だろうか、墨染邸の人々は、と考えて、玄夜が椋人に告げた『秩序を保つよう』という言葉で打ち消した。状況がわからないまま動くのは得策ではない。周囲を危険に晒したくないのであればなおさらだ。

 そのままにしていた顔の傷の手当を申し出られたが、断った。甘んじて受けるべき痛みはこれ以外になかったからだ。


「………………」


 どうやら一人になったらしいと知った珠姫は、ゆっくりと崩れ落ちるようにうずくまった。


 大きく吐いた息は震えていた。視界が黒とも赤ともつかない感情に塗り潰されていくのを、強く手を握りしめて宥める。


(呑まれるな)


 悲しかった。辛く、苦しかった。

 けれどそれ以上に、悔しい。

 旭が悔やんだようにあの頃の珠姫もまた無力だった。目の前の大人たちに、襲いかかってくる現実に、争う術を持たない子どもだったのだと、いまになってこれほど思い知らされるとは思わなかった。


 旭。――ああ、旭。あなたはいったいどんな気持ちで、私を。


(呑まれてたまるか)


 悲しみは力を削ぐ。怒りは目を眩ませる。

 憎しみや苦しみに囚われるのではなく、生きて望みを叶える糧にしなければならない。

 だから珠姫は巫術師になり、復讐を果たし、贖いを誓って、ここまできた。

 真の敵がいて未だ復讐が終わっていないというのであれば、すべきことは一つ。




(私は、凶つ神を討つ)




 そのためにはまずやっておかなくてはならないことがある。


 目元を濡らしていた涙や顔の汚れを拭った珠姫は、部屋の外に「誰か」と呼びかけた。


「どなたかいらっしゃいますか」


 さほど間を置かずに「はい、何か」と声がして、先ほどとは別の、霞色の狩衣を着た白鷺一族の巫術師が現れた。


「いま起こっている騒ぎのことで、お話ししなければならないことがあります。私を詮議の場へお連れください」


 何を言い出すのか、と巫術師は珠姫を見る目に警戒を滲ませた。


「話、とは」

「その可否を判断できる方に申し上げます」


 下っ端には用はない。遠回しの挑発はよく効いたようで、ぴくりと眉を跳ね上げた巫術師は何も言わずに身を翻し、しばらくもしないうちに別の巫術師を伴って戻ってきた。


「お待たせしました。どうされましたか?」


 玄夜と対峙していた、白鷺一族の上席と思しき卯ノ花色をまとった若い巫術師だった。

 立ち上がった珠姫は真っ直ぐに彼を見据えて、口を開いた。


「墨月一族当主、玄夜様の無実を証明させていただきたい。一族の方々にはなんの責もないことをお上の方々にお伝え申し上げたいのです」


 それを聞いた彼はゆったりと目を瞬かせて首を傾げた。


「あなたの証言ごときで何が変わるというのでしょう」


 微笑み混じりの穏やかな様子に、珠姫は言葉を失った。


「今上陛下は天願あまはらを統べる守護者。墨月一族当主は数多いる臣の一人。護国を使命とする者として今上は詮議を行うべきと判断され、墨月殿はそれを受け入れた。当然すでに事実確認は済んでおり、いまここで真実の一つや二つが出てきたところで今上の決定は覆りません」


 取り調べとは名ばかりで、すでに根回しは済んでおり、筋書き通りに事が進むだけ。権力の絡む場では日常的に行われていることとはいえ、改めてそれを突きつけられると、口の中に苦い味が広がるようだ。


「他者のために我が身を顧みず申し開きをしようとする志は大変立派ですが、それは、あなたの自己満足に過ぎません」


 おわかりですか、と、彼は優しく丁寧に珠姫の心を抉る。


「善人ぶるのはやめておくことです。他者に手を差し伸べ、助けを施しても、見返りはごくわずか。褒め称えられることもない。あなたのあやまちは消えないし、罪が軽くなることもないのだから」




 犯した罪は消えない。赦しはない。

 贖罪は終わらない。命が尽きるそのときまで。

 身を尽くし、傷付き、苦しむことを喜んではならない――献身は、贖いではない。




(それでも――)


 だからこそ。




「何もしないよりはずっとましだ!」


 唸り、血を吐くように珠姫は叫んだ。




 無駄な行いかもしれない。必ず報われるわけでもない。独りよがりだ、偽善だと言われても仕方がない。それを理解してほしいとは思わない。ましてや称賛など欲しくもない。


 けれど、でもそれでも、と足掻かなくてはならなかった。




「私は、巫術師」




 脅威を退けられる強さを持ち、無力な者に寄り添い、戦う、人々のための巫術師。


 それは旭の喪失と引き換えに得た、私の生きる意味。




「助けたいと祈り、守りたいと願うから、四竜は力を貸してくれる――私はそれを知っているから」




 祈り、願い、身命を捧げて尽くす。その果てのない奉仕は、決して無駄ではない。




 白鷺一族の巫術師は呆然としていた。初めて珠姫を見たかのように目を逸らすことができずにいる。


「そちらの考えはわかりました。ですが私の言葉が無駄かどうかはそれを聞く方が決めることです。私ごときの相手をするのは無駄でしょうから、早急に、他の方へお取り次ぎをお願いいたします」


 悪意に塗れた笑みには、にこやかな笑顔と礼儀正しく棘のある言葉を。

 毒を吐いて木を挫こうとする輩に従ってやれるほど、珠姫は素直でも大人しくもないつもりだ。


 汚れてはいたが娘らしい着物のせいで珠姫を侮っていたらしい相手方が面食らっているのに「もう一度申し上げましょうか」と言った、そのときだった。




「…………っ……」




 部屋の外で、声を押し殺す気配がした。


 気のせいかと思うまでもなく、くっくっくっくっ、と肩を震わせているのが想像できる笑い声が聞こえてくる。訝しんだ珠姫は眉を寄せ、白鷺一族の巫術師は貼り付けていた笑みを剥がすとうんざりとため息をついた。


「すぐ後ろにいて知らぬ顔とは、まったく、いい趣味をしていらっしゃる」

「典型的な殿上人がやり込められることほど胸がすく光景もないだろう」

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