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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第7章 誇り高く、勇ましく、晴れやかに
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生きる意味 1

 墨月一族当主の玄夜の立場を慮ってのことだろうか、大内裏への移送は二台の車を使って丁重かつ極秘裏に行われた。

 巫術を封じられることはなかった。逃亡や抵抗の気配を見せれば叛意ありと見なされてさらに立場が不利になる、それくらいわからぬわけがないだろう、という無言の圧が感じられた。

 珠姫は玄夜と相乗りとなった。分けてやりたいが用意できていないので、と玄夜に合わせた上等なしつらえの車に同乗するように言われたのだ。疑いをかけられている状況で娘扱いされて珠姫が面食らったのは言うまでもない。


「白鷺一族は女性を大切にする風潮がある。大人しくしていれば敬意を持って接してくるはずだ」


 玄夜はそう説明して、車の壁にもたれて目を閉じた。


 暮れ始めた空の下、行き来する人々の足音、家畜の声、すれ違う車の音が近付いては遠ざかっていく。騎乗した白鷺一族に囲まれた馬車が堂々と市中を通る様子は、ただ貴人が物々しく移動しているようにしか見えないだろう。


(身柄を確保されたのは、蘇芳一族について調べていることがばれたから? それとも別の理由? 御上のご命令だというのは本当だろうか。これで墨月一族の立場が危うくなったら……あんなによくしてもらったのに、どうすれば……)


 しかし、明らかにされた事実を未だ受け止めきれていないのに、妙案など思いつくはずがない。

 ごとごとと馬車の進む音を聞きながら、珠姫は膝の上の手を強く握りしめた。


(みっともないところを見せて、迷惑をかけてばかり)


 言うべき言葉を見つけられない唇を噛む。


 無礼な振る舞いをした自覚はあった。旭の死もそれにまつわる多くの真実も、珠姫の抱える激しい感情の数々も、玄夜にはなんの責任のないものだ。珠姫と関わったばかりにどんなに嫌な思いをさせただろう。こうして身柄を確保されたことで墨月一族の立場を危うくするかもしれないことを思うと、とても謝罪の言葉では足りない。


 やがて際立つようになった静寂に、馬車が大内裏に入ったことを知る。


「庇ったんじゃない」

「……え?」


 鈍い思考を巡らせていた珠姫が顔を上げると、玄夜が目を開けてこちらを見ている。


「庇ったわけではなく、割り込んだのも退かなかったのも、君を加害者にしたくなかったからだ」




 いつの間にか、黄昏時の闇が迫っている。


 そのただなかにあって玄夜の瞳は、魔を祓う巫術のような澄んだ光を放っていた。




「誰かに傷を負わせたら、君はそいつのことを思いながら償いをするだろう」




 それが嫌だった、と、玄夜は呟いた。




「他の男のことばかり考えないでほしいと思った。――この意味が、わかるかい?」




 この目を、知っている。


 珠姫を真っ直ぐに見つめる瞳。その奥に揺らめくもの。それに気付いたときの恐ろしいほどの胸の震え。




「――――」




 雪が、降っている。


 温かい雪が降り積もって、舞う桜花のように心を埋めていく。もうこれ以上痛むことがないようにと、未だ血を流す過去の傷を優しく覆う。




「…………わたし……」






 その意味を、私は。






 つかの間の幻視を破ったのは、馬車が停止する揺れだった。


 人が動き回る気配がして、しばらくもしないうちに前方の御簾が巻き上げられる。霞色の狩衣を着た白鷺一族の巫術師に促されて降車したが、ここでも彼らは珠姫に手を貸し、手燭で足元を照らしながら見守るという配慮を見せてくれた。


「墨月様はこちらへおいでください。他の方は一族の者が案内いたします」


 一族の者に指示を出していた卯ノ花色をまとった巫術師が告げる。

 分断されると知った椋人が「私も」と前に出たが、当の玄夜が手を挙げてそれを制した。


「軽挙妄動を慎み、秩序を保つよう心がけろ。当主命令だ」

「……御意」

「御上のご意向に沿う方には誠実に対応しますので、どうぞご安心ください」


 どうだか、と宍雄が低く吐き捨てる隣で丹久郎は静かにしていた。玄夜や珠姫、宍雄のみならず白鷺一族の介入があったことで覚悟を決めたらしい。すでに裁きを終えて刑罰の執行を待っているかのように粛然としていて、珠姫と戦っていたときの荒々しい気配はなく、まるで別人のようだった。


「珠姫」


 目を向けた珠姫に、玄夜は目を細めるようにして微笑んだ。


「君は、さっきの問いの答えを考えておくように」


 きっといい暇つぶしになる、と言われた珠姫は小さく息を飲み、顔を歪めた。そうしなければいまにも涙が溢れてしまいそうだった。


 晴れやかに嘯かれたそれは、掴みどころも隙もない玄夜の深い思いやりと優しさだった。あるいは旭の死、一族の罪、討つべき仇に珠姫の心が囚われることのないようにという祈りだった。


 珠姫は涙を滲ませながら、たった一人で戦いの馬に誘われていく玄夜を見送った。その背が見えなくなるまで。夜風に冷えることを案じた案内役の巫術師に促されるまで、ずっと。

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