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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第6章 死に損ないの真実
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死に損ないの真実 2

「旭は、凶つ神に生贄を捧げて望んだ子だった」






 何を言っているかわからなかった。


 呆然とする珠姫を置き去りにして丹久郎の告白は続く。


「一族の長にふさわしい才能を持つ子を、すべての巫術師の頂点に立てる者を、と兄は願い……必要な対価を支払って息子を得た。旭と名付けられたその子は天性の巫術師であり、同時に、凶つ神の力の器となるにふさわしい祭主でもあった。……その出自と力の由縁を知る者はほとんどいなかった」


 不意に、血の味がした。

 唇を噛み切ったのだと気付いたが、強張る身体は震えるばかりで言うことを聞いてくれない。


「あの日は、朝から不吉な雷鳴が轟いていた」


 その瞬間、厚い雲に覆われた暗い朝の景色が、珠姫の目の前に広がった。


「夏だった。秋になれば旭は蘇芳一族の次期当主として正式に参内することになっていた。役目を引き継ぐいい頃合いだと考えた兄たちは、旭に初めての儀式を行わせようとして、すべてを話した」


 生温い空気と風。咲かない朝顔。


「旭は信じられないという顔をして、それが事実だと理解すると、父母を激しく責め立てた。なんと愚かなことをしたのか、巫術師一族の誇りを忘れたのかと言い、人殺しだと罵って、蘇芳一族と凶つ神の繋がりを断つと宣言した」


 低い轟きが、珠姫の心の臓を叩いている。


「激怒した兄は一族の者に命じて旭を蔵に閉じ込めた。こうなることを見越して兄は朝餉に薬を仕込んでいて、旭は抵抗することができなかったようだった」




 雷鳴が聞こえる。――じきに嵐がやってくる。




「そのときの生贄は、分家本流の庶子だった」

「…………っ……」


 小さく息を飲んだ。


 暮れゆく森の中で摘み取った草木の匂いが、焦燥に粘つく汗の感触が、珠姫を過去へ引きずっていく。


「選ばれるべくして選ばれたと言ってもよかった。その庶子は一族に迎え入れられず婢女として働いていたが、旭はずいぶん目をかけていたらしい。本家はそんな娘を次期当主に近付けたくないと思い、分家はその庶子よりも実子を嫁がせたいと考えていた。次の供物と定められたのは早く始末したいという双方の利害が一致した結果だった」




 声が聞こえる。

 死ねばいいのに、早く死んでしまえ、と、珠姫を呪う。




「俺は、それを旭に知らせた。そうして蔵にかかっていた封印を弱めた。その後に何が起こるかわかっていて、そうしたんだ」




 闇深い夜、隠形の巫術を身に纏って彼は駆けたことだろう。珠姫の持つ片割れの符が指し示す方へ。


 家族や一族を裏切っても、彼自身が正しいと思うことを成すために。




「逃げ出した旭は、庶子のもとへ駆けつけて、凶つ神の眷属と戦い……」




 そのとき珠姫を庇って深傷を負って。




「旭を追った俺たちが見つけたときにはすでに重体で……」




 川のように血が流れて、溢れていて、それでも優しく微笑んでいて。


 ごめん、と言って。


 逃げて、と言って。






「だから、殺した」






 善い巫術師になってね、と笑って逝った。




「もし旭が一命を取り留めたら蘇芳一族の所業を明らかにして罪を償おうとするだろう。凶つ神に戦って勝てるだけの力は蘇芳一族にはない。このことを公にして助けを請う必要がある。だがそのとき俺たちは背神者の烙印を押されてすべてを失う……そんな考えが一瞬で頭を巡って」


 丹久郎は耐えきれなかったように顔を覆った。


「治療を施すと見せかけて、とどめを……」

「――……っ!」


 だん! と部屋を揺らす強さで足を踏み込んで短刀を抜いた。


 斬りつけるつもりはなかった。ただ武器を手に取らなければ、この怒りと憎しみに等しい悲しみには耐えられないと思ったのだ。


 しかしなけなしの分別は、玄夜が丹久郎を庇うように割り込んだことで容易く吹き飛んだ。


「どいてください」

「どかない」

「どいてってば!」


 珠姫、と制止する宍雄の声を掻き消す声で怒鳴る。冷静さを欠いている自覚はあった。けれど刑の執行を待つように微動だにしない丹久郎も、どこまでも冷静な玄夜も、いまは何もかも腹立たしくて仕方がなかった。


「そいつは罪を犯したのに償いもせず、それどころか保身のために、すべてを旭になすりつけて殺した! あなたに庇ってもらえるような人間じゃない!」


 短刀の切っ先を向ける。


「八つ裂きにしても骨を砕いても足りない……許さない! 絶対に、許してやるもんか!」

「そうすれば、君の復讐と仇討ちは終わるのか?」


 玄夜の眼差しが珠姫を射抜いた。

 青白く光るような目には憐れみと憂いがある。それが黒い怒りに身を焼く己に向けられていると知って、珠姫はびくりと震えた。怯んだそこに冷たく真摯な言の葉が突き立てられる。




「よく考えろ。君の刃を、その力を振るうべきは、誰だ」




 この刃を、求めた力を誰に振るうのか。




 最初に浮かんだのは、丹造と梅乃の当主夫妻、楓屋敷の緋佐子と朱葉と香介、丹久郎や一族の巫術師たち。



 次に、戦って祓った片目の妖を思った。



 それらすべてが掻き消えて立ち現れたのは、闇と血と屍で曖昧に形作られた未だ見ぬ敵。






(凶つ神)






 力に取り憑かれた者たちをいまなお凶行に走らせるそれが、真の仇だ。




「…………私、は……」

「珠」


 曇った瞳が晴れる。頭の血が一気に下がってふらりと揺れた珠姫を玄夜が支えた、そのときだった。


(誰か来る)


 その場にいた全員がそれに気付いた。反射的に短刀を構えた珠姫だったが、玄夜は素早く鞘を投げて寄越してきた。


「刀を納めろ。早く」


「でも」とこちらに迫るただならぬ気配に珠姫が抵抗を示すと「いいから」と強く言われた。


「こんなところで捕まりたくはないだろう?」

「お待ちください!」


 廊下から何者かを制止する椋人の声が聞こえた。


「ただいま主人をお呼びいたしますので、どうか広間にお戻りを」


 珠姫はその言い回しに疑問を抱いた。玄夜の従者である椋人がそんな丁寧な物言いをしなければならない相手はそう多くはないからだ。


 宍雄は丹久郎の近くで迎え撃つ体勢に入り、玄夜は珠姫と彼らを庇うように先頭に立つ。珠姫もすぐ支援に入れるように腰を落として構えの姿勢を取った。


 そして、不躾に戸が開かれた。


 そこにいたのは、卯ノ花色の狩衣の若い男だった。背後にはそれよりも灰がかった衣をまとった者たちと、申し訳なさそうな顔をして頭を下げる椋人がいる。


 侵入者たちを目の当たりにした途端、玄夜は口の端に笑みを浮かべた。


「このようなしずに白鷺一族の者を招いた覚えはないのだが、私の記憶違いだろうか?」

(白鷺一族!)


 西と白竜を司る宮廷巫術師、墨月、蘇芳に比肩する一族だ。


 先頭に立つ男の衣の淡い色は一族の中でも高位の者が纏うもの、つまりこの場においては白鷺一族当主の名代であることを意味している。それが秘密にされているはずの玄夜の別宅を突き止めてやってくるなどただごとではない。


「いいえ。仰るようにお招きは受けておりませんのでご安心ください。もてなしも不要です」


 氷のような笑みで迎えた玄夜に、白鷺一族の宮廷巫術師は貴族を思わせる悠然な微笑で返す。

 その目が珠姫を見て、宍雄と丹久郎に移り、また玄夜に戻った。


「無礼を承知で参りましたのは、我が一族当主、そして尊き方のご指示ゆえのこと」


 珠姫が警戒したように、無遠慮に乗り込んでくるだけの理由が、彼らにはあったのだ。




「墨月一族当主、ならびにこの場にいるすべての者たちはただちに参上せよ――御上の御召しです」




 逆らおうなどとはゆめゆめ思われませんよう、と、白鷺一族当主名代にして天願国皇王の使者は、温かみのない笑顔でおっとりと言った。

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