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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第6章 死に損ないの真実
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忌まわしい再会 2

 店を出て、姿が見えなくなるまで丁寧に店員に見送られてから、ふと、また余計な噂を呼ぶ可能性に気付いたが、すぐに諦めた。噂が立ったところで何もなければいずれ落ち着くべきところに落ち着くだろうし、そうならなかったときはそのときだ。


(私は故郷も帰る場所もない、自由の身なんだから……)


 そうして立ち止まっていた、そのとき、何者かの強い視線が珠姫の背を突き刺した。


「………………」


 目だけを動かして周囲を探るが、それらしい人物はいない。気付いていないふりをして歩き出すが、一度貼りついた視線は離れない。


(尾けられてる?)


 玄夜か、彼に命じられた墨月一族の誰かだろうかと考えたが、墨染邸や巫術寮の雰囲気に慣れていたいまは彼らではなさそうだとわかる。


 何者だ? いったいどこからついてきた? 目的は?


(とにかく、邸に戻る前に対処しないと)


 正体不明の不審者を墨染邸に近付けるわけにはいかない。周囲の人間を巻き込まないように、人通りのまばらな道を通りながら、家屋の少ない市外を目指す。そうしてすれ違うこともままならない小路に入り込んだときだった。


(来たな!)


 荒々しい足音と殺気が迫る。珠姫は身体を捻るようにして振り返りながら右肘を突き入れ、伸ばされていた手もろとも、返す手のひらで追跡者を押しやった。


「なっ!?」


 思いがけない反撃を受けて相手が怯んだ隙に足払いをかける。

 薄衣を掴まれて笠を持っていかれたが、積極的に仕掛けてきたにしてはあっさりと転がってくれた。些か拍子抜けしてしまう。

「何者だ」と誰何した瞬間、珠姫は慄然と立ち尽した。


(なんで)


 どうして、ここに。


 頭が痛い。眩暈がする。血の気が引いて、上手く息ができなくなる。一刻も早く武器を奪って拘束しろという己の声が聞こえるのに、身体がまったく動いてくれない。



 倒れた男は白いものが混じる黒髪で、苦労したらしい顔や首に深い皺を刻み、がっしりとした身体から荒々しく暴力的な気配を滲ませていた。そして赤のうちでも濃い色に分類される黄色味がかった中紅色の狩衣を身に纏っていた。



丹久郎(たくろう)――蘇芳一族当主の弟)



 珠姫の過去そのものともいうべき蘇芳一族の一人が、そこにいた。



「くそ……っ、この、小娘!」


 がむしゃらな突撃など難なく受け流せるはずが、足に力が入らないせいで逃げることもできなかった。振り上げられた拳で頬を殴られ、踏みとどまれずに身体が軽く飛んだ。直後に襲い来る衝撃と、激しい目眩と吐き気。口の中で血の味がした。懐かしいくらいの激痛と熱に生理的な涙が溢れる。


「お前、墨月の間者だな!? 何を探っていた、正直に答えろ!」

「かはっ」


 怒鳴り声とともに踏みつけられ、珠姫は己を守ろうと身を縮めた。暴力が通り過ぎるのを待つ、あの頃に染み付いた癖だった。


「…………あ? お前は……」


 何かに気付いたらしい丹久郎が、珠姫の顔を仰向かせようと肩を蹴り付けた。

 身を固くして抵抗するが顔を鷲掴みにされる。骨が軋むほど強く掴まれて首を振ることも許されずに呻く珠姫を、丹久郎はまじまじと眺めて、はっと鋭く息を呑んだ。


「お前! 妾腹の……あのときの死に損ないか!?」

「――――ッ!」


 気付かれた。気付かれた。気付かれた。気付かれてしまった。


 宮中でも巫術寮に出入りしていても誰にも遭遇することがなかったから油断していた。まさか広い皇都の街中で出くわすとは、追放された子どもの顔を覚えられていたなんて思わなかった。


「……なるほど。母親と同じで、その顔と身体でもって男をたぶらかしたわけか」


 無遠慮な視線で珠姫を眺め回した丹久郎は顔を歪め、今度は髪を引っ掴んだ。


「いっ!」

「墨月の当主にどこまで話した?」


 話した? 何を?


 痛みと恐怖と混乱に襲われて丹久郎が何を言っているか理解できない。


巫術書記(ふじゅつのしょき)の邸を調べてどうするつもりだ? 墨月の当主は何をしようとしている?」


 巫術書記は巫術寮における書記官だ。恐らく呪詛返しを受けて死んだ巫術のことだろう。話の流れからそう推測できたものの、それが玄夜とどのように繋がるというのか。だが浮かんだ疑問は「答えろ!」という大声に身体が竦んだせいでたちまち霧散した。


 何を言っても否定されて怒鳴られる。口を開いた瞬間に叩かれる。顔が、目つきが、声が気に入らないと殴られ蹴られる。幼い頃に刻まれた恐怖がいとも容易く珠姫を絡め取っていく。


 ぶるぶると震えて何も言えないでいると、丹久郎は舌打ちをして、珠姫を無理やり引きずるようにして歩き出した。


「よりにもよって墨月一族とは……厄病神め、蘇芳に不幸ばかりもたらしてくれる」


 大路に現れたただならぬ様子の二人に、通りすがった人々がぎょっと動きを止める。だが見るからに身分の高い者の服装をした丹久郎を恐れてか、注目はしても、髪や着物を乱して顔を腫らしている珠姫に声をかけようとはしない。それをいいことに、丹久郎は周囲の注目など意に介さず「さっさと歩け!」と珠姫を強引に連れて行こうとする。


「ぐずぐずするな! こうなったら一刻も早く楓屋敷に向かわねばならんのだ!」



 楓屋敷――蘇芳一族分家本流が管理する、領主屋敷。


 珠姫から平穏と人並みの幸いを奪ったところ。暴力と嘲笑と侮蔑、飢えと襤褸、心身を削る苦痛を与えた――旭という光を失った、あの場所。



(嫌だ)



 かっ、と火が灯るように心が叫んだ。




(絶対に、嫌だ!)




 燃え出した感情が力になる。


 凍りついていた身体に血と熱を巡らせながら、珠姫は珠姫たるすべてを込めて祈った。



「[四竜の大前おおまえに (かしこ)かしこみもまおす]――!」




 ――もう誰にも奪わせない。




 それは風になった。刃になり、逆巻く渦と化した。

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