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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第6章 死に損ないの真実
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忌まわしい再会 3

「な、なんだ!? いったい何が、」


 何が起こったのかわからないでいる丹久郎は、風の渦に珠姫を掴んでいた手や腕を切り裂かれて悲鳴を上げる。

 解放された珠姫はそのまま血の滴を巻き込む旋風を放った。手足を傷付けられ、一族を示す狩衣を切り裂かれながら、反撃できずにいるその首を鷲掴みにするように巫術の風で締め上げて拘束する。


「が、ぐっ、巫術……!? 宣詞のりとも印も使わずに!?」

「いかにも、巫術です。あの後、私は巫術師になりましたから」


 信じたくないのか、丹久郎は珠姫を凝視している。お望みのようだったので、宣詞と印を省略した巫術で頬を一発打ってやった。


「あなた方の誰一人として二度と会いたくなかったんですが、話を聞かなければならないと思っていたところだったんです。出向く手間を省いてくださってありがとうございます」


 目を爛々とさせながら珠姫はうっすらと笑う。


「[内より起こる騒ぎなく 外より来る災いなく 導き恵み幸い給え]」


 大気が厚みを増すような感覚とともに景色が歪んだ。不可思議な歪曲は刹那のうちに消失したが、しかしこちらを遠巻きにしていた人々は驚いた様子で「消えた?」「どこに行ったんだ」と、辺りを見回しながら珠姫たちのすぐ近くで言い合っている。


「旭が得意だった結界の巫術です。彼はいつもこうして元の風景を投影した結界の中で鍛錬をしていました。ご存じでしたか?」


 結界の外の人間には珠姫たちの姿や声は隠され、内側に立ち入ると気付かないうちに弾き出される。それを感知できるのも破ることができるのも巫術師やその他能力者に限られるという巫術だ。


 だから、きっとあの日の出会いは奇跡だった。


 当時旭はまだ巫術師として成熟しておらず、結界の強度が低かった。そして珠姫には彼の結界の内側に入り込める程度の巫術の才能があった。


 そうしていま、珠姫は己の才を磨いて、蘇芳一族の誰もが求めてやまないだろう力を手に入れた。そうして成長した旭が軽々と振るっただろう巫術を使いこなしている。


「お前が……お前のような者が……何故だ、何故……!」

「私が知りたいのは一つだけ」


 吠える声を鋭く遮って告げる。


「――誰が、旭を殺したの?」


 乱れ髪で顔を腫らし、身なりを崩して、切った唇をその血で彩る。

 そんな珠姫は果たしてどのように映ったのか。みるみるうちに丹久郎は青ざめ、首を振った。膨れ上がる恐怖を振り払おうとしてかその動きが次第に大きくなる。


「しっ、知らん! お、俺は何も知らん!」


 珠姫は表情を消した。そして巫術でその辺りに転がっている小石を次々に打ちかけた。

 尖った石が混じっていたようで、「ぐぁっ」と短い悲鳴を上げた丹久郎の額から血がだらだらと流れ出す。


「もう一度お尋ねします。誰が旭を殺したんですか?」

「し、知ら、……」

「公には、旭は事故で死んだことになっています。妖に襲われた際の外傷による失血死だから、事故。あのときあの場にいた私も、実情を知らない世の人々も、そう信じて疑わずにいた」


 怯え切っていたのが嘘のように、珠姫は冷ややかに思えるほど毅然として丁寧に語りかける。


「本当に何も知らないのであればまず『旭が殺された』という発言に驚かなければならない。けれどあなたは知らないと答えた。誰が旭を殺したのかは知らないと――それが事実なら」


 静かに煮え立つ怒りと憎しみと暗い歓喜を込めて、笑う。




「あなたは『旭が殺されたこと()知っている』んですね」




「――――ッ!!」


 声なき絶叫が答えだった。


 さらなる真実に迫ろうとしたその瞬間、異様な悪寒を感じた。

 地の底から這い上がってくるような、底知れぬ闇がじっと見つめているような、不吉なものがすぐそこにある感覚。ざわりと胸が疼いた。内なる声が聞こえる。


「[ミハカ=ワガ イモウ=タクス]!!」

「[祓え給え、清め給え、守り給え]!」


 このままでは呑まれてしまう。


 ほとんど直観的に浄祓じょうえの巫術を放った。そして信じられないことが起こった。

 血を吐くように丹久郎が吠えた謎の文言が、動きを封じていた巫術を破り、火槍と化して珠姫に襲いかかってきたのだ。


「っ!!」



 だめだ、防ぎ切れない。



 炎に包まれる我が身を覚悟したとき、ぱん! という破裂音を聞いた。一瞬にして辺りが白く染まる。肌に張り付くのは微細な水の粒子。霧、いや、これは水蒸気だ。



(氷の巫術)


 視界の外から飛び込んできた氷の矢が、豪槍の勢いで迫り来る火炎を迎え撃ったのだ。



 まさか、と思いながら顔を庇う右腕を下ろす。


「ひとときも目が離せない人だな、君は」


 そこにあったのはいつの間にか見慣れてしまった漆黒の衣。

 冷淡な物言い、けれどわずかに振り返った横顔に浮かぶ微苦笑に気付いて、珠姫は震える息を呑んだ。そうしないと涙が溢れてしまいそうだった。


(玄夜様)

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