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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第4章 罪と夜明けの記憶
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罪の在処

 蘇芳一族次期当主、旭が十五歳の若さでこの世を去ったその日、一族を名乗ることを禁じられていた十二歳の娘が追放された。

 誰にも知られず、一族の者たちも語らず、どこかで野垂れ死んだものと思い出されることのないまま、約六年の月日が流れて、いま。




「師匠!」


 珠姫は濡れた土を蹴立てて宍雄に駆け寄った。飛びつく勢いの弟子を受け止めた師はまだ信じられないような顔をしている。


「お前、どうして。こんないきなり……」

「師匠、お願いです、手を貸してください!」


 話を聞く様子もない珠姫の剣幕に宍雄はただ目を丸くしている。しかし溢れ出した焦燥は止まらない。挨拶も気遣いも忘れた珠姫は師にしがみついてめちゃくちゃに訴えた。


「旭が生きているかもしれないんです! 死んだことにされて、どこかに閉じ込められて、あいつらに利用されているかもしれなくて! 早く助けないと。私なら助けられる、私が……!」

「おい、珠姫。落ち着け」


 宍雄が強い力で珠姫を引き剥がす。


「いきなり現れたと思ったら、旭が生きている、だと? どうしてそんな話になる」


 だって、と珠姫は聞き分けのない子どものようにもがいた。


「――蘇芳(あいつら)は何かを隠してる!」


 その瞬間さっと宍雄が顔色を変えた。

 動きを止めた師から逃れて珠姫は叫ぶ。


「私、旭の最期を知らない。追い出されたから見届けられなかった。そうしたら葬儀は一族だけだったって。他の誰も旭を見てないって! だから、だから……っ!」


 ずるり、と足が滑ったのはそのときだった。訴えるのに躍起になって前のめりになって縋る珠姫を宍雄が支えられなくなったのだ。

 しかし、予想した痛みはやってこなかった。

 倒れる直前、空気の塊に押し返されて、気付いたときには宍雄と二人で座り込んでいた。万物を道具のように扱うこの力は、珠姫もよく知っている。


「……巫術……」


 けれどそれは珠姫でも宍雄のものでもない。誰が、と思うよりも早く感じるものがあって、珠姫は素早く振り向いた。

 薄闇に包まれる葉と苔の緑、大地と木々の褐色の中に、じわりと漆黒が滲み出す。

 どうして、と珠姫はわなないた。


「どうして……あ、後を付けたんですか!?」

「守れ、と言ったのは君だ」


 目眩しの巫術を解いて姿を現し、笑み一つ浮かべずに、玄夜は言った。


「明らかに様子がおかしい人間を放置するほど、私は冷酷じゃない。身の内に入れたならなおさらだ」


 押し黙る珠姫を一瞥した玄夜は、険しい顔をしている宍雄に目を移すと、姿勢を正して丁寧に頭を下げた。


「ご無沙汰しております、蘇芳の宍雄殿。まさかこのようなところでお会いするとは思いもしませんでした」

「俺はもう蘇芳じゃない」


 宍雄はそう吐き捨てると、深く疲れた息を吐き、がしがしと乱暴に頭を掻いた。


「……師匠は、墨月様と面識があったんですか?」

「ああ、童の頃にちょっと修行をつけてやったことがある」


 宍雄の鋭い視線が珠姫を刺す。


「お前こそ、何をどうしたら墨月一族の現当主と里帰りするようなことになるんだ?」


 珠姫が墨月一族本家本邸で女中をしていたこと、辻術師をしていたら正体がばれて、巫術師の仕事を手伝って宮中に出入りしていると説明する。みるみる苦い顔になっていた宍雄はそれを玄夜に向けた。


「旭が生きているなんて話をこいつに吹き込んだのは、お前か」

「旭? それは、あの蘇芳旭のことですか?」


 訝しむ玄夜から珠姫は目を逸らす。

 珠姫が虐げられてきた過去も、旭の死の最も近くにいたことも、玄夜は知らない。知る必要のないことだ。話すつもりもなかった。


「まさか、本当に生きていると?」

「いいや、死んでいる。丹造――当主らがしばらく反魂の術を探していたようだから確かだろう」

「嘘」


 珠姫は息を呑み、再び師に取り縋った。だが宍雄は無情に首を振る。


「葬儀は一族葬だった。慣例通り荼毘に付されたから、お前が言った通り、旭の遺体を見たのは一族の人間だけだ」

「師匠。旭は、だって」


 そんな言葉は慰めにならない。聞きたいのはそんなことではない。

 最初から存在しなかった希望にしがみついていた弱さと惨めさを自覚して、珠姫は顔を歪ませて項垂れた。きつく目を閉じて震えるほど両手を強く握りしめるけれど、何も掴めなかったことを思い知らされるばかりだった。


 旭はいない。もう、どこにもいないのだ。


 たまらず顔を覆った珠姫をはっとさせたのは、静かな玄夜の一言だった。


「――蘇芳一族に不審な動きがあります」


 空気が張り詰める。

 蘇芳を離れてなお一族の内情を他家の人間に知られることに抵抗がある、知らぬ間に骨の髄まで染み込んでいたものを自覚して珠姫も宍雄も顔をしかめた。どれだけ蘇芳一族に思うところがあっても、いや、だからこそ、可能な限り内々で事を収めたいと思うのだ。

 しかし玄夜はそれを許さない。その揺るぎなさが、いまはひたすら厭わしい。


「宍雄殿。あなたが宮廷巫術師の地位を捨てて蘇芳を出奔した理由は、一族の隠し事に関わるのではありませんか?」

「…………」


 宍雄は、しばらく黙っていた。そして「これもさだめか」と呟き、玄夜と珠姫を見やった。


 ぴゃんぴゃんぴゃん、と鋭く突き刺さるような鳥の鳴き声が響いて、遠ざかる。


「蘇芳一族には秘密がある。それが何かはわからんが、旭は次期当主として知っていたはずだ。俺はそれがあいつを殺したんじゃないかと思っている」

「……え?」


 何を言おうとしているのか。


 凍りつく珠姫に、宍雄は言った。




「旭は、殺された可能性がある。――一族の人間による暗殺だ」




 冷たいだけの風が吹いて、珠姫の頬を、攫い上げた乱れ髪で打ち叩いた。

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