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ニャニャーン大乱記  作者: ひろの
第六章 最後の抵抗、新たな支配

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第九十六話 離宮への潜入

離宮の門前にリムジンが静かに停車した。

トウガは平民の運転手に偽装したまま、ケイトリン伯爵夫人の後ろに続いて車を降りた。


門は重厚で、帝国の象徴を刻んだ紋章が夕陽に淡く光っていた。

軟禁されているとは思えぬほど静かで整った庭園が広がり、その奥に白亜の離宮が佇んでいた。

ケイトリンが歩き出すと、門番の護衛兵が即座に姿勢を正し、深々と頭を下げた。


「おかえりなさいませ、伯爵夫人」


その声は硬く、礼儀というより規律そのものだった。

ケイトリンは無言のまま、会釈して通る。


その後も様々な使用人とすれ違った。


庭師たちが作業の手を止め、若いメイドたちが道の端に寄って一礼する。

皆が一様にケイトリンへ敬意を示す。


だが――トウガはその動きに、薄い違和感を覚えた。


庭師の足運び。

メイドの姿勢。

護衛兵の視線の鋭さ。


(……こいつら、ただの使用人じゃねぇな)


歩き方、重心の置き方、視線の配り方。

どれもが「訓練された者」のそれだった。

ラートリーがここを本命とみているならば、離宮の運営は全て一流の特殊部隊で固めているのだろう。

徹底しているとは分かった。


だからこそ、トウガは演技を強めた。

歩幅を少し乱し、肩をすぼめ、覇気を完全に殺し、おどおどとケイトリンの後ろをついていく。

平民の運転手にしか見えないように。


ケイトリンは前を歩きながら、誰かとすれ違うたびにわずかに肩を強張らせた。

その緊張は、トウガの鋭い感覚にもはっきり伝わる。


(……この女、侍女長まで昇りつめたってのに、まだ気を抜けねぇのか)


完全なる敵地。

ラートリーの支配が隅々まで行き渡る離宮。

その中で侍女長という最高位にまで上り詰めたケイトリンは、シズク派の中でも只者ではない――トウガはそう確信した。

そのケイトリンですら、ここでは一挙手一投足が命がけだ。


廊下は静まり返り、磨き抜かれた床が二人の影を長く伸ばす。

壁には歴代皇族の肖像画が並び、その視線がどこか冷たく感じられた。


ケイトリンは迷いなく進む。

右へ、左へ、階段を上り、さらに奥へ――まるで離宮の構造を隅々まで把握しているかのように。

誰も居ないように見えて、死角のないようにカメラ、収音マイクが設置されている。


やがて、離宮の最奥へと続く長い廊下に入った。

ここだけは、空気が違った。

静寂と冷気が満ちていて、廊下全体が緊張を帯びていた。

そして、孤独だった。


ケイトリンが足を止める。


「……この先が、陛下の御居室です」


トウガは息を呑んだ。


扉は重厚で、周囲には二名の護衛兵が立っている。

その視線は鋭く、一瞬たりとも気を抜いていない。


ケイトリンは一歩前へ出て、侍女長の証である紋章を提示した。

護衛兵は無言で頷き、扉のロックを解除する。


ケイトリンは振り返り、小さく囁いた。


「……行きましょう。

 くれぐれも無礼のないようにしなさい」


その声には、侍女長としての威厳が宿っていた。

トウガもとっさに身を縮めて畏まった。


そのまま平民の運転手の演技を保ったまま、ゆっくりと扉の向こうへ足を踏み入れた。


最後の廊下を抜けると突き当りには立派なドアの部屋が見えた。

そこには男女各二名の近衛兵が控えており、しっかりと守られていた。


その内の男女一名ずつがケイトリンとトウガに近づいて、廊下の反対側にある別々の小部屋に二人を連れ込んだ。

そこで最後の身体検査が行われた。


中では衣服を全て脱ぎ、隅から隅へと念入りにチェックが行われた。

筆談すらできないように、筆記用具や紙、電子端末も絶対に持ち込めない。


「はい、問題ありません。失礼いたしました、伯爵夫人」


「いえ、陛下の身に何かあったら大変です。

 今後もよろしくお願いします。職務ご苦労様です」


ケイトリンはそう言うと再び服を着た。


トウガ側もチェックが行われていた。


「良い体をしている。軍人上がりか?」


「は、はい。

 どんなに軍功を挙げても、上官の貴族に全て奪われました。

 平民は軍ですら生き残れません。

 結局追い出されて運転手です……」


トウガもかつてシノから聞いた平民軍人の話を自然な雑談風に切り出した。


「まぁ、そうだろうな。喜べ。

 ここで働けば平民とは思えぬほどの贅沢ができるぞ」


「は、はい!」


トウガも服を着た。


小部屋から出た二人が再び目を合わせると、そのまま扉をノックした。


「お入りなさい」


中から懐かしい声がした。

そしてゆっくりと扉を開けて二人が入室した。


トウガは瞬時に部屋の中の様子を確認する。

カメラは存在しない。


おそらくさすがに皇帝の私生活をカメラ監視するのは不敬であり、ウララも強く拒否したのだろう。

だが、部屋の片隅には高性能収音マイクが設置されていて、それが防犯を一手に担っているようだった。


ケイトリンが頭を深々と下げる。

トウガも真似するように頭を下げる。


「陛下、ケイトリンにございます。

 本日は陛下の新たな使用人を連れてまいりました。

 最初にございますれば、ご紹介のために同行させております。

 以後お見知りおきくださいませ」


外を見つめながら子犬を抱いて座っていたウララが、それを聞いて席を立った。


「ケイトリン、ようこそ。

 その方がわたくしの新たな運転手ね。

 よろしくお願いします」


懐かしいウララの声だった。

トウガは思わず飛び上がりそうな想いに駆られた。

それを察してかケイトリンが手で制止する。


「は、はい!

 よろしくお願いいたします。」


「久しぶりの外部の方とお話しできるわ。

 ケイトリン、少し時間は取れますか?」


「はい。少しであれば……。


 ん?陛下、少々お待ちください。

 ゴミが落ちております」


そういうとケイトリンは部屋の中央に行って、何かを拾う振りをしながら指輪を外した。


それはシズクの私設研究所で極秘裏に開発が行われている防音フィールド生成デバイス 《サイレント・ヴェール》 だった。

指輪サイズに極小化されたデバイスを起動すると、一時間、半径三メートルに渡って、量子干渉膜が展開される。


そのフィールド内部では通常通り会話可能だが、内部で発した空気振動は膜によって完全に吸収される。

つまり外には一切の音が漏れ出ない。


外部の収音マイクには「無音の空間」として記録される。

電磁波・振動・熱変化などの副次的ノイズもゼロ化のため、監視AIにも“異常なし”と判定される。

軍の諜報部でも“存在を知る者がほぼいない”レベルの秘匿装備である。


無言のまま、ケイトリンは口に指を当て、二人に黙るように伝えた後、ジェスチャーでそのフィールドの中に入るよう促した。

ウララとトウガはゆっくりとその干渉膜に近づいていった。


ケイトリンはもう一つの指輪外して今度は干渉膜の外、収音マイクのある方向に指輪を置いた。


その指輪は同じくシズクの私設研究所で開発された音声偽装AIデバイス 《エコー・マリオネット》だ。


内蔵された量子音声生成AIが、部屋の収音マイクに対して“偽の雑談音声”を発音する。

それは声質・息遣い・笑い声・感情の揺れまで自然に生成し、ウララやケイトリンの声は忠実に再現されている。


会話内容は「天気」「庭の花」「子犬の様子」「世界情勢」など、監視側が疑わない“皇帝らしい雑談” を自動生成する。

外部の音声からAIが自動で話の内容を組み替えたりもする。


「外が騒がしいわね。さっきの声は庭師のユーリスかしら?」


「はい、おそらく。また失敗したんでしょう。あの者は実は腕が良くないです」


「まぁ、うふふ」


ごく自然な会話が監視システムには記録として残る。

こちらもシズク陣営にしかしられていない秘匿装備だ。


三人がサイレント・ヴェールのフィールド内にはいった。

外の音声が全く入ってこなくなり、静寂が三人を包んだ。


おもむろにケイトリンが口を開いた。


「トウガ、もういいぞ。

 ここは量子干渉膜によって守られた完全防音フィールドだ。

 どんな話をしても外には伝わらない」


ウララの顔が急に明るくなった。


「え?トウガ公?帽子を取ってお顔を見せてくださいませんか?」


トウガがゆっくりと帽子を取った。


「陛下、トウガにございます。

 このような御不便をおかけして面目次第もありません」


「いいえ、トウガ公。

 このように会いに来てくださって嬉しいです。


 私こそ不甲斐ないばかりに皆に苦労をかけています」


「陛下、そのようなことを仰らないでください。

 今すぐここを出ましょう。

 このトウガが必ずやお守りいたします」


トウガが涙目でウララの手を包み込むように掴んだ。

その瞬間、ケイトリンの掌底がトウガの顎を打ち上げた。


「うが!?」


ウララが目を見開いて驚いた顔をした。


「いい加減にしろ、トウガ。

 今ここでの脱出は無理だと言ったのを忘れたか」


痛みに顔を歪めながらトウガが呟いた。


「ま、まさか、お前……?」


ケイトリンはイヤリング型のデバイスを操作した。

イヤリングから微弱な色素ナノ粒子が髪に向けて散布された。

ナノ粒子は髪に付着して、色、光沢、毛流れ、質感をリアルタイムに再構築していく。


0.5秒でケイトリンの金髪が淡い紺色に変化した。


「え?」


ウララが思わず声を上げた。


「陛下、シズクにございます」


ケイトリン――シズクがそう明かした。


「ええ!?」


「これはイヤリング型の《クロマティック・レース》という髪色再構築デバイスです。

 私の研究所で変装用に開発されたものです。


 奥歯には、同じく極秘に開発した声を変更させるデバイス《フォニック・インレイ》を埋め込んでいます」


インレイ内部に“音声共鳴ナノチップ”が埋め込まれていて、声帯の振動をリアルタイムで解析し、別人の声を生成して口腔内で共鳴させるデバイスである。

生成された声は本人の口から自然に出て、声質・高さ・息遣い・癖・話し方まで完全模倣し、咳・笑い声・息の震えまで変換する。

声紋認証も突破できる。


「やはりシズクか……その掌底には受け覚えがあった。

 そのデバイスを使えば、陛下を別人として連れ出せないのか?」


「無理だ。お前は初めてだからわからないだろうが、ここから出る際も先ほどと同じ身体検査が行われる。

 このデバイスだけでは陛下を隠し通すのは無理だ。

 影武者と入れ替えたとしても、そこを騙しとおせるとは思えない」


トウガは唇を噛んだ。

シズクはそれ以上取り合わず、ウララへ向き直った。


「陛下、今後のことをお話したく思います」

挿絵(By みてみん)

★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★

挿絵(By みてみん)

はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!

硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。


第九十六話「離宮への潜入」、今回はシズクさんの正体が明かされました!


ケイトリン伯爵夫人がシズクさんの変装だったとは、完全に騙されました!

《クロマティック・レース》《フォニック・インレイ》《サイレント・ヴェール》《エコー・マリオネット》って、シズクさんの私設研究所、どれだけ最先端の秘匿装備を持ってるんですか!

「変装用に開発されたもの」ってサラッと言ってますが、声紋認証まで突破できるとか、準備が凄すぎます!


トウガさんが「その掌底には受け覚えがあった」って、シズクさんとトウガさんの長い付き合いが感じられて笑ってしまいました!


身体検査のシーンも緊張感がありましたね。

トウガさんがシノさんから聞いた平民軍人の話を即興で語るあたり、さすがの対応力です!


ウララ陛下との再会シーンで、トウガさんが「今すぐここを出ましょう」って言ってシズクさんの掌底を食らうの、笑いながらも切なかったです。


「陛下、シズクにございます」の一言の重みと、そこから「今後のことをお話したく思います」へ続く展開、次回がめちゃくちゃ気になります!


次回も、絶対見逃せませんよ~!

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