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ニャニャーン大乱記  作者: ひろの
第六章 最後の抵抗、新たな支配

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第九十七話 赤青同盟の完成

ウララは、ゆっくりと二人へ歩み寄った。

その小さな足取りは、軟禁の孤独を感じさせるほど静かだったが――

瞳には、帝国の皇帝としての揺るぎない光が宿っていた。


「……シズク女公。

 そして、トウガ公」


呼びかけは震えていなかった。

幼い声でありながら、帝国の頂点に立つ者だけが持つ気高さがあった。


ウララは二人を見つめ、胸の前でそっと手を重ねた。


「お二人のご活躍は、すべて聞き及んでおります。

 ジソリアン戦役の“零五の奇跡”。

 そしてメクト遠征の完全勝利。


 帝国は……帝国は、お二人のおかげで救われました」


その言葉は、決して形式的な称賛ではなかった。


軟禁され、誰にも頼れず、ただ帝国の行く末を案じ続けた少女が――

心の底から絞り出した感謝だった。


トウガは思わず背筋を伸ばした。

シズクはわずかに目を伏せた。

二人とも、戦場では決して見せない表情だった。


ウララは続けた。


「……わたくしは、ここで何もできませんでした。

 けれど、帝国のために戦ってくださったお二人を……

 誇りに思います」


その声には少しだけ寂しさが滲んでいた。


「ありがとうございます。

 ニャニャーン神聖帝国の皇帝として――

 心より、お礼を申し上げます」


その瞬間、トウガは胸の奥が熱くなるのを感じた。

シズクは静かに息を吸い、その瞳にわずかな柔らかさが戻った。


ウララは二人の前で、そっと視線を落とした。

その仕草は幼い少女のように見えたが――

次に紡がれた言葉は、皇帝としての重さを帯びていた。


「……わたくしは、ずっと考えていました。

 この離宮で、誰にも会えず、何も知らされず……

 ただ、帝国の行く末だけを案じながら」


小さな手が、ぎゅっと胸元で握られた。


「今のこの境遇は……

 すべて、わたくし自身の判断の甘さが招いたものです」


シズクとトウガは声をかける術がなかった。

ウララは続けた。


「シノを……誅殺してしまったこと。

 あの時、わたくしは心が弱く、ジジの死を受け止めることができませんでした。

 そして誰の言葉を信じれば良いのか分かりませんでした。

 皆が苦しんでいたのに、わたくしは何も見えていなかった。

 誰かに責任を押し付けたかったんだと思います。

 結果的に国家の忠臣であったシノを自らの手で失ってしまいました」


声が震えた。

しかし、涙はこぼれなかった。


「そして……ラートリー公を信じてしまったこと。

 わたくしは、帝国を守るためだと信じて……

 あなた方、お二人の争いを静観してしまいました。

 その結果、赤青の内乱を招いてしまいました」


トウガとシズクが顔を伏せた。

ウララは二人を見つめた。


「わたくしの判断が、帝国を傷つけ、皆を苦しめ、そして……忠臣たるあなた方を追い詰めました」


その言葉は、幼い皇帝が背負ってきた“罪の重さ”そのものだった。


「……ごめんなさい」


その一言は、皇帝としてではなく、ただの少女としての言葉だった。


しかし――

その謝罪は、帝国の歴史を揺るがすほどの重みを持っていた。


トウガは、胸が張り裂けそうに思えた。

シズクは、静かに自責の念を胸に秘めた。


ウララは、胸の前で重ねていた手をそっとほどいた。


「……わたくしの浅慮が、今の境遇を招いたのは事実です」


ウララの声音が徐々に細くなっていった。


「……わたくしは皇帝として、あまりにも未熟でした」


そして――ウララは顔を上げた。


その瞳は、女帝ではなく、幼い少女のものになっていた。

帝国の未来を背負いきれず、途方に暮れる年相応のものだった。


「ですが……」


ウララははっきりと言った。


「ラートリー公の思惑通りの婚儀など、わたくしは望んでおりません」


トウガが顔を歪めた。

シズクは無表情のまま、ウララの瞳を見つめた。


「わたくしは神聖帝国女帝です。

 自由に伴侶を選べるとは思っておりません。

 ですが、セリオン候はわたくしを見る時、何か人ではないものを見ているようです。

 まるでただの便利な道具の一つのような……。


 わたくしはこのような扱いを受け入れなければならないほど、罪を犯したということでしょうか。

 いえ、きっとそうなのでしょうね。

 わたくしの今までの判断が……わたくし自身をこの立場に追いやったのです。


 ニュクス、シノ、そして内乱で亡くなった大勢の無垢なる国民たち。


 分かってはいるのですが……。

 それでも……」


その言葉は、幼い皇帝が初めて自らの意思で放った“拒絶”だった。


「わたくしは……

 このような願いを発する資格はないのかもしれません。

 ですが、お二方には今の窮状をお救いいただきたいのです」


その言葉に、トウガはすぐに応じた。


「それが陛下のご意志であるな……ぐふぅ」


言い切るよりも早くシズクの拳がトウガの腹を打ち付けて黙らせた。


「出来もせぬことを軽々しく発するな。

 形の伴わない希望は、陛下をさらにご落胆させると知れ」


「うぐぐ……」


再びウララの方へ顔を向けたシズクは少しだけ穏やかな表情を作って続けた。


「陛下、もはやこの婚儀は避けえませぬ」


「……。

 そう……ですか」


落ち込むウララにシズクは声をかけた。


「ですが陛下、我々はラートリーやセリオンに、これ以上好き勝手させるつもりはございません。

 先ほど陛下は自由に伴侶を選べるとは思わないと仰せになりました。

 そこまでのご覚悟がおありならば、この婚儀にはお従い下さいませ。


 我々は陛下を決して物のようには扱わせませぬ」


トウガも言葉を被せた。


「はい、シズクの申す通りでございます。

 必ず我々が陛下の後ろ盾となり、陛下の尊厳を損なわせるようなことは阻止してみせます!」


ついにウララの瞳から涙が流れ落ちた。


「そうですね……。

 運命は受け入れることも大事。

 そしてわたくしにはあなたたちがおります」


シズクがトウガに目を合わせることなく、言葉をかけた。


「トウガ、陛下をお守りするためだ。

 今までのことは全て水に流そう」


「ん?シズク?何が言いたい?」


「お前も私も失ったものは大きい。

 だが、ここは大義のため、陛下のため、我らは手を結んでラートリーに対抗せねばならん」


「シ、シズク……」


ウララも驚いた顔をした。


「シズク女公?」


シズクはウララに向けて一度頷くと、トウガに向き合い、その目を見据えた。

そして、握手を求めて、ゆっくりと手を差し出した。


「この停戦に過ぎぬ同盟を一歩進めて、真の赤青同盟を結ぶ。

 トウガ、陛下の前で盟を誓え」


シズクは、レイナとエリスの死を乗り越えて、両家の同盟を結ぶことを提案したのだ。

トウガは震える手を差し出した。


「分かった。クリムゾンはアジュールと結び、ラートリーに対抗する」


そこまで言い切ると、トウガも表情を引き締めて、力強く握手を交わした。


握手を交わしたまま、シズクはウララに顔を向けた。


「陛下、何の慰めにもならないかもしれませんが、この婚儀はお受け入れ下さい。

 ですが、最後まで希望をお持ちください。

 私とトウガが陛下についております」


ウララは涙をぬぐい、無理に笑顔を見せた。


「はい。

 わたくしは神聖帝国女帝のウララです。


 今後とも、よろしくお願いいたします。

 シズク女公、トウガ公」


シズクとトウガは握手を解き、跪いた。


しばらくそうした後、シズクが顔を上げた。


「陛下。あまり長いと疑われます。

 我々はこれにてお暇いたします」


「はい、くれぐれもお気を付けください」


シズクとトウガは立ち上がった。


「陛下、ケイトリンとしてお会いできるのは今日までです」


「え?」


「セリオンは婚礼を機に、侍女長も刷新するでしょう。

 消される前に私は自ら消えます。


 ですが、今後はシズクとしてお支えいたしますので、ご安心願います」


ウララは再び頭を下げたが、すぐに持ち直した。


「はい!わたくしも希望を持って、この婚礼に臨みます」


シズクは微笑をもって返した。

トウガも無理に笑顔を作り、それに応じた。


シズクは秘匿装置を解除すると再び髪色を元に戻した。


「パジャヴィキーノよ。今後とも失礼のないよう、職務に励め!」


慌ててトウガも続けた。


「は!承知いたしました。ケイトリン伯爵夫人様」


そして、二人は一礼して退室し、近衛兵による身体検査を受け、離宮より退場した。


・ ・ ・


ケイトリンのリムジンの中で、トウガがシズクへ語り掛けた。


「陛下……。おいたわしい。


 なぁ、シズク。

 わざわざお前が俺を呼んだのは、陛下の前で我らの同盟を完成させ、陛下の御心を安んじさせるためか?」


シズクはトウガを見ずに頷いた。


「あぁ、そうだ」


シズクは胸のブローチを撫でた。


実はそのブローチもシズクが用意した秘匿装置だった。

先ほどの会見は全て録画されていた。


(この会見こそがラートリーを失脚させるための最終武器だ。

 私とトウガが証人となり、陛下のご意思とヴァーダントの横暴を全国民に暴露するためのな。


 だが、それは今ではない。

 一度きりしか使えぬ武器だ。


 言い逃れの出来ぬタイミングで使う。


 ふっ、トウガに言えば、婚姻阻止として今使おうとするだろうな。

 だが、ラートリーが強い現状で使えば、不発に終わる恐れがある。


 こればかりはトウガには明かせぬ……)


======


「律は帝国を覆い、

 戦火は消え、平和が訪れた。


 皇帝は閉ざされ、

 元帥は立ち、

 新たなる血が玉座へと近づく。


 赤は奇跡を為し、

 青は完全な勝利を得た。


 だが、二つの風は律に及ばず。


 かつて刃を交えた赤と青は、

 幼き皇帝の前で、再び手を結ぶ。


 失われたものは戻らない。

 それでも、過去を越えて。


 律は完成し、

 新たな支配の時代が始まった。


 そして同じ時――

 止んだはずの二つの風もまた、

 一つとなって吹き始めた」

挿絵(By みてみん)

★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★

挿絵(By みてみん)

はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!

硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。


第九十七話「赤青同盟の完成」、今回は本当に胸に響く回でした!


ウララ陛下の「ごめんなさい」が、皇帝としてではなくただの少女の言葉だったのが、本当に泣けました。

シノの誅殺、赤青内乱を静観したこと、全てを自分のせいだと認めて謝れるウララ陛下、その誠実さが素晴らしいです。


そして、シズクさんがトウガさんに「水に流そう」と言って握手を求めたシーン、この作品最大の感動ポイントの一つじゃないでしょうか!

レイナとエリスを失った二人が、陛下の前でその全てを乗り越えて手を結ぶ。重すぎます…。


トウガさんが「陛下のため」と言い切る前に腹を殴られて黙らされるのは笑いましたが、その後の握手は本当にかっこよかったです!


そして最後のシズクさんの独白。

「この会見こそがラートリーを失脚させるための最終武器だ」って、ブローチで全部録画してたとは…!

「一度きりしか使えぬ武器だ。言い逃れの出来ぬタイミングで使う」って、シズクさんはここでも三手四手先を読んでいるんですね。


トウガさんには言えない、シズクさんの孤独な戦略家としての一面が切なかったです。


次回も、絶対見逃せませんよ~!

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