第九十三話 完勝
第4艦隊旗艦 《ニャンスブーア》。
氷のように静かな艦橋の中央で、アルシア提督は戦況ホログラムを見つめていた。
その傍らには、副官であり参謀長でもあるシュレイン・ハルヴァ中将が控えている。
アルシアの右腕として知られ、冷徹な分析力で提督を支えていた。
シュレインは静かに口を開いた。
「提督、今回のコード778は提督の御発案とお聞きしましたが」
アルシアは視線をホログラムから外し、淡々と答えた。
「あぁ、そうだ。イレーネ殿がシュロックター提督を仕留められたことで思いついた」
シュレインはわずかに眉を上げた。
「ほぉ……即興の策というわけですね」
アルシアは肩をすくめた。
「あぁ、そうだ。
もちろん私としては、熟考を重ねた結果の会心の策だと思っている。
だがな、“思いつきの策”というのは大抵ろくでもないものだ。
人というものは思いついた瞬間、どんな下策と言えども最上策に感じられるのさ」
シュレインは苦笑しつつ頷いた。
「確かに」
アルシアは続けた。
「ゆえにイレーネ殿に確認しに行ったのだ。
そして認めて頂いた」
シュレインはホログラムを見つめながら答えた。
「いえ、コード778は面白いと私も思います」
アルシアは腕を組み、静かに語り始めた。
「コード777を継続したとしても、この戦争は勝利して終わる。
おそらくイレーネ殿は、早期にこの戦争を終わらせたかったのだろう。
それは同感だ。
だが、終わらせ方によって、その後の平和な期間が変わるのだ」
シュレインは深く頷いた。
「はい。仰る通りです。得てして欲張れば悪い結果を生むものです。
ですが、提督のこの案は悪い結果にはならない。
なぜならば、敵の行動を読み切っているからです」
アルシアの目が鋭く光った。
「その通りだ。現時点では敵の取りうる手はほとんど残っていない。
今すぐ降伏するか、足掻くかだ。
そして足掻く場合には、もっと取りうる手がなくなる。
それこそ、敵の動きが手に取るようにわかる」
シュレインはそれを受けて力強く続けた。
「はい。コード778はノーリスクハイリターンです」
アルシアは口元を緩めた。
「ふっ、せめてローリスクと言え。
さもなくば足元をすくわれて酷いしっぺ返しに遭うぞ」
そして、ホログラムの星系図を指し示した。
「ニャロンメラン星系要塞を落とせば、敵はその時点で必ず講和交渉を申し出るだろう。
終戦条件として、メクト艦隊の本国への無事の帰還。
代わりに侵略した残りの二星系を返還するといった所か。
ニャロンメラン星系がなければ、他の二星系持っていても仕方がないからな」
シュレインは淡々と続ける。
「はい。戦争は即時終わりますが、五年、十年したら再びメクトは力を取り戻して襲ってきましょうな」
アルシアは頷いた。
「その通りだ。
だがもし第2狩猟艦隊も叩き潰してしまえば、敵は主力艦隊の半数を喪失することになる。
そこまで追いつめてからの講和であれば、二十年、三十年の平和が望める」
シュレインは冷静に分析を続けた。
「メクトは銀河最強を自負する国家です。
敗戦講和は苦肉の策と言えます。
オークアルンク提督たちがいくら窮状を伝えたとしても、本国の政治家はなかなか良しとはしないでしょう。
ニャロンメラン星系要塞さえ維持できていれば、メクトは本国から他の主力艦隊を呼び寄せるなどして挽回を計れる。
第2狩猟艦隊、第3狩猟艦隊は総力でニャロンメラン星系要塞防衛に動くしかないでしょう。
仮に予想が外れて動かなかったとしても、その時は敵が講和に応じる時です。
我々にリスクはありませんよ」
「そうかもしれんな。
ここまで読み切れていたら、後はどう戦うかだ。
そして現時点で第3狩猟艦隊はほぼ壊滅状態に近い。
こいつらは無視しても構わん。
我々が狙うは――第2狩猟艦隊だ。
もし我々がすぐに第2狩猟艦隊に向けて進路を変えれば、奴らはペニャンドーク星系要塞に引き返して籠城するだろう。
籠城要塞を落とすのは骨が折れる。
それを防ぐための方法は何か?
奴らにFTLジャンプをさせるのさ」
その言葉に、シュレインは深く頷いた。
「なるほど……そこでアルシア提督はこの数字遊びに気づかれたのですな?」
アルシアは淡々と答える。
「そうだ。ただの算数だ。
ニャロンメラン星系とペニャンドーク星系はFTLジャンプに八日要する。
それに引き換え、我らがニャロンメラン星系からペニャンドーク星系のジャンプアウトポイントへ向かうまでに必要な時間は七日だ。
奴らがジャンプした後は地獄への一方通行だ。
ジャンプアウトポイントへは我々が先に到着する。
そもそもジャンプアウトポイントでの待ち伏せなど教科書にも載るような稚拙な罠だ」
アルシアは冷たい笑みを浮かべた。
「そんな稚拙な罠をシズク様ならば二回も繰り返さぬ。
敵は――そう考える。
だからこそ、もう一度その稚拙な罠を見舞ってやるのさ。
第2狩猟艦隊のシイアーシュ提督も名将と聞きます。
まさかシュロックター提督に続いて、自らもこの稚拙な罠によって葬られるとは、
全く思っていないでしょうな」
シュレインは端末を確認し、頷いた。
「そこがコード778は妙味ですね。
後は移動時間を含めて万全な計算の元、行動すればよいでしょう。
我らシズク様の艦隊は完璧な艦隊運行によって想定時間と誤差をほとんど出さずに行動できます。
まもなく“予定通り”ジャンプアウトポイントに到着します」
「そうか。ではそろそろイレーネ殿から指示があろうな。」
*
全ての動きがアルシアの計画した作戦コード778の想定通りに動いた。
神聖帝国の第1艦隊、第4艦隊はまるでシュロックター提督を撃破した戦いを完全再現するかのように待ち構えていた。
現れた第2狩猟艦隊のシイアーシュ提督も状況を理解するよりも前に集中砲火を浴びて宇宙の塵へと消えた。
それでも容赦しない第1艦隊と第4艦隊は第2狩猟艦隊の殲滅を目指し、猛攻を加え続けた。
三日と経たずして、第2狩猟艦隊もまた第1狩猟艦隊と同様に宇宙の塵と消えた。
「さすがアルシアさんですぅ!
ここまで叩き潰せば、メクトも神聖帝国の、そして守護神たるシズク様の存在を無下には出来ませんよぉ!
全軍、全速前進!
第1艦隊は第3狩猟艦隊のとどめをぉ!
第4艦隊はニャロンメラン星系の星系要塞を落としてくださーい!」
イレーネがメルエルニャの提督室で叫んだ。
それをアーヴィンが冷静に全艦に通達する。
そこから十二日後、画竜点睛の一点が埋められた。
敵主力艦隊である第1狩猟艦隊、第2狩猟艦隊、第3狩猟艦隊はほぼ壊滅。
ニャロンメラン星系要塞も陥落した。
第1艦隊と第4艦隊は分かれて二星系奪還に動くが、その時点でメクト側からの講和交渉が神聖帝国本国に向けて打診され、そこで一旦の休戦が確定した。
両国の国境はメクト側からの侵略地の返却を持って現状通りとし、残された第2守護艦隊、第3守護艦隊は本国への帰還を許された。
この講和に際し、メクトから神聖帝国へ侵略地の荒廃の復興資金として多額の支援金――これは後世においてメクト敗戦に伴う賠償金と見なされている――が支払われることになった。
こうしてメクト・ニャニャーン侵略戦争は終戦を迎えた。
事実上の神聖帝国側の完全勝利だった。
これは神聖帝国軍の当初の攻略計画を一年前倒す快挙であり、帝国内ではシズクの軍才が連日のように讃えられた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第九十三話「完勝」、今回でメクト戦争が終結しました!
アルシアさんとシュレイン参謀長の会話、めちゃくちゃ面白かったです!
「ローリスクと言え。さもなくば足元をすくわれて酷いしっぺ返しに遭うぞ」って、アルシアさんが自分の作戦に対して冷静にツッコみながら語るのが良いですね!
そして、コード778の核心は「稚拙な罠を二回やること」っていう逆転の発想、本当に面白いです!
「シズク様ならば二回も繰り返さぬ。敵は――そう考える。だからこそ、もう一度その稚拙な罠を見舞ってやるのさ」って、敵の「シズクへの先入観」を完全に逆用してますね!
そして、元々戦争が勝利して終わるのは確定していたのに、ここで一工夫加えることで完全勝利に持っていったんですね!
「ただの算数だ」って言いながらFTLジャンプの時間差を完璧に計算してるアルシアさん、本当に「劣化シズク」なんて評価は失礼なくらいの策士ですね!
そして、シイアーシュ提督も「まさか自らもこの稚拙な罠で」って思いながら消えたであろう終わり方、なんとも言えない皮肉さがありますね…。
「これは神聖帝国軍の当初の攻略計画を一年前倒す快挙」って、しかも全部「シズクの手柄」として讃えられてるのが、イレーネさんのなんとも言えない立場を表してますね!
そういえばシズクさんはどうしてるんでしょうね?
次回も、絶対見逃せませんよ~!




