第八十六話 まどろみの中の策
出航の三日前。
イレーネはクリムゾン邸を訪れていた。
応接室に通されると、レオンはすぐに姿を現した。
まだ幼さの残る顔立ちだが、その瞳は真っ直ぐで、
クリムゾン家の血を感じさせる鋭さがあった。
イレーネはにこりと笑い、軽く頭を下げる。
レオンにはシズクの命で諜報活動を行うため、
長期において帝都を離れると説明した。
その間、ミオリの護衛を任せるためである。
「そういう訳なんですよぉ。
なので、レオンさん。ミオリ様のことはお頼みしますぅ」
レオンは真剣な表情で頷いたが、すぐに眉を寄せた。
「……事情は分かった。
だが、諜報は嘘だろう。
第1艦隊に同行するんじゃないか?」
イレーネは一瞬だけ目を瞬かせた。
(ん……子供なのに鋭い。なんでそう思ったんでしょうねぇ)
彼女は笑顔を崩さずに首を傾げる。
「そんなことはないですよぉ。
なんでそんな風に思ったんですかぁ?」
レオンはイレーネの手元を指さした。
「イレーネが手に持っている、それだ。」
イレーネが抱えていた資料の束。
その中に、ニャドロット星系、ニャロンメラン星系、ペニャンドーク星系――
メクト・パクスが占領している三星系の航路図が混ざっていた。
レオンはイレーネの手元から視線を上げ、静かに続けた。
「その三つの星系が同時に関係するとなると、
今はメクト・パクスしか考えられない。
そこは完全に敵星系だ。
諜報よりは侵攻の手伝いと見た方が自然だよ」
イレーネは肩を落とし、観念したようにため息をついた。
「……はぁ。鋭いですねぇ。
さすがレオンさんですぅ。
ですが、これも陛下の御為、黙っていてもらえませんか?」
レオンは少し考え、そして言った。
「黙っていてもいいが、僕も連れていけ」
イレーネは素っ頓狂な声を上げる。
「はぁ?無理ですよぉ。
半年から一年は帰ってこれません。
その間にレオンさんが行方不明になったら、
赤青の内乱が再発しますよぉ」
レオンは唇を噛んだ。
「……うぅ。
でも僕も陛下のお役に立ちたい」
イレーネは少しだけ優しい声で言った。
「そうですねぇ。それでしたらぁ……
一番役に立つのは、クリムゾンに残ってミオリ様をお守りすることですぅ」
レオンは目を瞬かせる。
「なんでそうなる?」
イレーネは指を一本立て、説明を続けた。
「ミオリ様の安全はぁ、
クリムゾンーアジュール家の平和維持の最大条件ですよぉ。
レオンさんがミオリ様をお守りすれば、それが果たせますぅ。
そしてクリムゾンの中にいてぇ、
私が常にレオンさんと一緒にいたと偽証してほしいのですぅ」
レオンは息を呑んだ。
「……それが一番なのか。」
「はい、そうですぅ。
私が全力でメクトを追い返して陛下をお救いしますぅ。
巡り巡ると、それがレオンさんにとっての最大貢献ですよぉ」
レオンはしばらく黙り、拳を握った。
「まだ僕が子供だからか……。
父上もイレーネも、僕をまだ子供扱いするんだな」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……いや、分かった。
僕は子供じゃない。
だから我儘を言わない」
イレーネは目を細める。
「ということはぁ?」
レオンははっきりと言った。
「ミオリを守る。
そして――
イレーネは僕と一緒に居たと証言する」
イレーネは満足げに微笑んだ。
「助かりますぅ。
やはりクリムゾンの中で一番見どころがあるのはレオンさんですねぇ」
レオンは耳を赤くしながら言う。
「え?そうなのか?
お前は兄上のことを慕っていると思っていた」
イレーネは目を丸くした。
「えぇ?!私がカイさんをですかぁ?
ん~。それもありですねぇ」
レオンは小さく呟く。
「……兄上。脈なしか」
「何か言いました?」
「いや……」
レオンは首を振り、真剣な目でイレーネを見つめた。
「僕の代わりに、必ずメクトを打ち破って、陛下をお救いしてくれ」
イレーネは胸に手を当て、力強く頷いた。
・ ・ ・
第1艦隊、華やかな装飾に彩られ青色に輝くシズクの旗艦「メルエルニャ」。
その提督室。
(私のアリバイもレオンさんが仕立て上げてくれますぅ。
後は早急にメクト・パクスを打ち砕くだけ)
「……しかし、この席は落ち着きませんねぇ。
何かシズク様に見張られている気がしますぅ」
小声でそう呟いたあと、慌てて立ち上がると周りの家具や本棚の周りを手探りで探る。
そして戻ってきて提督席の足元に潜り込んで、一通り見まわした。
「盗聴器の類はありませんねぇ、一安心です。
独り言も言えないんですよぉ」
机の下から出てこようとして、頭を裏側にぶつける。
ガンっ!
「あ、痛っ!」
大きく机が揺れると、
引き出しの裏の見えにくい所から小さい機械がポロリと落ちた。
それをゆっくりと拾い上げる。
(ん~……油断も隙も無いですぅ)
イレーネはそっと元の位置に盗聴器を戻す。
「さてと、作戦を組まないといけませんねぇ。
敵は三箇所。
せめて一箇所くらいは無傷で速攻撃滅したいですねぇ。
仮にそれが為せても敵が二倍ですぅ。
倍のメクトに勝つのは難しいですねぇ。
……シズク様ならどうやるだろうなぁ?」
部屋の中をウロウロして、そのままソファに寝転がる。
「あぁ、これいいソファですねぇ。
柔らかい、いい案が出そうですぅ。
……すぅ……」
・ ・ ・
コンコンコン。
「イレーネ提督、間もなくFTLジャンプの準備が整います」
その声に驚いてガバっと起き上がる。
(あ……2時間くらいか。寝てた……)
「はぁい、ではジャンプをお願いしますぅ」
「は!」
(……少しだけスッキリしたぁ。
シズク様なら心理戦で勝つはずですぅ。
一つ策を思いつきました!)
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第八十六話「まどろみの中の策」、今回はイレーネさんとレオンくんの可愛いやりとりが描かれました!
レオンくん、資料の束からメクト・パクスの航路図を見つけて「侵攻の手伝いと見た方が自然だよ」って言うの、14歳の観察眼じゃないですよね!
イレーネさんが「はぁ。鋭いですねぇ」って観念するのが面白かったです!
そして、「僕も連れていけ」「黙っていてもいいが」って交渉してくるレオンくん、ちゃっかりしてますね!
でも最後に「分かった。僕は子供じゃない。だから我儘を言わない」ってなるのが、本当に大人びています。
でも実際、それが一番イレーネにとっても助かるんですよね、アリバイが最も信用できそうな子供から盗れるんですから。
ちなみに、「カイさんを慕っているか?」「それもありですねぇ」→「兄上……脈なしか」のやりとり、今回一番笑いました!
カイさんがイレーネさんのことを好きなのはレオン君にバレてそうですね!
そして、シズクさんの旗艦「メルエルニャ」の提督室での一人芝居が最高です!
盗聴器を探して「一安心」と思ったら机の裏から出てきて、そっと戻すイレーネさん……「油断も隙も無いですぅ」って、シズクさん徹底してますね!
そして作戦を考えながらソファで2時間爆睡して「少しだけスッキリしたぁ」って、本当にイレーネさんらしいです!
次回も、絶対見逃せませんよ~!




