第八十五話 第1艦隊出陣
カイが「零五の奇跡」を再現した時より、四ヶ月ほど前に遡る。
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軍務省の重厚な扉が静かに閉じた。
指令を受け取ったシズクとトウガは、
無言のまま長い廊下を並んで歩く。
磨き上げられた床に二人の影が伸びていた。
帝都の冷たい空気が、これから始まる遠征の重さを予感させる。
入口の階段を抜けると、地下駐車場へ続くスロープが現れる。
そこにはすでに二台の黒いリムジンが待機していた。
シズクは足を止め、横目でトウガを睨むように見上げた。
「中途半端な気持ちで当たるな。
我々の戦力を削ぐための策である可能性もある」
その声音は低く、張り詰めていた。
トウガは鼻で笑い、肩をすくめる。
「ふん、舐めるな。
やるからには全力で虫どもを叩き潰してやる」
不敵な笑みを浮かべると、リムジンへ向かって歩き出す。
乗り込む直前、振り返りざまに言い放った。
「シズク、お前こそモタモタするな。
恐竜どもをさっさと駆逐して戻ってこい」
シズクは表情ひとつ変えずに答える。
「……あぁ。」
そのまま別のリムジンへ乗り込んだ。
エンジン音が重く響き、
二台の車はそれぞれの戦場へ向けて別方向へ走り去った。
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帝都・アジュール邸。
執務室の扉を開けると、イレーネがすでに待ち構えている。
彼女は椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせていたが、
シズクの姿を認めると、すぐに直立して見つめる。
「シズク様ぁ。
聞きましたよぉ。
これからメクト・パクス討伐に向かわれるんですねぇ」
シズクは無駄な感情を見せずに頷いた。
「そうだ。」
イレーネは肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。
「メクトですかぁ。強敵ですねぇ。
赤青の内乱で帝国が弱ったところを、
ずいぶん深くまで攻め込んできてますよぉ」
「敵の戦力は調べてあるか?」
「もちろんですぅ」
イレーネは端末を操作し、星図を投影する。
「ニャドロット星系、ニャロンメラン星系、ペニャンドーク星系。
この三つがメクトに占領されていますぅ。
星系要塞は完全制圧済みで、ほぼ領有状態ですねぇ」
「戦力は?」
「はい、それぞれに第1狩猟艦隊、第2狩猟艦隊、
第3狩猟艦隊が駐留してますぅ。
さらに各狩猟艦隊には第1守護艦隊、第2守護艦隊、
第3守護艦隊が付き従ってますぅ」
シズクは静かに頷いた。
「狩猟艦隊が我らの主力艦隊相当、守護艦隊が下部主力艦隊相当だったな」
「はぁい、その通りですぅ」
「我らは主力艦隊が二艦隊構成だ。
各星系守備艦隊よりは強力だが……
星系に攻め込んだ時点で、他の星系から援軍が向かう。
そうなれば形勢は一気に逆転する」
「はぁい、二十日ほどで到着するでしょうねぇ。
なので相当急ぐ必要がありますよぉ。」
シズクは腕を組み、目を細めた。
「急ぐと言っても、メクトはそもそも我らより強国だ。
艦隊一つとっても我らより強力。
よほど上手くやらねば、二十日で敵艦隊を打ち破るのは至難の業だ」
イレーネはにこりと笑う。
「いーえ、シズク様なら余裕ですよぉ」
シズクは首を横に振った。
「何を言っている。
私は行かんぞ」
イレーネの笑顔が固まる。
「……え?
ですが、第1艦隊に討伐指令が出ていますがぁ?
さすがに無視はまずいですよぉ?」
「無視をするとも言っておらん。
私はウララ陛下の救出を第一優先としている。
それにラートリーの命令に従うのも癪だ。
お前が私に化けて、第1艦隊を率いて向かえ」
「え?えぇぇ!?
わ、私は謹慎中ですよぉ!?」
イレーネの動揺を意に介さず、シズクは淡々と告げる。
「ちょうど良いではないか。
自分の艦隊を持っていたら、第1艦隊を代理で率いることもできまい」
イレーネが困り切った顔で額の汗を拭きながら猛反論する。
「えぇ!?本気ですかぁ!?
私はぁシズク様ほど上手く出来ませんよぉ!!」
シズクが少しだけ意地悪な笑みをこぼしつつ断定する。
「私と同じ方法、同じ効率である必要はない。
お前ならどのみち奴らをいなせる。
部下で出来る仕事を私が自ら実施する意義はない」
シズクはイレーネを真っ直ぐ見つめた。
「イレーネ。お前が行け」
「そ、そんなご無体なぁ……」
最後の最後まで抵抗を試みるが……。
「わがままを言うな。
その口調さえ誤魔化せば、お前なら十分に第1艦隊を扱える。
メクトを各個撃破することも可能だ」
シズクは机に手を置き、低く続けた。
「私はその間にウララ陛下を救い出す算段を立てる。
ラートリーが油断している今こそ、好機だ」
イレーネはしばらく黙り込み、やがて肩を落とした。
「……上手く出来なくても怒らないでくださいよぉ」
「提督室に籠れば、誰にも気づかれん。
第1艦隊の参謀たちは私に絶対の忠誠を誓った者たちだ。
お前を隠し、上手く運用することもできる。
もし失敗したとしても私が何とでも揉み消す」
シズクは静かに言った。
「今は、お前しか信用できる者がいない。頼む。」
イレーネは観念したように息を吐いた。
「……わかりましたぁ。全力を尽くしますぅ。
やるからには失敗はしないようにしますよぉ。
はぁ……どうしてこうなるぅ……?」
・ ・ ・
十日の準備期間を終え、第1艦隊と第4艦隊はニャニャーンから出陣した。
第1艦隊の幹部、そして第4艦隊のアルシア提督のみが、
提督に座る者の真実を知る。
第1艦隊はシズクではなくイレーネが率いている。
シズクの厳命によって、イレーネの采配をシズクによるものとして、
アルシアも絶対的にイレーネに従うように言われている。
敵は一筋縄ではいかないメクト・パクスの主力艦隊。
イレーネは紅茶を片手に優雅に焦っていた。
(はぁ、気が重い。
私がぁ、シズク様と同じ戦果なんて出せませんよぉ!)
ゆっくりと紅茶をすする。
傍目には全く焦りも見えない。
シズクがイレーネに全権を委ねたのは、信頼ゆえだった。
あの口調さえ隠せば、イレーネは第1艦隊を完全に掌握できる。
そしてシズク自身は、ウララ陛下救出に向けて動き始めた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
今回は「零五の奇跡」の四ヶ月前のエピソードでしたね!
トウガさんの奇跡演出とは同時世界線になります。
そして、今回の最大の衝撃は、シズクさんが「私はメクトには行かんぞ」って言ったことですね!
「お前が私に化けて、第1艦隊を率いて向かえ」って、イレーネさんへの無茶振りが最高でした!
イレーネさんの「え?えぇぇ!?わ、私は謹慎中ですよぉ!?」って動揺、めちゃくちゃ可愛かったです!
でも、シズクさんの「今は、お前しか信用できる者がいない。頼む。」って一言が、シズクさんらしくなくて、すごく重みがありましたね。
でもこれがシズクさんにとっては最大の攻め口だったわけです。
だってラートリーさん達は、シズクさんを最前線に送り込めば、ウララさん救出の諜報にかまってられないっておもってますよね。
これ完全に油断ですから!さすがシズクさん、敢えて出陣させられる振りをして影武者を立てちゃいました。これもシズクさんの陣営の層が厚いからですよね。
自分の代わりになる部下がいる!強いです!
ちなみにイレーネさんが「どうしてこうなるぅ……?」って嘆きながらも観念するのが、本当に愛されキャラですね。
次回も、絶対見逃せませんよ~!




