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ニャニャーン大乱記  作者: ひろの
第七章 律の継承、崩れゆく均衡

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第百三話 名もなき名将

シズクとトウガの二人は内務大臣、軍務大臣として辣腕を振るい、帝国の内政と軍政に大きな影響を及ぼしていた。

だが、二人が率いる艦隊は、今となっては本国守備艦隊の位置づけに成り下がっている。

自らの艦隊を率いて戦場へ出る機会は、ほとんどなくなっていた。


シズクは今も第1艦隊提督、トウガも第2艦隊提督であり、それぞれの艦隊に対する指揮権を保持していた。

しかし、この三年間で帝国軍の艦隊編制そのものが大きく変わっていた。


・ ・ ・


最も大きな変化は、第3艦隊だった。

かつてセリオンが率いていた第3艦隊は、皇配就任を機に主力艦隊群から切り離され、《皇配直轄艦隊》として大幅に増強された。


これによって一時的に欠番となった第3艦隊も、そのまま廃止されたわけではない。

新たに艦船と将兵が集められ、従来と同規模の主力艦隊として新設された。


その提督に抜擢されたのが、ガルド・アンバークレスト侯爵である。


橙色の髪を持つ大将で、《琥珀の猛将》の異名を持つ。

ラートリー陣営では珍しい武断派だった。


挿絵(By みてみん)


細かな政治工作や謀略を好まず、戦場では正面から敵艦隊を打ち破ることを得意とする。

豪快な性格で部下の面倒見もよく、ラートリー個人への忠誠心も厚い。


決して無能な将ではないが、現在の帝国軍には比較対象が多すぎた。


零五の奇跡で名を馳せたカイ。

第4艦隊を率いるアルシア。

そして世間には知られていないものの、メクト戦役でシズクの影武者として大戦果を挙げたイレーネ。


彼らと比べれば、ガルドの戦歴は数段落ちる。

まして、シズクやトウガと比較できるほどの将ではなかった。

それでもラートリーがガルドを主力艦隊提督に抜擢したのには理由がある。


人が足りないのだ。


この三年間でラートリー派は急激に膨張した。

軍部だけでなく、官僚機構や地方行政、新たに獲得した領域にも多くの人材を送り込んでいる。


だが、勢力が二倍になったからといって、優秀な人材まで二倍になるわけではない。


シズクやトウガの陣営と比較すれば、ラートリー派は明らかに人材の層が薄かった。

その中で、ガルドは主力艦隊を任せられる数少ない将だったのである。


ラートリーへの忠誠心が厚い。

それが、第3艦隊を任された最大の理由でもあった。


もっとも――

その忠誠はヴァーダント家そのものへ向けられたものではない。


あくまでラートリー個人に対するものだった。

そのため皇配セリオンとの関係は、決して良好とは言えなかった。


・ ・ ・


第4艦隊には大きな変化はない。

引き続きアルシア大将が提督を務めている。


そして第5艦隊。

その提督は、カイ・クリムゾン大将だった。


三年前のジソリアン戦役。

絶望的な戦況から帝国軍を立て直し、敵軍を撃退した《零五の奇跡》。


その名は、今では帝国全土に知れ渡り、軍内部だけでなく国民からの人気も高かった。


若く勇敢で、しかもクリムゾン公トウガの嫡男である。

次代の帝国軍を背負う名将として、カイへの期待は日増しに大きくなっていた。


ラートリーも、その人気と能力を無視しなかった。

第5艦隊には優先的に新造艦が配備され、艦艇数も増強されている。


今や第5艦隊は、新設された第3艦隊を明確に上回る。

艦隊戦力だけで見れば、シズクの第1艦隊、トウガの第2艦隊に匹敵する規模へ成長していた。


これだけを見れば、赤青の勢力も決して弱くなってはいない。


第1艦隊、第2艦隊。

そしてトウガの嫡男が率いる第5艦隊。

さらにアルシアの第4艦隊も、元帥府へ完全に従属した艦隊ではない。


だが――

帝国軍全体を見れば、話はまったく違っていた。


従来の第1から第5までの主力艦隊とは別に、現在の帝国には二つの巨大艦隊が存在している。


ラートリー直属の《元帥艦隊》。

そしてセリオン直属の《皇配艦隊》。


この二艦隊は、そもそも通常の主力艦隊と同じ規模ではない。

それぞれが通常の主力艦隊の二倍弱の艦船を保有していた。


さらに、そこへガルドの第3艦隊が加わる。


元帥艦隊、皇配艦隊、第3艦隊。


その三つだけで――

第1、第2、第4、第5艦隊を全て合わせた戦力すら上回っていた。


軍務大臣であるトウガが、その事実を知らないはずがない。

数字は毎日のように彼の机へ届けられている。

赤と青も力を増している。

だが、それ以上の速度でラートリーの力が膨張しているのだ。


・ ・ ・


一方、帝国軍の表舞台から姿を消したままの人物もいた。


イレーネである。


三年前、セリオン暗殺を企てたことがラートリーに露見し、提督位を剥奪された。


大将位こそ残されているものの、指揮する艦隊もなく、軍務も与えられていない。

表向きは現在も謹慎中の身だった。


だが、この三年間を何もせずに過ごしていたわけではない。

イレーネはクリムゾン家に滞在していた。

シズクの長女ミオリの護衛を務めるためである。


かつてシズクとトウガが敵対していた頃、ミオリは両家の停戦を保証するため、事実上の人質としてクリムゾン家へ預けられた。


その後、シズクとトウガはウララの前で正式に盟を結んだ。


それでも情勢が安定するまでは従来通りの形が維持され、ミオリはそのままクリムゾン家で暮らしていた。


そしてイレーネは、その護衛として傍にいた。


もっとも、三年間ずっとミオリだけを見ていたわけではない。

クリムゾン家には、もう一人、イレーネが目をかけた少年がいた。


トウガの四男、レオンである。

レオンは兄のカイとは違い、まだ軍人ではなかった。

そこでイレーネは暇を見つけては、自らが持つ知識をレオンへ教え込んだ。


艦隊運用、戦術、兵站、星間航路。

敵軍の戦力分析、さらには歴史や政治まで。


艦隊戦シミュレーションを繰り返し、敵の心理を読むこと。

一手、二手先を読み続けることを徹底して教え込んだ。


イレーネ自身が軍人として身につけたものを、惜しむことなく少年へ授けた。


そして三年が過ぎ――

レオンは士官学校へ進学した。


イレーネによるレオンの教育も、そこで一区切りとなった。


同じ頃、アジュール家とクリムゾン家の関係も、かつてのものではなくなっていた。

もはやミオリを人質としてクリムゾン家へ置いておく意味はない。


ミオリは三年ぶりにアジュール家へ戻った。

そして、その護衛だったイレーネもまた、シズクのもとへ帰還した。


・ ・ ・


アジュール家の執務室。

扉が開き、イレーネが中へ入ってきた。


「失礼いたしますぅ」


机で書類を読んでいたシズクの眉間に、早くも皺が寄った。


「……相変わらず、その喋り方は何とかならんのか?」


「申し訳ありません~。気を付けますぅ」


「まったく直す気がないだろう」


「ありますよぉ」


「……もういい」


シズクは諦めた。


三年ぶりに顔を合わせたというのに、まるで変わっていない。

シズクは机の脇に置いてあった包みを取り、イレーネへ放り投げた。


「イレーネ。これを受け取れ」


「はい?」


イレーネは両手で受け取った。


思ったより重い。


包みを開いてみる。

中から出てきたのは軍服だった。

帝国軍中将の階級章が付いている。


「……中将?」


さらに軍服の下から、小型の身分証明端末が出てきた。

イレーネが起動する。


顔写真は自分だった。

だが――名前が違う。


《リーナ・シェルバ》


帝国軍中将。

軍籍番号まで登録されている。

経歴もある。

軍学校卒業から現在に至るまで、十数年に及ぶ軍歴が記録されていた。


イレーネは何度か画面を見直した。


「……これ、私ですよねぇ?」


「顔を見れば分かるだろう」


「名前が違いますけどぉ」


「当然だ」


シズクは平然と答えた。


「お前は今日からリーナ・シェルバだ」


「はぁ?」


イレーネが珍しく素っ頓狂な声を上げた。


「ど、どういう意味ですかぁ?」


「そのままの意味だ」


「私、イレーネですけどぉ」


「知っている」


「大将ですぅ」


「それも知っている」


「しかも謹慎中なんですけどぉ?」


「だから偽名を使わせるのだろう」


イレーネは黙った。

しばらく考える。


「……あぁ」


ようやく納得したらしい。


「また悪いこと考えてますねぇ」


「人聞きの悪いことを言うな」


シズクは机の上で手を組んだ。


「レオンの教育係も終わった。

 ミオリもこちらへ戻った。

 謹慎しているだけならば、どうせ暇だろう?」


「暇ですけどぉ」


「ならば働け」


シズクは別の資料を表示した。


そこに映し出されたのは――第5艦隊。

そして、その提督であるカイ・クリムゾン大将だった。


「リーナ中将として、第5艦隊参謀長の地位を用意した」


イレーネが固まった。


「……はい?」


「カイのもとへ行け」


「はぁ!?」


今度こそ大声が出た。

シズクは不愉快そうに耳を押さえた。


「うるさい」


「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよぉ!

 私、謹慎中なんですよぉ!?」


「だからイレーネ大将として行けとは言っていない」


「そういう問題ですかぁ!?」


「そういう問題だ」


シズクは何でもないことのように言い切った。

イレーネは再び身分証を見る。


リーナ・シェルバ中将。


存在しないはずの人物に、存在する軍歴が用意されている。

おそらく軍務省の記録だけではない。

納税記録、戸籍、軍学校の卒業記録、過去の配属先。


シズクのことだ。

調べられても簡単には偽造と判明しないところまで、すでに作り込んでいるはずだった。


「いつから準備してたんですかぁ?」


「お前に教える必要はない」


「怖い人ですねぇ」


「褒め言葉として受け取っておこう」


シズクは第5艦隊の資料へ視線を戻した。


「今の親帝派で、最も活躍できる艦隊は第5艦隊だ」


第1艦隊にはシズク自身がいる。

第2艦隊にはトウガがいる。


しかし二人とも今では大臣職にあり、以前のように長期間帝都を離れて外征することが難しくなっている。


対してカイは若く、軍務に専念できる。

何より、零五の奇跡によって国民と軍部の双方から絶大な支持を得ている。


ラートリーですら、その能力と人気を無視できず、第5艦隊を主力艦隊でも最大級の規模へ増強していた。


「カイにはまだ伸びてもらう」


シズクは言った。


「軍功も、名声も、今の程度では足りん」


イレーネの表情が真剣なものに変わった。


「……私に、カイ大将を補佐しろと?」


「ああ」


シズクは頷いた。


「お前が参謀長として補佐し、さらにカイの軍功を高めよ」


「私の軍功にはならないですよぉ?」


「必要ないだろう?」


即答だった。

イレーネは目を瞬いた。

シズクの口元が、わずかに吊り上がった。


「得意ではないか」


「何がですぅ?」


「他人の名前で戦功を挙げることだ」


イレーネはしばらくシズクを見つめた。


メクト戦役。


自分はシズク・アジュールとして艦隊を率いた。

そして勝った。


その勝利は全て、シズクの戦功となった。


「……あれ、結構大変だったんですよぉ?」


「知っている。だからお前を選んだ」


シズクは椅子へ深く腰掛けた。


「今度はカイを勝たせろ、イレーネ」


その言葉に、イレーネはもう一度、手の中の軍服を見た。


《リーナ・シェルバ中将》。


そして――第5艦隊参謀長。

しばらく考えたあと、いつもの緩い笑みを浮かべる。


「仕方ないですねぇ」


軍服を抱え直した。


「暇ですし、働いてきますぅ」


「最初からそう言え」

挿絵(By みてみん)

★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★

挿絵(By みてみん)

はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!

硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。


今回は帝国軍の現状と、久しぶりのイレーネさんのお話でした!


まず帝国軍。


シズクさんとトウガさんも力を増していますが、それ以上の速度でラートリーさん側が巨大化しています。


元帥艦隊、皇配艦隊、第3艦隊。

これだけで赤青側の主力艦隊を上回るほど!


でも、勢力が二倍になっても優秀な人材まで二倍にはなりません。

ラートリーさん、人材不足です!


そして三年間謹慎していたイレーネさん。


……誰ですか!?

リーナ・シェルバ中将って!?


はい、イレーネさんです。


シズクさん、偽の軍歴まで作って、第5艦隊の参謀長に送り込んじゃいました!


しかも目的は、イレーネさんに軍功を挙げさせることではありません。


カイ君をもっと勝たせること!


あれ?

これ、メクト戦役でもやってませんでした?


イレーネさんが戦って、他人の戦功になる!


名将なのに、また名前が残らない!


まさに《名もなき名将》ですね!


さて、名参謀を手に入れたカイ君。

これからどこまで成長するのでしょうか?


次回もお楽しみに!

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