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ニャニャーン大乱記  作者: ひろの
第七章 律の継承、崩れゆく均衡

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第百二話 赤と青の大臣

内務省大臣執務室。


シズクは自席に座り、正面に表示された巨大なホログラムを眺めていた。

そこには技術科学庁から提出された、新年度の研究開発予算申請が一覧で表示されている。


帝国各地の大学、研究機関、民間企業から提出された研究計画は一万件を超える。

もちろん、その全てを内務大臣が直接審査するわけではない。

技術科学庁が一次審査を行い、有望な研究については専門家による評価も添えられている。


その中でも大きな予算を必要とするものや、帝国全体の政策に関わるものだけが内務大臣の裁可へ回される仕組みになっていた。

シズクは高速で資料を送っていく。


「大したものはないな。

 既存技術の改良ばかりではないか」


「はい。確実な成果を見込める研究を優先しておりますので」


技術科学庁の官僚が答えた。

シズクはつまらなそうに次の資料へ移る。


新型核融合炉。

却下。


惑星間貨物輸送の効率化。

継続審査。


農業用ロボットの改良。

地方予算で行わせる。


次々と判断を下していく。

やがて、シズクの指が止まった。


「ん?」


資料を一つ戻す。


「これは何だ?」


「どちらでしょうか?」


「No.12213だ。資料を映せ」


官僚が端末を操作する。


『亜空間後流利用論』


聞き慣れない研究名が表示された。

シズクはその概要へ目を通した。


「FTL航法では、蜘蛛の巣のように張り巡らされた亜空間領域を経由し、通常空間では不可能な超光速航行を実現していたな?」


「はい、いわゆる亜空間ワープ航法です」


「この亜空間後流(スリップストリーム)とは何だ?」


官僚は専門資料を呼び出した。


「FTL航行を行った艦船は、亜空間領域に一時的な変動を残します。

 研究者はこれを亜空間後流と呼んでおります」


シズクは資料を読み進める。

先行する艦船によって発生した亜空間の変動を観測し、その後流内へ別の艦船を進入させる。

もし後流を利用して亜空間抵抗を軽減できれば、同一のFTLドライブでも、より高い航行速度を実現できる可能性がある。


「なるほど……」


シズクは資料を拡大した。


「面白いところに目を付ける奴もいるものだな」


「ですが、閣下。まだ仮説段階です」


官僚は慎重に答えた。


「亜空間後流そのものの安定観測にも成功しておりません。

 実用化できる保証はなく、技術科学庁としても優先順位を下げております」


「だから何だ?」


「は?」


シズクは研究概要へもう一度目を通した


「実用化できると分かっている研究ならば、民間が勝手に金を出す。

 結果が分からんものに金を出せるのが国家だろう」


もう一度、研究概要を見る。


「もし実現すれば、FTL航行の速度を劇的に向上させるやもしれん」


「確かに理論通りであれば……」


「No.12213には予算を割り当てろ。

 少額でよい。まず理論研究を続けさせろ」


「承知いたしました」


官僚がすぐに記録する。

その時、別の官僚が新たな資料を持って入室した。


「閣下。環境庁から裁可を求める案件が届いております」


「見せろ」


新しい資料が表示された。


『選択的森林枯死計画』


シズクの眉が動く。


「物騒な名前だな」


内容を読み始めた。


移民先となる惑星の植物生態系を詳細にカタログ化し、遺伝子解析によって植物種ごとの特性を把握することで、環境モデルを構築する。

その上でゲノム編集技術と散布技術を組み合わせ、移民や農業の障害となる植物のみを選択的に枯死させる。


最終的には現地の生態系そのものを、ニャーンの生存と生活に適した植生へ徐々に変えていくことを目的としていた。


「……なるほど」


シズクは何度か資料を読み返した。


「これも面白い」


「環境庁内部でも意見が割れております。

 惑星固有の生態系へ人為的に介入することになりますので」


「移民とは、そもそも人為的な介入だろう」


シズクは即答した。


「現地の生態系を無差別に破壊しろと言っているわけではない。

 必要な植物だけを選択して排除できる技術を確立するという話だ」


「では……」


「許可せよ。ただし実験惑星は厳格に選定しろ。

 利用価値のある貴重な植物を枯らしてしまうこともあるやもしれんからな。

 予期せぬ生態系の崩壊が発生した場合に備えて、改変した遺伝子の拡散を停止させる仕組みも同時に研究させろ」


「承知いたしました」


シズクは再び、膨大な案件一覧へ視線を戻した。


内務大臣となって三年。

副大臣をはじめ、内務省の要職にはラートリーに近い官僚が多数入り込んでいる。

それでも、シズクは名ばかりの大臣ではなかった。


科学技術、殖民、産業、地方行政といった帝国の内政に関わる膨大な案件が、今も彼女の判断によって動いていた。


「次を出せ」


シズクはそのまま、次の案件へ手を伸ばした。


・ ・ ・


同じ頃。


軍務省では、トウガが大勢の将官と官僚を前に、巨大な作戦図を見上げていた。

作戦図には、神聖帝国の星系図が表示されている。

帝都から無数の航路が伸び、その先には軍港、補給基地、物資集積拠点が記されていた。


「これでは駄目だ」


トウガは星系図を指差した。


「帝国が小さかった頃なら、これでもよかった。

 だが今は版図が広がりすぎている」


軍務省の兵站局長が答えた。


「現在も主要軍港には十分な物資を備蓄しております」


「その主要軍港から前線まで、どれだけ離れている?」


兵站局長が黙った。

トウガはかつての戦役記録を表示した。


「俺はこれまで、数多の戦いで嫌というほど思い知らされた。

 艦隊が強いだけでは戦争には勝てん」


戦艦があっても燃料がなければ動かない。

主砲があっても弾薬がなければ撃てない。

損傷した艦を修理できなければ、勝利するたびに艦隊は弱くなる。

そして負傷兵の治療が滞れば、熟練兵から失われていく。


「これまでの帝国軍は、母港から前線へ物資を送ることばかり考えてきた」


トウガは星系図へ新たな線を引いた。


「発想を変える」


帝都周辺の大規模軍港。

そこから複数の基幹兵站拠点を経て、前線近くには前進兵站拠点を置く。

その先に、実際に戦う艦隊が配置される。


一本の補給線ではない。


複数の星系を結び、どこか一つを失っても別経路から物資を送り込める網状の兵站線だった。


「前線の艦隊へ物資を届けるのではない。

 艦隊が進む先に、先に兵站を作る」


将官たちが星系図を見つめた。


「これを帝国軍の『星間兵站ドクトリン』として体系化する」


トウガはさらに別の資料を表示した。

そこには一個艦隊を構成する艦種と、その比率が並んでいる。


弩級戦艦、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、空母といった戦闘艦。


そして――

補給艦、工作艦、病院艦、曳航艦、弾薬輸送艦、燃料精製艦。

これまで補助戦力とみなされてきた艦艇が、大幅に増やされていた。


一人の提督が手を挙げる。


「閣下。この編成では、同規模の艦隊と比較して戦闘艦の比率が低下します」


「だから何だ」


トウガは即答した。


「損傷した戦艦を三日で戦列へ戻せる工作艦がいるなら、それも戦力だ」


提督が黙る。


「戦艦を百隻増やすだけでは駄目だ。

 その百隻を一年間戦わせ続けられる艦隊を作れ。

 こちらは『艦隊支援ドクトリン』として体系化する」


トウガは資料を叩いた。


「俺たちは今まで、敵を撃つ艦だけを艦隊だと思いすぎていた。

 違う」


会議室を見回す。


「弾を運ぶ奴も、燃料を運ぶ奴も、壊れた艦を直す奴も、負傷兵を治す奴も、全部艦隊だ」


そして、もう一つの問題を指摘した。


艦隊ごとに異なる補給規格。

造船所によって微妙に違う交換部品。

統一されていない弾薬容器。

艦種ごとに乱立する整備設備。


トウガは眉間に皺を寄せた。


「第1艦隊の部品が、第2艦隊では使えんだと?」


「建造を担当した企業が異なりますので……」


「統一しろ」


「しかし、全てとなりますと莫大な費用が――」


「だから今やるんだ。さらに艦が増えてからでは、もっと金がかかる」


トウガは言い切った。


「弾薬容器、燃料規格、交換部品、接続規格。

 可能な限り共通化しろ。

 戦場で製造元に合わせて部品を選んでいる暇があるか?」


「……ございません」


「ならばやれ」


軍務省の官僚たちが一斉に記録を始めた。

トウガはもう一度、帝国全土へ張り巡らされた兵站網を見た。


「星間兵站ドクトリンで帝国全土から物資を前線へ送り、艦隊支援ドクトリンで受け取った物資を戦闘力へ変える」


二つが組み合わさって、初めて長期間の外征が可能になる。

それは、トウガがこれまでの戦役で兵站と艦隊支援の重要性を何度も思い知らされた末に辿り着いた結論だった。


「敵艦隊を一度叩き潰して終わる戦争なら、今までの軍でもいい。

 だが帝国は、もうそんな戦争だけをする国ではない」


トウガは星系図の外縁部を指差した。

その先には、まだ神聖帝国の領域ではない無数の星系が広がっている。


「これから必要になるのは、勝つための艦隊ではない」


トウガは力強く言い切った。


「勝ち続けるための艦隊だ」

挿絵(By みてみん)

★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★

挿絵(By みてみん)

はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!

硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。


第百二話「赤と青の大臣」、今回は大臣として全力を尽くす二人の姿が描かれました!


驚くことに二人は傀儡大臣ではなくて、むしろ普通に有能な大臣として帝国を強くしているんですよね!


第101話でセリオン君は、

「百害あって一利なしではありませんか?」

と言いました。

いや、めちゃくちゃ利があるじゃん!


シズクさんとトウガさん。二人はラートリーさんを嫌っている。

でも二人とも神聖帝国には猛烈に貢献しているんですよね。

ラートリーさんからすれば、

「なぜ殺す?」

ですよね。

むしろセリオン君の提案の方がラートリーさんには理解不能なんじゃないでしょうか。


「銀河でも指折りの内政家と軍政家を、私に忠誠を誓わないというだけで殺すのか?」


となりますよね!


ラートリーさんが最終的に目指しているものがヴァーダント朝そのものではなく、愛するココさんの皇統を中心とした神聖帝国なら、赤青はむしろ極めて望ましい人材なんですよね。


ラートリーさん個人には忠誠を誓わない。

でもココさんの血統を持つ女帝と帝国には忠誠を誓う。

そして超有能。


なら使えばいい!になっちゃいますよね!


そして二人。

シズクさんとトウガさんはラートリーさんを倒したい。

でも大臣として手を抜かない。


ラートリーさん支配下の神聖帝国がどんどん強くなる。


あ、でもこれってもしかして。


「ラートリー元帥の下で平和になった。

 シズク内相は優秀。

 トウガ軍相も優秀。

 皇女まで生まれた。何が問題なの?」


って、なっちゃう?

ラートリーを倒す大義を作りにくかったり!?


次回、楽しみですね!

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