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ニャニャーン大乱記  作者: ひろの
第七章 律の継承、崩れゆく均衡

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第百一話 父上のお考え

第一皇女スズの誕生から一週間後――

セリオンは元帥府を訪れていた。


皇配となってから三年。

以前は父の執務室を訪れることなど珍しくもなかったが、今ではセリオンは皇宮、ラートリーは元帥府と、それぞれ別の場所に居を構える立場となっている。


セリオンが執務室へ入ると、ラートリーはいつものように大量の書類に目を通していた。


「父上、お時間をいただきありがとうございます」


「ああ。座れ」


ラートリーは書類から目を離すことなく答えた。


セリオンは父の向かいに腰を下ろした。

今日はスズの顔を見に来たわけでも、娘の養育について相談しに来たわけでもない。

三年前から進めてきた計画について、確認したいことがあった。


「父上。スズも無事に生まれました。

 そろそろ次の段階へ進んでもよろしいのではありませんか?」


ラートリーの手が止まった。


「次の段階とは何だ?」


セリオンは一瞬、質問の意味が分からなかった。


三年前から父と共に進めてきた計画である。

改めて説明する必要などないと思っていた。


「もちろん、ヴァーダント朝神聖帝国の樹立です」


ラートリーは何も答えなかった。


「既に三年が経ちました。

 陛下と私の婚姻も帝国臣民に受け入れられています。

 そして今回、スズも生まれました」


ニャーリ朝の血とヴァーダントの血を受け継ぐ皇女まで誕生した。


元帥府は帝国軍の大半を掌握している。

官僚機構にもラートリー派が入り込み、内務省と軍務省の中枢にまで元帥府の影響力は及んでいた。


三年前とは状況が違う。

もはやウララに禅譲を迫ったとしても、対抗できる勢力などほとんど残されていない。


「陛下に禅譲していただき、私が皇帝となる。

 今なら大きな混乱もなく実現できるはずです」


「余計なことをするな」


セリオンは眉を寄せた。


「余計……なことですか?」


「ああ」


「しかし、父上。

 歴史は繰り返すと申します。

 もはやニャーリ家は、天より見放されております。

 天意を得た新たな皇統が立つのは必然であると、歴史が証明しておりますよ」


「お前は本当に我がヴァーダント家が、天意を得たと思っているのか?」


ラートリーはそれだけ答えると、再び書類へ視線を落とした。

セリオンには、父の態度が理解できなかった。

かつてはラートリー自身が、ヴァーダント朝の樹立を進めていたはずだった。


そのために自分をウララと婚姻させた。

そのために元帥府の力を強めてきた。


ところが、実現できる状況が整った今になって、なぜか父は急ごうとしない。


「何か問題があるのでしょうか?」


「問題があるから待てと言っているのではない。

 天意を得ぬまま、動く必要はないと言っている」


「ですが――」


「セリオン」


低い声で名を呼ばれ、セリオンは口を閉じた。


「王朝を変えるということが、どれほど大きな意味を持つのか理解しているのか?」


「もちろんです」


「ふん、お前は分かっておらぬ」


それ以上、ラートリーは説明しなかった。

セリオンは不満を覚えたが、すぐに自分を納得させた。


父は昔から慎重な男だった。


赤と青を争わせ、双方が疲弊するまで待った。

皇帝ウララを離宮へ移した時も、表向きはあくまで保護という形を崩さなかった。

三年をかけて官僚機構を掌握したのも、力任せに帝国を奪えば反発を招くことを理解していたからだ。


(そうだ。父上は慎重になっているだけだ)


王朝を一つ終わらせ、新たな王朝を作るのだ。

三年を長いと感じる自分の方が、焦っているのかもしれない。


セリオンはそう考え、次の話へ移った。


「では父上。せめて皇配の権限を、もう少し強めていただけませんか?」


ラートリーが再び顔を上げた。


「何のためだ?」


「何のため……?」


今度はセリオンも面食らった。


「私は皇配です。陛下の夫であり、第一皇女の父でもあります。それにもかかわらず、現在の私にはあまりにも権限がありません」


皇宮内の人事ですら、自由には動かせない。


スズの養育について意見を出しても、最終的には元帥府の承認を求められる。


皇室財政についても、関与できる範囲は限られている。

国政について意見を述べることはできても、大臣たちへ直接命令する権限はない。


皇配という地位は高い。

しかし、実際に行使できる権力は、セリオンが期待していたものとは大きく違っていた。


「皇宮人事と皇室財政。

 それに陛下の代理として、政務の一部を決裁する権限をいただきたいのです」


「必要ない」


あまりにも早い返答だった。


「……父上?」


「お前は皇配だ。皇帝ではない」


セリオンの表情が強張った。


「それは分かっております。だからこそ、皇配として――」


「今のお前に与えている権限で十分だ」


「しかし!」


「この話は終わりだ」


セリオンは言葉を失った。

父の目を見つめる。

どうやら、冗談でも駆け引きでもないらしい。


(まさか……父上は私を警戒しているのか?)


一瞬、そんな考えが浮かんだ。


だが、すぐに打ち消した。


自分はラートリーの実の息子だ。

ヴァーダント家の後継者でもある。


父が自分に権力を持たせることを警戒する理由などない。


(いや……違うな)


今の帝国には、まだシズクとトウガがいる。


自分の権限を急激に強めれば、二人を刺激することになる。

ウララから実権を奪っていると批判される可能性もある。


父はそれを警戒しているのだろう。


そう考えれば辻褄は合う。


「……分かりました。父上のお考えに従います」


「ああ」


ラートリーは短く答えた。

だが、そこでセリオンには別の疑問が浮かんだ。


シズクとトウガ。


考えてみれば、二人の存在こそが問題なのではないか。


「父上」


「まだ何かあるのか?」


「シズク・アジュールとトウガ・クリムゾンについてです」


今度はラートリーが書類を置いた。


「二人がどうした?」


「そろそろ排除してはいかがでしょう?」


ラートリーの表情は変わらなかった。

セリオンは続けた。


「シズクは内務大臣、トウガは軍務大臣。

 確かに副大臣以下には我々の息がかかった者を配置し、二人の実権を削ぐことには成功しています」


それでも二人は強大だった。

アジュール家とクリムゾン家という名門を率い、それぞれ巨大な艦隊を持っている。


何より、ジソリアン防衛戦とメクト戦役を勝利に導いた英雄として、軍からの支持も国民からの人気も高い。

そして二人がラートリーを快く思っていないことなど、誰の目にも明らかだった。


「百害あって一利なしではありませんか?」


ラートリーは黙って聞いていた。


「今なら排除できます。

 適当な罪を作ってもいい。大臣職から罷免して領地へ戻し、力を削いでもいいでしょう。

 事故に見せかけて始末することも――」


「ならん」


セリオンの言葉が止まった。


「……何故です?」


「二人には手を出すな」


「ですが、父上。あの二人は我々に忠誠を誓っておりません」


「当然だ。奴らが忠誠を誓っているのは皇帝だ」


「だから危険なのではありませんか!」


セリオンは思わず声を荒らげた。


「陛下を旗印にすれば、いつでも我々に対抗できます。

 二人を残しておく理由などありません」


ラートリーはしばらく息子を見つめていた。


「お前には分からん」


「では、お教えください」


「必要ない」


セリオンは父の顔を凝視した。

新王朝を急がない理由は理解できる。


父は慎重なのだ。


自分の権限を強めない理由も、理解できなくはない。

赤と青を刺激せず、帝国の安定を保つためなのだろう。


だが――

その赤と青を、なぜ排除しない?

二人がいるから自分に権限を与えられないのであれば、二人を排除すればいい。

それにもかかわらず、父は明確に禁じた。


「……承知しました」


セリオンは立ち上がった。


「失礼いたします、父上」


「ああ」


執務室を出ても、疑問は消えなかった。

新王朝については、今は動くなと言われた。

皇配の権限強化も、認められなかった。

そして、シズクとトウガの排除まで禁じられた。


最初の二つには、まだ理由を考えることができた。


だが、最後の一つだけは――

どう考えても答えが出ない。


セリオンは廊下を歩きながら、もう一度考えた。

シズクとトウガを生かしておくことで、父に何の利益がある?

答えは見つからなかった。


ただ一つ、これまで抱いたことのなかった疑問だけが残った。


(父上は……いったい何を考えている?)


挿絵(By みてみん)

★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★

挿絵(By みてみん)

はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!

硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。


第百一話「父上のお考え」、今回はセリオンくんがラートリーさんの深意に気づき始める回でした!


ラートリーさんは「ヴァーダント朝」を本当に欲しがっているのでしょうか?

ここが第百一話最大のポイントだと思います。


第七十三話で語られたラートリーさんの本当の願望を踏まえると、彼が欲しかったのは単純な

「ニャーリ朝を滅ぼしてヴァーダント家が皇帝になる」

ではなかったはずです。


彼が欲しかったのは、

「ココの血と自分の血を一つにして、その子孫を銀河統一帝にする」

だった。


この二つ、似ているようで全然違います。

だからスズちゃんが生まれた現在、ラートリーさんにとってヴァーダント朝を作る必要そのものが薄くなっているんですよねー。

スズちゃんはニャーリ朝の正統な第一皇女でありながら、同時にラートリーの孫です。

だったら王朝交替なんていう巨大な政治リスクを冒す必要がない。

ニャーリ朝のままスズちゃんを皇帝にすればいい。

しかもその方が圧倒的に正統性が強いです。


ラートリーさんにとって、天意を持っているのはニャーリ朝。

そして、そのニャーリ朝に自分の血を入れることにはもう成功した。

ならば簒奪する理由がない。

むしろ簒奪したら、自分でスズちゃんの正統性(つまりココさんの血統)を壊すことになる。

ここ、かなり面白いですね!


「父上はいったい何を考えている?」という疑問でセリオンくんが締めくくるのが、この章の「崩れゆく均衡」という副題を予感させます。

父と息子の間に初めて生まれた「理解できない」という亀裂、これが後々どう広がるのか…。


スズちゃんの誕生を機に、ラートリーさんの「計画」とセリオンくんの「野心」が微妙にずれ始めている予感がして、めちゃくちゃ目が離せません!


次回も、絶対見逃せませんよ~!

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