第九十九話 赤青の帰還
数ヶ月に及ぶ長い航路を経て、トウガとシズクはそれぞれの艦隊旗艦へ到着した。
帝都から遠く離れた外縁宙域。
静寂の星々の中で、二人はようやく本来の姿――
第1艦隊提督アジュール女公シズク、第2艦隊提督クリムゾン公トウガとして再び立つことができた。
そして、両艦隊はゆっくりと首都星ニャニャーンへ向けて進軍を開始した。
赤と青。二つの巨艦隊が、帝都へ帰還するための長い航路を進む。
・ ・ ・
その途中――
帝国全星系へ向けて、盛大な婚儀の中継が流れた。
神聖帝国女帝ウララ。
皇配となるセリオン・ヴァーダント。
祝福の鐘が鳴り響く帝都大聖堂の白亜の尖塔、それを囲む貴族たちの歓声と民衆の拍手。
そして、玉座の未来を担う二人の姿が、全星系へ向けて放送された。
トウガは旗艦トゥルフニャッドの提督室で、その映像を黙って見つめていた。
ウララは笑っていた。
だが――その笑みは、誰が見ても「作り物」だった。
セリオンは微笑んでいた。
だが――その瞳は、横に立つウララを見てはいなかった。
もっと遠い先、自らの帝位を見つめるような目だった。
トウガは拳を握りしめ、モニタを切った。
「……おいたわしや、陛下。
必ずや陛下を奸賊の手より救い出してみせます」
唸るように呟くことしか、今のトウガは出来なかった。
・ ・ ・
同じ頃、外縁宙域を進む第1艦隊旗艦メルエルニャでも、シズクが同じ映像を見ていた。
薄暗い提督室に漂う静かな空気の中、モニタに映るウララの作り笑いを見たシズクは、少しだけ目を閉じ、そして無言で映像を切った。
「……見ていろ、ラートリー。
これ以上、お前の好き勝手にはさせん」
その声音は、氷のように冷たかった。
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さらに数ヶ月が過ぎた頃、帝都からの指示が両艦隊へ届いた。
――進行速度を調整し、両艦隊は同時に帰港せよ。
赤と青は速度を合わせ、帝都軌道港へ向けて最終航路へ入った。
そして――同時刻、帝都宇宙港同一ゲートに、二つの巨艦隊が帰還した。
外敵を討ち、帝国を救った英雄としての凱旋だった。
宇宙港は歓声に包まれた。
民衆は赤と青の旗を振り、英雄たちの帰還を祝福した。
シズクやトウガの遠征、ラートリーによる反乱分子の排除が完了して、安全が確保されたことで、ウララはようやく本来の皇宮へ戻っていた。
ウララを閉じ込める鳥籠が帝都に移った。ただそれだけだった。
婚儀を終え、皇配セリオンと共に玉座へ座る日々――
だが、その瞳は決して笑ってはいなかった。
おそらく皇宮において、ウララの味方となる者は、もはや存在しないのだろう。
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白亜の柱が並び、天井には帝国の紋章が輝く、皇宮の玉座の間――
そこに、シズク、トウガ、カイ、アルシアが並んで跪いた。
玉座にはウララが座し、その横には皇配セリオンが控える。
少し降りた位置には元帥ラートリーが立っており、帝国の新たな権力構造がそこに揃っていた。
勲章は――
皇配セリオンから授与された。
シズクは膝をつき、顔を上げた。
その瞳は無表情だったが、奥底には冷たい怒りが宿っていた。
トウガも膝をつき、セリオンを見上げた。
その顔は、屈辱に歪んでいた。
だが――
二人は耐えた。
ウララのために、帝国のために。
セリオンは堂々と勲章を授与し、四人へさらなる忠誠を誓わせた。
その間、ウララは一言も発することはなく、ただ静かに二人を見つめていた。
その瞳には、言葉にできない痛みと、消えない希望が宿っていた。
・ ・ ・
晴れやかな勲章授与式が終わると、玉座の間の空気は一層重くなった。
祝福の儀式であるはずなのに、誰も笑っていない。
拍手も歓声もなく、ただ形式だけが淡々と進められていく。
セリオンは勲章を授け終えると、軽く顎を引いて四人を見下ろした。
その視線には、皇配としての威厳よりも、自らの地位を誇示する冷たい満足が滲んでいた。
「帝国のため、今後も励むように」
それだけを告げると、セリオンは玉座の横へ戻った。
ウララはその横顔を見つめていたが、その瞳には何の感情も宿っていなかった。
シズクは静かに立ち上がり、トウガもそれに続いた。
カイとアルシアも同じように立ち上がる。
四人は礼をして後退し、玉座の間を退出する。
その背中を、ウララはわずかに身を乗り出して見送った。
声を出すことは許されていない。
だが、その瞳には確かな意思があった。
・ ・ ・
皇宮の外へ出ると、トウガは深く息を吐いた。
「……屈辱だな、シズク」
「当然だ。だが、耐える以外の道は、今はない」
シズクは歩きながら、玉座の間でのウララの表情を思い返していた。
「陛下はまだ折れていない。
だが、見たか?
皇宮の有様を」
「あぁ、周りにいる連中は、全てラートリーの一派だ。
我らの勢力から裏切ったと報告を受けている者たちもいた。
元帥に取り入らねば、出世ができない。
そうなれば、今後ますます我らの陣営からも裏切者がでるぞ」
シズクは黙って頷いた。
「だが、浅慮で行動を起こすなよ。
セリオンの目は我らを罠に嵌めようとする目だった。
迂闊に動けば、潰されるぞ」
「分かっている。俺も無駄死にはしない」
その拳はまだ震えていたが、怒りではなく、決意の震えだった。
「我らを、そして陛下を裏切った者どもは棄ておけ。
不忠な者を篩にかける良い機会だと思え。
ラートリーは帝国を完全に掌握したつもりだろう。
だが、均衡は必ず崩れる。」
シズクの声は低く、しかし確信に満ちていた。
「奴の盤面には必ず亀裂が入れる」
トウガは空を見上げた。
帝都の空は晴れていたが、その青さはどこか薄く見えた。
「陛下を救うためなら、俺は何でもやる。
だが、安心しろ。
お前の策に乗る。
それが一番確実だと知っている」
「少しは頭が良くなったようだな」
「ぬかせ!」
シズクは歩みを止め、トウガの方へ向き直った。
「これからが本番だ。
ラートリーの均衡は、必ず崩す。
私を信じろ」
トウガは短く息を吸い、その言葉を胸に刻んだ。
「分かった」
・ ・ ・
皇宮の高窓から、ウララは静かに二人の姿を見つめていた。
セリオンもラートリーも、彼女の背後に控えている。
だが、ウララの視線はただ一つ――
赤と青の背中へ向けられていた。
「……どうか、負けないでください」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、ウララは呟いた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第九十九話「赤青の帰還」、今回は凱旋の裏にある重さが胸に刺さりました!
婚儀の中継でウララ陛下が「作り物の笑み」を浮かべ、セリオンくんが「もっと遠い先を見ていた」という描写が、二人の関係の冷たさを一言で表していましたね。
そして、セリオンくんから勲章を授与されるシズクさんとトウガさん。
これ、政治的な嫌らしさがあります。
メクトを完膚なきまでに叩いたシズクさん。
ジソリアンを破ったトウガさんとカイくん。
その英雄たちが帰還したのに、結局ウララ陛下は何もできないんです。
これって事実上、「お前たちは俺たちの下で働く軍人だ」という権力の可視化なんですよね。
そりゃ屈辱に感じますよ!
「少しは頭が良くなったようだな」「ぬかせ!」って、こんな重苦しい場面でも二人の掛け合いが変わらないのが、少しだけ救われます!
「均衡は必ず崩れる。奴の盤面には必ず亀裂が入る」というシズクさんの確信に満ちた言葉、ラートリーさんとの最終決戦への伏線として重みがありますね。
でも一番胸に来たのは最後のウララ陛下の「どうか、負けないでください」という誰にも聞こえない小さな声でした。
高窓から二人の背中を見送る陛下の孤独と希望が、この一言に全て詰まっていて泣けました…。
次回も、絶対見逃せませんよ~!




