ギャップとは
オメテオの街、それは大小様々な冒険者ギルドが軒を連ねる冒険者の街。
しかし、そこで暮らすのはなにも冒険者だけというわけではない。
冒険者たちを客とする商人や飯屋の主人がいれば、冒険者たちの家族もいて、住居が多い区画の昼間には子どもたちの楽しそうな声が街を駆け抜けた。
そんな子どもたちの声を耳にしながら、
(気まずいっ!)
クレイディスは強面の男に睨まれていた。
(え、何? 何なの!? この人なんで喋らないの!?)
眉毛も、髪の毛もない。その代わり、耳や唇なんかにはおびただしい量の鉄製ピアス。
クレイディスより、ひと回りもふた回りも大きな体躯のおとこが、訝しげに眉をひそめた。
(恐い恐い恐い恐いっ!)
助けを求めるように隣のサヴァンナを見るが、彼女は何食わぬ顔でただそこにいる。
────そこにいる、だけ。
(紹介したのあなたですよね!?)
元はといえば、この気まずい空間を用意したのはサヴァンナ。カネの面でも非常に助かる次の仲間候補という話だったが、肝心のサヴァンナは切長の瞳でじっと男を見ているだけだった。
サヴァンナに助けを求めても無駄だと考えて、クレイディスが反対側に目を向ける。
きっとこの状態、気まずさを感じているのは自分だけではない。
「おいチビ助! この人形、ええ動きで踊っとるわ!」
縋るような思いで見たエルザは、店に並んだ木製人形で楽しそうに遊んでいた。
「はしゃぐな! 子どもか!」
「子どもちゃうわアホ!」
その瞬間、ようやく男がにっこりと笑う。
「あ、笑った」
強面の男が初めて見せた笑顔に、クレイディスはほっと胸を撫でおろした。
「エボレットは大の子ども好きだからね。楽しそうにしてる子どもを見ると嬉しいんだとさ」
「子どもとちゃうって言うとるじゃろがい!」
まるで威嚇する猫のように赤と金の肌色の髪を逆立て、怒りを露わにするエルザ。そんな彼女の姿を見るや否や、エボレットは今にも泣いてしまいそうな顔で肩を落としてしまった。
「子どもに嫌われると、すごいヘコむよ」
「いや、見た目とのギャップ!」
「儂はもう何したって子ども扱いなんかい」
強面からは想像もつかないエボレットの繊細な心に驚きを隠せないクレイディスと、不満そうに顔を歪めるエルザ。
ふたりのことなど気にもとめず、サヴァンナがさらに口をひらいた。
「話、なかでしてもいい?」
するとエボレットは大きく頷いて、三人を自身の営むおもちゃ屋のさらに奥へと案内する。
店のなかには、右を見ても左を見ても、大小様々な木製おもちゃ。エルザが遊んでいたような人形もあるし、用途が分からない奇怪な形のものもある。
「さっきの動くおもちゃといい、もしかしてこれ全部クリスタルで動いてるのか」
クレイディスが気づいたのは、店に並んだおもちゃひとつひとつに仕込まれた鉱化魔力。空気中や地脈を流れる【界流魔力】が何らかの理由で蓄積し、鉱物化したものだ。
「エボレットは優秀な魔法具技師だけど、アイツ自身に魔法適性はない」
「魔法適性が……」
店の奥に入っていくエボレットの背にクレイディスが重ねたのは、数日前の自分の姿。
魔法適性が全くない人間というのは、十人にひとり程度。決して珍しい話ではないのだが、魔法適性もなしに冒険者や魔法具技師になろうという人間は、かなりの少数派だろう。
「なんじゃ、あれもこれも魔力が動かしとるんか」
普段は決して見れないおもちゃ屋の裏側。そこは、エボレットが魔法具をつくるための工房だった。
硬い木材や金属を変形させるための装置。籠に蜘蛛を飼って糸を編む装置。木の荒れた表面をツルツルになるまで削る装置。
工房で使われている装置は、どれもこれも店頭のおもちゃと同じくクリスタルの魔力によって動く魔法具ばかり。
つまりここにあるのは、魔法具をつくるための魔法具である。
「これはすごいね」
初めて見る大型の装置に見惚れていたサヴァンナだったが、その足を装置の角に躓かせてしまう。
フラついた体が前に倒れようとしたその瞬間、
「おっと」
二歩ばかり前を歩いていたクレイディスが咄嗟にサヴァンナの体を受けとめた。
「ごめん、ありがとう」
「全然、なんてことないよ」
顔をあげた先で、拳ひとつ分くらいにまで迫ったクレイディスの顔。
なんでもない、ただ躓いて倒れそうになったのを受け止めてくれただけの話だ。
しかし細い腰を太い腕で抱かれ、顔と顔は急接近。
ふたりの顔が恥ずかしさで紅潮するまで、そう時間はかからなかった。
「ごごごっ、ごめんなさい!」
「いや、私のほうこそ」
大慌てで距離を置き、そっぽを向いたクレイディスとサヴァンナ。
変な気があったワケじゃないのは、互いに分かっているのだろう。しかし、何ともいえない気まずさがあった。
「そうだ、人形。話をしにきたのに、アレがないと話にならない」
風の吹かない工房内で、ジメジメとまとわりついてくる気まずい空気に耐えかねたサヴァンナが、そそくさとテーブルに向かう。
魔法具をつくるのに使ったのであろう工具が散らかっているテーブル。そこから迷わずサヴァンナが手にしたのは、表面が変色するほど使いこまれた愛らしい木製人形だった。
「ほら、これがないとあんた喋れないんでしょ」
飯屋で酒を入れていたような樽に人形を置いてやると、エボレットは深々と頷く。
「これがないと喋れないって、どういう」
人形を置いた樽の隣で腕を組んだエボレット。彼とサヴァンナのやりとりを耳にしたクレイディスが、たまらず疑問を投げかけてみた。
「生まれつき喉が悪いのよ。言葉を話すことができなくて、どんな医者にも治せなかったんだってさ」
「だからずっと無言で……」
店頭でジィっと睨まれていた時のことが、ようやく腑に落ちた。
エボレットは話さなかったのではなく、話すことができなかったのだ。
「顔が、いいっ!」
刹那、樽の上の人形がカタカタと口を開け閉めして喋りだす。
「なんじゃこら、人形が喋ったで!」
「すげぇ、魔法具ってこんなこともできるのか!」
突然喋りだしたエボレットの人形に感激するエルザとクレイディス。
「近くで見ると、めっちゃカッコいい!」
しかし、その隣ではサヴァンナが腕を組んだまま表情を曇らせていた。
「優しいし、強いし、顔いいし、フツーに惚れるわ! 大好きっ!」
ハッと何かに気づいたエボレットが、慌てて人形をつかんでその口を閉ざす。
彼のゴツゴツした手の熱が人形を温かくする頃、また人形が樽の上に置かれた。
「申し訳ない、今のは誤動作でサヴァンナ嬢の思考を読み取っていたようだ」
え? と声を漏らしたクレイディスとエルザが、サヴァンナの方に顔を向ける。
するとそこには、今にも泣きだしそうに目を潤ませて顔を紅潮させる、見たこともないサヴァンナの姿があった。
しかしジタバタしたり声を荒げたりせず、あくまで平静装おうとしているあたりは、彼女にとっての最後のプライドなのだろう。
「なんじゃお前さん、こんなアホのチビ助にほの字じゃったんかい!」
そう言ってエルザがけらけら笑うと、サヴァンナは耳まで真っ赤にした顔を俯かせて、拳をギュッと握った。
「ちょっ、お前! デリカシー!」
血相を変えたクレイディスに口を塞がれても尚、腹を抱えて笑い続けるエルザ。
本当は今すぐにでも泣いてしまいたいサヴァンナよりも先に、エルザの方が笑い過ぎて涙を散らした。




